"黒い着物の女と三十台の車列" 第3話
「おーっと、誰かとえば、柊じゃねえかよ!」
振り返るまでもなかった。そのねじ曲がった調子、を馬鹿にすることでしか自尊を保てない特の濁った声は、というを経ても蒼井の鼓膜の奥にこびりついてれないものだった。
赤隼。
代、クラスの権力を握り、蒼井に対する湿ないじめのにいた男だった。
振り返ると、そこには体の線にっていない派な沢を放つグレースーツを羽織り、いた胸元に無骨なのネックレスをぶらげた赤がっていた。片には半分ほどウイスキーの残ったロックグラスを持ち、ニヤニヤとした卑屈な笑みを元に張り付かせながら、股で蒼井のテーブルへとづいてくる。
の歳が流れても、教ので者を嘲笑っていたあの品な態度は、何つ変わっていなかった。ただ、彼がこれ見よがしに見せびらかしているのネックレスをよく見ると、メッキが剥げかけているのか、表面には無数の細かい擦り傷がびっしりとついており、どこか胡散臭い活の苦しさを物語っていた。
「久しぶりだなあ、柊。相変わらずっていうか、暗えツラしてんな。てかさ、何だその格好?」
赤はにしたグラスの氷をガラガラと回しながら、わざとらしく目を剥き、蒼井の黒い着物をのてっぺんからの先まで、舐め回すように見分した。
広告
「コスプレか? 極の妻ごっこでもやってんの? それともあれか、どこぞのヤクザの旦に囲われて、芸者でもやってんのかよ、おい!」
赤が声を張りげて周囲を振り返ると、くのテーブルにいた数の男たちが、調子をわせるようにして品な笑い声を漏らした。かつて赤の取り巻きだった連だ。
蒼井はのを切瞳に浮かべることなく、ただ静かに赤の線を受け止め、さく会釈を返した。
「……失礼いたします」
それだけを告げて線を伏せた蒼井の態度に、赤は面くなさそうに顔を歪め、舌打ちをつ鳴らした。
「チッ、なんだよその態度は。相変わらずノリが悪い女だな。と何にも変わってねえじゃねえか、お」
赤はにしたグラスを乱暴にテーブルに置くと、両をバンとテーブルにつき、蒼井の顔の正面へとを乗りしてきた。アルコールと物の煙の匂いが混ざりった温かい息が、蒼井の先をかすめる。
「……」
赤が吐き捨てたその単語が、蒼井のの奥底に沈めてあった、くたい記憶の蓋を静かに押しけた。
。の、初の教。
窓際の最列の席で、蒼井はいつも、俯いて文庫本を読んでいた。父はおらず、母も物つくに界し、巨な本で祖父と暮らしている蒼井の庭環境は、期のたちにとって格好の噂の種だった。
広告
「ねえ、ってる? 柊さんのって、なんかヤバい筋らしいよ」
「お父さんいないんでしょ? おじいさんが何やってるか、誰もらないんだって」
最初は教の隅で交わされる、無責任なひそひそ話に過ぎなかった。だが、その悪の波は瞬くに教全体をみ込み、確な形をとっていじめへと発展していった。
あるの朝、蒼井が教に入ると、自分の机のに油性マジックの太い文字で『ヤクザの孫』と殴りきされていた。消しゴムで擦っても消えないその文字を、クラスメイトたちは巻きに見つめ、クスクスと笑い声を漏らしていた。
靴箱をければ、履いていたはずの履きが消え失せ、代わりに濡れたゴミや空き缶がぎゅうぎゅうに詰め込まれていたこともあった。
昼休みになると、蒼井は騒がしい教をれ、暗いへと続く階段の踊りに座り込み、購買で買ったいコッペパンを無言でかじっていた。階から聞こえてくる同代の徒たちの無邪気な笑い声は、まるでいガラスの向こう側にある、自分とは永に交わることのないい異世界の来事のように響いていた。
そんなあるの放課、髪に染めた髪にピアスをらせた男が、蒼井の机のを塞ぐようにしてちはだかった。赤隼だった。
広告
おすすめ作品
-
完結第30話
宅配便を盗んだ隣家の息子と、箱から飛び出した蚊
ペットショップ店長のテツは、最近、自宅の宅配ボックスから荷物が何度も消えていることに気づく。犯人は隣家の少年・カズだったが、その背後にはPTA役員を務める母・チアキがいた。 テツが防犯カメラを設置すると、チアキが息子に荷物を持ち去らせている決定的な映像を確保。問い詰められた彼女は「近所同士の助け合い」と開き直り、逆に被害者を傷害罪で訴えると脅してきた。 しかし映像がPTAと警察へ渡ったことで事態は一変する。さらに調査が進むと、チアキは他のママ友の私物まで盗み、フリマアプリで転売していた常習犯だったことが発覚。 PTA役員の地位も家族からの信用も崩れ去る中、これまで「地域の平和を乱すな」と他人を責めてきた彼女自身が、地域で最も大きな問題だったことを突きつけられていく――。日常ホラー|怒り4.6万字5 1168 -
完結第11話
妊婦を狙う老人と十一月の凶刃
「妊婦は立て!奇形が産まれるぞ!」 早朝の電車内、妊婦を怒鳴りつける老人に激昂し、詰め寄ってホームへ追い払った会社員の成瀬涼。だが座席の下に落ちていた老人の定期券の裏には、戦慄のメモが挟まれていた。 『十一月十七日 東都産婦人科 産ませるな 絶対に殺す』 日付は明後日。七年前に母を自死で失った涼は、その朝、病院の物陰で張り込む。午前九時十五分、現れた老人のポケットから閃いた一本の果物ナイフ。 電柱へ組み伏せた涼の背後から、駆け寄った妊婦の悲鳴が響く。 「お義父さん……!?」 老人が隠し続けた、血塗られた過去とは。怒り|真相1.7万字5 1038 -
完結第18話
余命半年と嘘をつき、愛人と隠し子を選んだ夫
「俺はあと半年しか生きられない」――夫・健一から突然、肺がんによる余命宣告を告げられた恵子。しかしその夜、1人で人生を考えたいと言って出かけた夫は、隣町のスナックで若い女性・みほと会っていた。 幼馴染・香織が録音した会話から、健一が既婚者であることを隠してみほと関係を持ち、存在しない「軽井沢の豪邸」で一緒に暮らそうとしていることまで判明する。さらに健一は、妊娠中のみほとの子を「隠し子」と認め、「遺産は愛人と子供に渡すから、お前は我慢しろ」と恵子へ言い放つ。 だが恵子は夫の病気そのものを疑い始める。やがて健一が“証拠”として見せた診断書に、決定的な綻びが見つかる――。怒り|不倫2.7万字5 3476 -
完結第21話
母がナイフで砕いた自分の名前
母の七十歳の祝いで、私は家族に尽くし続けた母に自分の人生を取り戻してほしい一心から、ケーキのプレートに書かれた夫の姓を削り落とし、母の旧姓を書き直した。これで母は喜んでくれるはずだった。しかし母は青ざめ、「誰が戻りたいなんて言ったの」と私を睨みつけると、ナイフを掴んで自分の名前を何度も突き刺し粉々に叩き割った。家族全員から責め立てられた私は、母の部屋で底面を無残に削り取られた大量の人形を見つける。怒り|兄弟姉妹|真相|親子関係|修羅場3.1万字5 148 -
完結第20話
教室の最後列に座る元教員
定年退職した元教員の私は、一度も教えたことのない男子生徒の保護者会に、身元を偽って六年間通い続けていた。教室の最後列から見つめる先には、油まみれの作業着を着た父親が座っている。受付簿の不審な記録に気づいた校長から昇降口で問い詰められた帰り道、桜が散る坂道でその父親が私の前に立ちふさがった。二十四年前の元教え子だったその男は、振り返りもせず、私の背中に向けて「あの席、あと何年座るつもりですか」と低く告げ怒り|真実|親子関係|修羅場3.1万字5 123 -
完結第21話
優しい教室で震える息子
息子が突然学校に行けなくなり、担任は「いじめなどなくクラス全員に愛されている」と胸を張った。不審に思った私が息子のランドセルを調べると、底板の裏から三十七枚の給食費受領書が出てくる。我が家は困窮などしていないのに、三ヶ月間、生徒全員が日替わりで息子の昼食代を立て替えていた。私が学校へ確かめに行こうとした瞬間、息子は「言わないで」と叫んで床に泣き崩れ、その紙片を必死に胸へ抱え込んだ。怒り|裡の顔|親子関係|金銭問題3.2万字5 6060 -
完結第23話
締め出された新社長
父から印刷会社を継ぎ、代表取締役として誰よりも早く出社した初日の朝、私のカードキーだけが赤く点滅して通用口が開かなかった。清掃員や入社三カ月の新人、配送トラックが次々と通過していく中、古参の会計は「先代の指示で権限を削除した」と告げる。社内では判断を下せる者がおらず、営業と現場の怒号が響き合い、輪転機が完全に停止した。私は閉ざされたガラス扉の脇にパイプ椅子を置き、冷たい缶コーヒーを握りしめた。職場逆転|人生逆転|怒り|親子関係|修羅場3.5万字5 218 -
完結第24話
妻の手術翌朝、七通の解約通知
妻が胆嚢ポリープの手術で入院した日、私は仕事を優先し「自分で処理しろ」と見舞いを断った。だが翌朝、私の携帯にマンションの駐車場、クレジットカード、父のデイサービスを含む七通の解約通知が立て続けに届く。カードは店頭で弾かれ、ビルのゲート前で立ち往生した私は、妻の報復を確信して病室のドアを乱暴に開けた。点滴に繋がれた妻は、今すぐ元に戻せと詰め寄る私の目の前で、スマートフォンの画面を静かに伏せた。怒り|夫婦|介護|修羅場3.7万字5 234 -
完結第18話
ゴミ箱の隣に座る学年一位
学年1位を守り続けてきた娘が、二学期に入ると突然一番後ろの席に移動させられ、学級委員長も外された。何か処分を受けたのかと学校へ詰め寄る私に、娘は「この席でいいの」とだけ言い、何も説明しようとしない。納得できないまま迎えた参観日、教室の後ろに立つ私は、娘の隣にぽつんと置かれた空っぽの机に気づいた。誰の席なのかと問い詰める私に、担任は教室の隅を見つめ、「娘さんが残してくれと頼んできたんです」と静かに告げた。怒り|真実|孤獨|親子関係|修羅場2.8万字5 173 -
完結第18話
退職金と三百万円の借金
三十二年間勤めた会社を定年退職する日、人事に呼び止められた私は、一枚の紙を突き出された。それは私の名義と私印で作成された、三百万円の福祉貸付金の借用証書だった。返済が済むまで退職金は支払えないと告げられるが、私に借金の覚えなど一切ない。震える手で書類の日付を確認すると、そこには十一年前、夫が急逝して告別式を行っていた日の数字が並んでいた。私は退職の合意書へのサインを拒み、人事の机に手をついた。怒り|退職金|金銭問題|修羅場2.6万字5 612