みかん小説
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"大家だった姑の逆転" 第11話

息子から毎届く

最初のを、私はけなかった。

捨てるまでにはしがかかった。封筒にかれた息子の字は、昔と変わっていなかったからだ。学の頃、学から持ち帰った作文にも同じ癖があった。「おかあさんへ」とかれた母ののを、私は今でも箱にしまっている。

息子を憎んでいるわけではない。

それが番苦しかった。

もしの底から嫌いになれたなら、もっと簡単だったのかもしれない。けれど私は、をした幼い息子を背負って病院までったのことも、初任でケーキを買って帰ってきたのことも覚えている。

夫がくなってから、私たちは確かにできてきた。

だからこそ、あの夜の言葉がしかった。

「母さんには施設に入ってもらう」

息子は私を捨てようとしたつもりではなかったのだろう。本は本当に、私が全に暮らせる所を用すれば問題ないとっていたのかもしれない。

でも、問題は施設の良し悪しではない。

私はまだ、自分のでどう暮らすかを自分で決められるだった。

それを誰にも聞かず、「母さんはる」「アパートは俺たちがもらう」と決めたことがしかった。

まして私は、息子の活費に頼っていたわけでもない。

むしろ夫をくしてから何も、自分で働き、資産を管理し、息子が困らないように暮らしてきた。

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それなのに嫁からは「暮らしの無職」「息子のすねをかじっている」と見られ、息子もその誤解を正そうとしなかった。

私はをゴミ箱へ入れた。

翌、また届いた。

その次のも届いた。

嫁の名が連名になっていることもあった。

私はどれも封しなかった。

からは、「度くらい読んであげたら」と言われたこともある。

「親子でしょう。息子さんも反省してるかもしれないわよ」

その言葉に、私は笑った。

「そうかもしれないわね」

反省しているかもしれない。

謝りたいのかもしれない。

困っていて助けを求めているだけかもしれない。

何がいてあるかは、かなければわからない。

けれど私は、今すぐる必はないとった。

これまでの私は、「母親だから」という理由で息子のことを最優先にしてきた。息子が困っていれば、自分の予定を変えた。息子が落ち込んでいれば、自分の疲れを隠して笑った。

嫁にもそうだった。

息子が選んだだから切にしよう。

若いからしてあげよう。

私がれば息子が困る。

そんなことばかり考え、気づけば私は自分ので、寝に閉じ込められるように暮らしていた。

今度くらい、自分を先にしてもいい。

そうった。

しいまいでは、しずつりいもできた。朝はを見ながら散歩し、昼には共用スペースで本を読む。

週に度はくのまで買い物にき、自分がべたいものを自分で選ぶ。

ある、煮物を作りながらふとった。

あのアパートにいた頃、私は台所につことすら嫁に嫌がられていた。

「お願いだから、おとなしくしていてください」

今でも声をいす。

私は鍋の蓋をけ、湯気の向こうで笑った。

誰かの邪魔にならないよう、おとなしくするために老があるわけではない。

私はようやく、それがわかった。

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