みかん小説
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"夫の遺品から出た三十年目の嘘" 第5話

あの代、シングルファーザーとして子育てをするのは、本当に変なことだったと聞いています」

麻美の線が、飾り棚の写真へと向けられた。

「そんな父を、公私ともに支えてくれたのが健さんでした。休になればがにやってきては、慣れないつきで夕飯を作ってくれたり、私を公園へ連れてって遊んでくれたり……健さんは、父にとっても私にとっても、かけがえのない族のようなでした。けれど……幸はなるものですね」

麻美の声が微かに震え、茶の湯気が静かに揺れた。

「私が歳になったのでした。父が突然倒れたのです。末期の胃がんでした。発見されたにはもう、の施しようがない状態でした。入院してから、父が息を引き取るまでは、本当にあっというでした」

静子は言葉を失い、麻美の横顔を見つめた。 歳の女が、母親に続いて父親までも失う。その過酷さと孤独は、像を絶するものだったに違いない。

「病院のベッドで、にに痩せ細っていく父のを、健さんは仕事が終わるたび、毎晩のように握りしめていました。親族のなかった野寺で、私が施設にくのか、い親戚に引き取られるのか、たちがたい計算混じりの話しいをしているのを、私は病の隅で震えながら聞いていました。

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自分がこの世でたった、誰からも望まれない余計なになってしまったような気がして、怖くて、寒くてたまらなかった……」

麻美は目を閉じ、いの記憶を繰り寄せるように言葉を紡いだ。

「父がくなる夜のことでした。もう識も混濁していて、言葉を発するのもやっとだった父が、健さんの腕を最の力を振り絞って掴んだんです。健さんも、ボロボロと粒の涙をこぼしながら、父のを両で握り返していました。その、父が……本当に途切れ途切れの声で、健さんにこう頼んだのです」

麻美の瞳から、再び涙が溢れした。

『健……頼む。俺がいなくなっても……あの子の誕だけは、忘れないでくれ。あの子に、まれてきてよかったんだって……それだけは、伝えてやってくれ……』

静子の喉の奥が、ぎゅっと締めつけられた。 の淵にたされた父親が、この世に残していく娘のために遺した、魂の叫びのような最期の願い。 それに対し、夫は何と答えたのか。聞くまでもなかった。あの頑固で、器用で、度決めたことは絶対に曲げない健が、親友の今際の際の願いをにして、どう返したか。

「健さんは……父のそのを自分の額に押し当てて、泣きながら何度も頷いていました。『任せろ、真司。おの子は、俺が涯をかけて見守る。絶対に、誕を忘れさせはしない。

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俺がきている限り、麻美ちゃんを絶対ににはさせない』って……そう、誓ってくださったんです」

静子の界が滲んだ。 胸の奥底で、たくくわだかまっていた疑惑の氷が、パキパキと音をてて砕けていくのをじた。 倫などではなかった。への切れでも、裏切りの証拠でもなかった。 あの箱のにあったのは、き親友と交わした、の血を吐くような約束の結晶だったのだ。

「父がくなった、私は方の伯母のに引き取られました」

麻美は涙を拭い、懐かしむように微笑んだ。

「子供のいなかった伯母のでしたが、決して裕福ではなく、引き取られた私に対してどこか慮と疎ましさが混ざったような空気が常にありました。自分の誕が来ても、誰も祝ってはくれない。おめでとうの言すら言ってもらえないがほとんどでした。自分がまれたを、誰もんでくれない……それは子供に、自分のそのものを否定されているような寂しさでした。けれど――」

麻美はちがり、リビングの隅にあるさな製のチェストをけた。 そこから取りしてきたのは、を経て角が丸くなった何冊かの本や、古びたぬいぐるみ、切に保管された文具の数々だった。 それらを静子ののテーブルに、つつ丁寧に並べていく。

「健さんは、約束を守り続けてくださったんです。毎、私の誕であるになると、必ず、欠かさず包が届きました」

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