みかん小説
本棚

"七通の退職届と八十件の着信" 第14話

「軸の号は、アンさん」

「汎用旋盤とフライス盤は、僕が回せます」

「軸マシニングセンタと研削盤は、私がやります」

ホアンが即座に応じた。

「……号は?」

私がわず尋ねると、アンがホワイトボードを見つめたまま、静かに答えた。

「号の癖は、分かります。先代社と、ずっと緒に見てきましたから」

ボードに並んだ件の注文のうち、現のの戦力ではどうしても納期ににいそうにない案件に対し、ホアンが赤いマーカーで丸をつけていった。

赤い丸は、全部でつだった。

「この件のお客さんには、社が話して、納期を伸ばしてもらってください。残りの仕事は、僕たちで絶対ににわせます」

フックの語りは、いつものように理然としていて、その静さが今の私には信じられないほど頼もしかった。

で夜のを過ぎるまで、ホワイトボードので程の組み直しを議論し続けた。

のに切削械の唸り声はなかった。けれど、この事務所のには、父がきていた頃と全く同じ、真剣な仕事の気が満ちていた。

数字の計算のでは、この会社はとっくに破綻していてもおかしくない。

それでも、マーカーを握りしめて真剣な横顔を見せるの姿を見ていると、私の胸の奥に、議と「の朝ものシャッターをけよう」

広告

というい勇気が湧きがってきた。

のがすっかり夜のに包まれた頃、ホアンが事務所の蛍灯のスイッチを入れ直した。

パッと灯ったので、ホワイトボードの赤いつの丸が鮮やかに浮かびがった。

「社。先代社に、言われたことがあります」

ホアンが言った。

先代社――ホアンは、父のことをそう呼んだ。私が名実ともにしい社になったからこそ、父を「先代」とててくれたのだと、私は胸の奥を突かれるいがした。

「私がまだ実習だった頃、本語が全然分からなくて、部品の寸法を何度も違えて失敗しました。国に制送還されるんじゃないかと、毎怖くて泣いていました」

ホアンは照れたように、はにかんだ笑みを浮かべた。

「でも、先代社は毎晩遅くまで残って、私に技術を教えてくれました。図面の読み方も、マイクロメーターの正しい当て方も、本語の漢字も、全部教えてくれました。ある、私が『社、本当にありがとうございます。いつか絶対に恩返しをします』と言ったら、先代社は私のを叩いて、こう言いました」

ホアンは静かに目を閉じ、父のく温かい調を真似るようにして語りした。

『ホアン、ここで覚えた技術はな、いつかおが次のしいに教えてやれ。俺なんかに返そうとするな。技術の恩は、次の世代に返せばいいんだ』

横にっていたアンとフックが、く頷いた。

広告

「僕も、全く同じことを言われました」

フックが鏡の奥の目を潤ませて言った。

「僕もです」

アンの声が掠れていた。

「だから、私たちはまだ、先代社に恩を返せていません」

ホアンは目をけ、私に向かって々と腰を折った。

「まだ、次のに何も教えていません。だから社……ここで、先代の恩を返させてください」

私は唇を噛みしめ、零れそうになる涙を堪えるために、必で事務所の井を仰いだ。

父は、私の全くらないところで、このの青に、これほどまでに気く温かい言葉を遺してくれていたのだ。

その夜、自宅へ帰り仏壇のに座ると、父の遺が飾られていた。葬儀が選んでくれた、油染みの作業着姿で豪に笑っている写真だった。

「お父さん……ずるいよ。あんな素敵な話、私には度も聞かせてくれなかったじゃない」

写真のの父は何も答えず、ただどこか誇らしげに、悪戯っぽく微笑んでいるように見えた。

そのの帰り際、私が帰宅の支度をしていると、フックがパソコン部からひょっこりと顔をした。

「社、の朝番に、見てほしいものがあります。先代社と僕たちで、ずっと作ってきたものです」

翌朝、の曜。

私が半にへ勤すると、はすでにパソコン部に揃っていた。

フックが私のために、丸子を脚、モニターの正面に引いてくれた。

広告

おすすめ作品

リンクを共有

以下のリンクをコピーして友達と共有してください: