みかん小説
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"夫の遺品から出た三十年目の嘘" 第9話

とをげただけだった。

結婚してからも、その器用さは何つ変わらなかった。 平は毎朝にをて、定刻通りに帰宅する。晩酌に本のビールを静かにみ干し、静子が作ったおかずに「うまい」とも「まずい」とも言わず、ただ黙々と箸をかす。べ終えると「ごちそうさま」とく言い、自ら茶碗を流し台へと運ぶ。 記を祝う習慣など、最初から健の辞にはしないかのようだった。 結婚目の結婚記、静子がし豪勢な料理を作り、さなを卓に飾って待っていたのことを、静子は今でも鮮に覚えている。 健は玄関をけ、卓を見るなり瞬だけを止め、それから何事もなかったかのように着替えて席に着いた。 「あなた、今が何のか覚えている?」 静子が期待混じりに尋ねると、健は箸を止めてしばらく考え込み、それから眉を寄せて言った。 「……ゴミの収集か?」 あのの落胆と笑しさは、経った今でも忘れられない。健はそういう男だったのだ。 静子の誕にも、洒落たレストランに連れてってくれるわけでも、指輪やスカーフを贈ってくれるわけでもなかった。、の節目ですら、仕事帰りに駅のスーパーの袋をぶらげて帰ってきて、からプラスチックのパックに入ったさなショートケーキを無言で取りし、「……え」

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とテーブルの端に置くだけだった。 「男が女に装飾品を買い与えるなんて、気取っていて落ち着かん」 若い頃、友が夫から価なブレスレットをもらったと嬉しそうに話していたのを聞き、羨ましそうに溜息をついた静子に対して、健は聞から目をさずにそう吐き捨てたことがあった。

あのの自分は、どれほど寂しかっただろう。 私はこのにとって、単なる政婦のようななのだろうか。されているという実が欲しいと願うのは、私の儘なのだろうか。そう自分を責め、夜に、台所でめた麦茶をみながら涙を拭ったことが、度や度ではなかった。 それでも、浮気をするわけでもなく、酒に溺れるわけでもなく、料袋を毎きちんと持ち帰り、の網戸が破れれば黙って張り替え、庭のが伸びれば休に黙々とむしりをする。その頑ななまでの誠実さに免じて、静子は「これがこのなりのなのだ」と自分を納得させてきたのだ。

だが――違っていた。 あの男のの奥底には、静子の像を絶するような、あまりにも美しく、あまりにも気い約束が眠っていたのだ。

き親友との誓いを、誰に誇ることもなく、誰に褒められることも望まず、ただ己の誠実さのためだけに守り続けた男。 見返りなど何つ求めず、ただの女が絶望の淵に沈まないよう、毎同じに、くからさなを灯し続けた男。

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坂をりきり、私鉄の駅のまでやってくると、駅広には帰宅を急ぐ々の音が満ちていた。 改札に定期券をタッチし、黄い点字ブロックに沿ってホームへとがる。 ちょうど滑り込んできたりに乗り込むと、内は勤め帰りのサラリーマンや、きなリュックを背負った学たちでほどよく埋まっていた。静子はドアの脇の握り棒に掴まり、窓のへと線を向けた。 ガラス窓に、自らの顔がうっすらと反射している。 髪の混じり始めた髪、目尻に刻まれたじわ、疲れの滲んだ肌。けれど、その瞳の奥には、今朝までの自分にはなかった、力く温かなが灯っていた。

がガタゴトと規則正しい音をてて揺れ始める。 その振にを委ねながら、静子の識は、過の記憶の断片をひとつひとつ繰り寄せていた。

い返せば、解なことはいくつもあったのだ。 健は、役所のでも決して世コースを歩んだわけではなかった。現主義で、司に媚びを売ることもなく、予算折衝で理尽な求を突っぱねては煙たがられるような職気質の公務員だった。 そのため、取りの料はお世辞にもいとは言えなかった。 静子は毎、健にささやかな遣いを渡していた。昼代と、たまにむ缶コーヒー、そしてタバコ代――もっともタバコは代半ばでスパッとやめてしまったのだが――程度の狭な額だった。

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