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"夫の遺品から出た三十年目の嘘" 第10話

同僚たちと連れって居酒へくことなど滅になく、スーツも袖が擦り切れるまで着倒していた。 「しい背広、着くらい作りましょうよ。みっともないわ」 そう言ってデパートのチラシを見せても、健は頑首を横に振るばかりだった。 「着られれば何でもいい。布切れ枚に無駄をかけるな。それより、の修繕費にでも回せ」 そう言って自分のなりには銭も使おうとしなかった男が、体どうやってあのペリドットのネックレスの資を面したというのか。

胸の奥が、ぎゅっとく締めつけられた。 麻美のにあった言葉が蘇る。 『これは俺が、俺の遣いの範囲で、真司との仁義として通すことだ』 健は、毎渡されるあのわずかな遣いから、円、百円と、何もの、銭を貯め続けていたのだ。 お昼休みに同僚が仕し弁当を頼む、健は静子が作った質素なの丸弁当を黙々とべ、自販の缶コーヒーすら買わずに、湯のお茶を筒に入れてんでいた。 同僚との付きいを断り、自分のを調することもせず、趣の具を買い揃えることもなく、ただひたすらに、の「歳という節目」を迎える女のために、爪にを灯すようにしてを残していたのだ。

そこまでして、なぜで背負おうとしたのか。

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なぜ、妻である自分に「実はこういう事があるんだ」と打ちけてくれなかったのか。 麻美に見せてもらったの節が、痛いほど静子の胸を打つ。 『静子は根の優しい女だから、このことをれば、きっと自分の遣いを削ってでもおに何かしてやろうとするだろう。自分のの計からおをさせたり、静子に余計な気遣いや荷を背負わせるわけにはいかない』

「バカな……本当に、バカな……」

静子は唇を噛み締め、溢れそうになる涙を必で堪えた。 の窓ガラスに額を押し当てるようにして、のを見つめる。 あのは、静子を信用していなかったのではない。その逆だ。 静子の優しさを誰よりも信じ、誰よりもっていたからこそ、その優しさに甘えることを自分自に許さなかったのだ。 親友との約束は、あくまで「鈴健」というの男が引き受けた魂の借であり、それに妻を巻き込むことは、あの頑固な男の矜持が許さなかったのだ。 もし静子に話してしまえば、静子は必ず「計からプレゼント代をしましょう」と言いす。あるいは、毎麻美に気を遣って、何かと世話を焼こうとするだろう。健は、静子にそんな荷を背負わせたくなかった。自分の庭の幸福をしも損なうことなく、ただ自分の削った肉のから、親友への義理を果たそうとしたのだ。

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そして、健は麻美に対しても、決して「父親代わり」として彼女のにで踏み込むような真似はしなかった。 に度、誕にだけ包を送り、を添える。 直接会って事を共にするわけでもなく、や結婚にを挟むわけでもなく、恩着せがましい説教をするわけでもない。 ただ、「おがこの世にまれてきたことを、覚えているがここにいるぞ」という事実だけを、毎、正確に、音もなく届け続けた。 それは、どれほどく、澄み切った優しさだっただろう。 見返りとしての謝も、親戚付きいの煩わしさも、何つ求めない。ただ友の魂と、友がした娘のを、このたい世界ので肯定し続けるためだけの。

ガタタン、とのポイントを渡る音が響き、掌のアナウンスが静子のりる最寄り駅の名を告げた。 静子はコートの襟をわせ、ゆっくりとをりた。

ホームにりつと、夜の気が気に肌を刺した。 吐く息は完全にく、駅の蛍灯のがホームのコンクリートをややかに照らしている。 階段をりて改札をると、見慣れた駅通りが広がっていた。 健が毎、通い続けただ。 のも、のも、のいも、健は古びた黒い傘を差し、あるいは擦り切れたコートを羽織って、この駅を歩いていたのだ。

その背を、静子はずっと見送ってきた。

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