みかん小説
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"夫の遺品から出た三十年目の嘘" 第11話

「いってらっしゃい」 「ああ」 毎朝交わされる、たったそれだけの会話。 あの背のに、どれほどの覚悟と、どれほどの優しさが秘められていたのか、静子はそのの何つらなかったのだ。

商の灯りを抜け、閑静な宅へと続く本を歩く。 空を見げると、いつのにか群青の空はい漆黒へと変わり、無数の々が瞬き始めていた。 灯のが届かない所で、静子はふとを止めた。

の空のい位置に、ひときわく、清らかに輝くがつ、静かに佇んでいた。 夕のグラデーションが完全に夜へと溶ける境界線で、その番は、まるで針の先で突いたような鋭く純粋なを放っている。

静子の目から、温かい涙が筋、頬を伝ってこぼれ落ちた。 止めようとしても、次から次へと涙が溢れし、たくなった頬をく濡らしていく。 だが、その涙はしみの涙ではなかった。悔しさの涙でも、孤独の涙でもなかった。 静子の唇には、これまでので度も浮かべたことがないほど、穏やかで、誇らしい微笑みが浮かんでいた。

静子は胸ので両をきつく握り締め、たい夜気に向かって、ので、あの無骨な夫に向かって語りかけた。

「あなた……本当に、ずるいね。こんな格好いい秘密を、で抱え込んで逝ってしまうなんて」

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たいが、さあっと々を揺らし、静子の頬を撫でて通り過ぎていった。 まるで、照れだった夫が、秘密を暴かれて困り果て、苦笑いしながら部を掻いているような気配が、すぐ傍らにじられた。 健のあのい、し掠れた声が聞こえてくるようだった。 『静子……見つけたのか。余計なことをするなと言っただろうに』 そう言って、線を泳がせながら、ばつの悪そうな顔をしている夫の姿が、ありありと目に浮かんだ。

「でもね……あなたと夫婦になれて、本当によかった。あなたの妻であれたことを、私はから誇りにいます」

声にして呟いたその言葉は、い息となって夜空へと昇っていった。 嘘偽りのない、静子の魂の底からの本音だった。 もし、健が先ばかり甘い言葉を囁き、記ごとに価な贈り物を買い与えてくれるような男だったなら、静子はもっと満たされた気分の若い々を送れたかもしれない。 けれど、その代わりに、これほどまでに気く、これほどまでに純粋な魂を持つ男の妻であるという誇りを、ることはできなかっただろう。 健のあの器用さも、無さも、頑固さも、すべてはこの点の濁りもない誠実さの裏返しだったのだ。 自分を飾ることを嫌い、に誇ることを恥じ、ただ引き受けた約束を命がけで果たす。

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そんな男が、、自分の隣にいてくれたのだ。 自分を選び、自分の作った料理をべ、自分の繕ったを着て、自分の腕のでその涯を終えてくれたのだ。

胸を張って、静子は再び歩きした。 へ帰ろう。 あの静かな畳へ戻り、仏壇のに座って、しい線にを灯そう。 そして、遺ののあの器用な男に、温かいお茶を供えて、教えてやるのだ。 あなたの最のプレゼントは、無事に届いたわよ、と。 麻美さんは、息を呑むほど美しく笑っていたわよ、と。

やがて、見慣れたがののにたどり着いた。 築を迎えた造のがは、灯りの消えたまま、夜ののにひっそりと静まり返っていた。 健がくなってからというもの、この暗いに帰ってくることが何よりも苦痛だった。鍵をけて「ただいま」と言っても、誰も答えてくれない。え切った廊、主を失った斎、主の温もりの消えた布団。そのすべてが、静子の孤独を鋭く抉りしていた。 だが、今夜は違っていた。 扉をけ、玄関のにつ。 鍵を差し込み、回すと、カチリとよい音がして扉がいた。

「ただいま帰りました」

静子は、誰もいないはずの玄関に向かって、しっかりと、澄んだ声で告げた。 靴を脱ぎ、廊のかりを灯す。 柔らかな灯のが、磨き込まれた板張りのを照らしした。

そこには、健が履き古した、踵のしすり減った革靴が、几帳面に揃えて置かれたままになっていた。

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