みかん小説
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"花嫁のいない結婚式" 第2話

保温容器のみとめた音

私はそのにち尽くしたまま、くことができなかった。 今すぐにでもこの汚い隙だらけのドアを蹴破り、に踏み込んでを問い詰めることだってできたはずだ。「私という婚約者がいながら、よくもそんな残酷な言葉を吐けたわね」と鳴り散らし、泣き崩れ、彼の胸倉を掴むことだってできた。 だが、私のえ切った理性が、それを鋭く押し留めた。

もし今ここで騒ぎてればどうなるか。瞬の浅ましい性格は、隣にいた私には痛いほど分かっていた。 彼は必ず、取り乱したような芝居を打つはずだ。『違うんだ由、あれはのプレッシャーでがおかしくなっていて、男同士のくだらないがりで嘘をついただけだ!』『俺がしているのは君だけだ!』と、必に私の縋り付き、そのを取り繕うために何もの嘘を塗りねるだろう。匠もまた、の式を無事に成させるために「瞬の言う通りだ、本気じゃない」と宥めに入るに違いない。 そして私は、翌朝には「許した形」に持ち込まれ、百の参列者ので純のウェディングドレスを着せられ、満面の笑みを浮かべる男の隣にたされるのだ。のに「あいつはただの代わりだ」という猛毒を抱えたまま。

(……そんな獄、誰が耐えられるというの?)

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私はされていたのではなかった。 あのが帰ってこないから、のスケジュールに空席を作りたくないから、周囲に「幸せな結婚をした勝ち組の男」として見せびらかしたいから――その空虚な穴埋めとして、都よく選ばれた全牌に過ぎなかったのだ。 私がこの、彼の嫌を宥め、好みにわせてを選び、仕事で疲れた体を奮いたせて尽くしてきた々は、すべて「野織」という霊に捧げられていた供物だった。

私は息を吸う音すら消し、ゆっくりと、歩だけろへを引いた。 絨毯が私の体を静かに受け止める。 抱え込んだ保温容器からは、まだ温かなが微かに掌へと伝わっていた。 彼のために作った雑炊。姜の皮を丁寧に剥き、汁の濃さを舌で確かめ、「これでしでも楽になってくれれば」と祈るように煮込んだ料理。 その純粋ないやりすら、彼にとっては「元恋に似た従順な代わりの特徴」のつとして消費されていただけだった。

「……馬鹿みたい」

乾いた呟きが、誰にも聞こえない唇の隙からこぼれ落ちた。 私は踵を返し、度も振り返ることなく、エレベーターホールへと続くい廊を歩き始めた。元はおぼつかず、まるでの肉体を隔操作しているような浮遊があったが、私の志だけは徹に研ぎ澄まされていた。

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エレベーターの扉の磨かれた物に、私の姿がぼんやりと映る。 血の気の引いた青い肌、見かれたまま涙すら流せない乾いた瞳、そしての薬指には、瞬が「絶対にこのブランドの、この細のデザインにしてくれ」と執拗に指定した、名ジュエラーの婚約指輪がたくっていた。

(あの指輪すら、私の好みじゃなかった)

私が欲しかったのは、常使いしやすいシンプルで頑丈なプラチナのバンドだった。しかし彼は『君にはこういう憐で繊細なデザインが似うんだ』と言い張り、私の見など切聞かずに独断でカードを切ったのだ。 あのの彼の顔が蘇る。あれは私を見ていたのではない。かつてその指輪を贈ろうとして果たせなかった、過のを私の薬指にねていただけだったのだ。

チーンという子音とともにエレベーターが到着し、私は階のロビーへとりった。 フロントの夜スタッフが、私の姿を認めるなり、胸にを当てて々と礼してきた。 「川様、夜分に失礼いたします。の挙式、スタッフ同、誠誠お伝いさせていただきます。どうぞよろしくお願いいたします」 フロントクラークの顔には、この所で最に幸せな婦を迎えることへの、無垢な祝福の笑みが浮かんでいた。

私は引き攣りそうになる頬の筋肉を総員して、わずかに会釈を返した。 「……ありがとうございます。すみません、正面玄関に、タクシーを台呼んでいただけますか」 「かしこまりました。すぐにお配いたします」

スタッフが受話器を取るのを見届け、私はにホテルをて、を挟んだ向かいにある滞用の別館アパートへと向かった。 私の反撃は、に任せて叫ぶことではない。 彼が何よりんじている「完璧なの脚本」を、最も残酷な形で、音もなくに戻すことだった。

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