"消された十六番目の席" 第1話
正の玄関と締めされた席
、午。暮のたいが、玄関の吹き抜けをかすかに震わせていた。 あまり、き夫・正幸(まさゆき)と私ので汗流してローンを組み、建てたこの軒。 その磨き込まれた廊の壁に掛けてあった、紺のウールコートにを伸ばした私――田かず子(歳)の背に、ややかな息子の声が突き刺さった。
「母さんはいいよ。席ないから留守番で」
息子の田輔(歳)は、靴べらをに取ったまま、わずかに元を歪めてそう言った。 「……私の席がないの?」 コートに伸ばしかけた私のが、きを失って空でぴたりと止まる。 すると、輔のろから、綺麗に化粧を直し、等なカシミアのストールを巻いた嫁の麻美(あさみ・歳)が、鈴を転がすような声で笑いながら顔を覗かせた。
「今は内だけで楽しみたいので」
「内……?」 わず麻美の顔を見つめ返した私のに、輔の「麻美、言い方」という咎めるような言葉が微かに届いた。だが、息子を振り返ると、その元はだらしなく笑ったままだった。本気で妻の無礼を諌める気など、最初からこれっぽっちもないのだ。
玄関のからは、のあたりに集まった親戚たちの賑やかな笑い声が聞こえてくる。 「輔君、もう予約のだぞ」
広告
「子供たちが腹を空かせてるよ」 麻美の両親である川夫妻、麻美の妹夫婦、弟の。そして、夫の妹である敏(としえ)さん夫婦に、夫の弟の夫さん。に子供、計。 昼過ぎから休むもなく湯を沸かし、分の茶を淹れ、箱の料理を取り分け、のような皿をたいで洗い続けてきたのは、でもないこのの主である私だ。
その私に対して、は悪びれる様子もなく「留守番」を命じていた。 「席しか取れなかったんだから仕方ないだろ。母さん、寿司なんていつでもえるし」 輔は面倒くさそうに吐き捨て、腕計に目を落とした。 「いつでも……?」 夫がくなってからの、私が度でもで寿司をにしたことがあっただろうか。命に、仏壇へ供えるための折り詰めをで受け取りにくだけの私に向かって、この息子は平然とそう言い放ったのだ。
麻美が輔の腕にを絡め、勝ち誇った笑みを浮かべながらを乗りしてくる。 「そうそう、お母さん。帰ってきたら私の両親と妹夫婦、弟ののが泊まりますから、布団を敷いておいてくださいね。それから子供たちのお呂も沸かしておいてください。あと、階のは弟たちに使わせるので、お母さんは今夜、リビングのソファで寝てください。
晩くらい平気ですよね?」
私のので、何かが音をててえていった。 り狂う気力すら湧かなかった。以、族のためにを美徳としてきてきた私ので、張り詰めていた本の糸が、プツンと音もなく千切れたのだ。 「……そう、分かったわ。楽しんできてね」 私は穏やかに微笑み、を玄関のへと送りした。
ガチャン、とな玄関ドアが閉まった瞬、のからすべての活音が消えった。 その数、私がさなボストンバッグつをに、を切り裂く陸幹線にび乗っているとは、あの能気な親戚堂の誰として予すらしていなかったのである。
広告
おすすめ作品
-
完結第26話
特上寿司と、消えた妻の半年
3月31日22時、激務を終えて帰宅した私の席にあったのは、冷え切った白米一杯だけだった。目の前で1万8900円の特上寿司を頬張る夫と義母は、「反省したらおかずをあげる」と大笑いする。家計の大半を私が支えているにもかかわらず、9ヶ月間も「罰」として食事を奪われ、夫は横で嘲笑っていた。だが二人は知らない。私が半年かけて集めた出前明細の履歴と、義母が隠し持っていた一枚の申告書の存在を。「じゃあ、外で食べてきます」――二度と振り返らずにドアを閉めた夜、経理の私が仕掛けた冷徹な清算が幕を開ける。嫁姑|夫婦4.0万字5 523 -
完結第34話
妻の葬儀の夜、義母が外した指輪と娘の写真
妻・美保の葬儀が終わった夜、修二の結婚指輪を外したのは、亡き妻の母・麗子だった。「もう美保に隠す必要はないでしょう」と唇を寄せたその瞬間、娘・咲から1枚の写真が届く。そこには半年前の病院で抱き合う修二と麗子、そしてガラス越しに2人を見つめる病衣姿の美保が写っていた。 闘病中の妻を支える献身的な夫を演じながら、修二はいつしか自分の弱さを理解してくれる義母へ逃げ込み、越えてはならない境界を越えていた。しかも麗子は「美保も知っていた」「私がいなくなったら修二さんを1人にしないでと頼まれた」と主張し、その証拠となる録音まであるという。 だが翌朝、咲が告げたのは「お母さんの声を最後まで聞いて」という一言。 亡き妻が本当に残した言葉を前に、2人が都合よく信じてきた“許し”が崩れ始める――。夫婦|修羅場5.1万字5 632 -
完結第35話
七通の退職届と八十件の着信
父の葬儀の翌日、新社長となった私の前に並べられた七通の退職届。勤続三十四年の工場長は「ベトナム人と頑張れよ」と日本人職人全員を引き連れて会社を捨てた。機械の知識ゼロの私に残されたのは、残留したベトナム人三人と言葉を失うほどの短納期。だが五日後、私の携帯にその工場長から届いた着信は、実に八十件――。腕利きを誇った男が、なぜ無様に縋り付いてきたのか? その謎は、男が肌身離さず持つ「黒い手帳」と、父が遺した一冊の分厚い綴りに隠されていた。「……出ないわ」私は震え続けるスマートフォンの拒否ボタンに指を置いた。職場逆転|人生逆転5.3万字5 346 -
完結第16話
四十九日の追放、母の隠し遺言
「十年世話しただけの妹に、実家の取り分はないわ」 母の四十九日、喪服の兄夫婦は親族の前で澄子を指差し、台所の冷えた板の間へ追いやった。信金を辞め10年間、720万円の私財を投じて母を看取った澄子に、兄は「今週中に出て行け」と冷酷に通告する。 母のキャッシュカードは7年前から兄が独占し、消えた年金は1240万円。 家財すべてが二束三文で業者に売り払われようとする中、母が50年愛用した古い足踏みミシンの奥底から、厳重に隠された「ある物」が滑り落ちた。 「その言葉、そっくりそのままお返しします」 あの日からちょうど49日後、審判の幕が上がる――。兄弟姉妹|修羅場2.3万字5 465 -
完結第27話
妻を追い出した翌朝、7枚のブラックカードが止まった
結婚3年目の夜、美桜が帰宅すると、夫・達也は若い愛人と義両親を囲み、離婚届を突きつけてきた。「無能で地味な女」「1円も稼げない寄生虫」と嘲られ、慰謝料もなく豪邸から追い出される。 だが4人は知らなかった。美桜の正体は、世界経済を動かす巨大グループの総帥。倒産寸前だった達也の会社を救い、資金も仕事も与え、彼を“天才社長”に見せていたのは全て美桜だった。 さらに豪邸も別荘も、7枚のブラックカードも、達也自身の資産ではなく美桜の法人名義。 離婚届が受理された瞬間、美桜は静かに全カードを停止し、豪邸の退去手続きと会社への特別監査を開始する。 勝ち誇っていた一家がまだ知らない、本当の“無一文”への転落が始まろうとしていた――。修羅場|熟年離婚4.0万字5 319 -
完結第16話
血染めの写真と三文字のSOS
夕方のコンビニの床に落ちていた一枚の写真。微笑む少女の横には、まだ乾ききっていない赤黒い生血がべっとりと付着していた。 裏返した瞬間、息が止まる。震える筆跡の住所と、指先の血で擦り付けられた『SOS』の三文字。 妻に捨てられ、八歳の息子と写真館を営む私には分かった。この血は付着して数分も経っていない――今すぐ行かなければ手遅れになる。 警察に通報し駆けつけた古い民家の階段下には、右足を骨折し倒れ伏す母親と、自らの手のひらを切り裂いた六歳の少女がいた。 「……だれ?」 母を庇い、血まみれの手で私を睨み据える少女の瞳が訴えていた、あまりに残酷な真相とは。親子関係|金銭問題2.4万字5 212 -
完結第22話
夜勤の救急外来に運ばれた夫と義姉
深夜2時、救急外来で夜勤中の看護師・佐藤み咲のもとへ、交通事故で重傷を負った男女2人が搬送されてきた。シーツの下にいたのは、夫・拓也と義姉・麗子。しかも2人は、決して「姉弟愛」では説明できない姿で倒れていた。 み咲は5年間、看護師という仕事を見下す夫と、「子供も産めない」と侮辱する麗子、その2人を庇い続ける義母・里子に耐えてきた。 それでも彼女は感情を捨て、看護師として2人の命を救うことを選ぶ。 だが、惨状を目にした義母まで「全部あなたのせい」とみ咲を罵倒した瞬間、最後の迷いは消えた。 何年も残してきた暴言の記録と証拠を武器に、奪われ続けた人生を取り戻す反撃が静かに始まる――。夫婦|修羅場|不倫3.3万字5 3764 -
完結第11話
貧乏老人を嘲笑った行員の末路
「あんな貧乏臭い爺い、適当にあしらっとけばいいのに」ボストンバッグを抱えた老人に、新入行員は嘲笑の声を浴びせ、エリート課長代理は別の窓口へ強制的に追い返した。母親の入院費のため百万を引き出しに来ただけの、よれよれのジャケットを着た年寄り――。だが、彼こそが全日本経済の裏を牛耳るクオンホールディングスの会長・久音次郎その人だった。侮辱に耐えかねた新人の篠崎水希が一人で抗議する中、老人が静かに古びたバッグの金具を閉じた瞬間、端末の画面で一千万円、一億円と出金通知の数字が狂ったように跳ね上がり始めた。絶望の淵に立たされた傲慢な行員たちの運命を決定づける、驚愕の審判の行方は――。職場逆転|修羅場1.6万字5 1921