みかん小説
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"黒い着物の女と三十台の車列" 第5話

そしてすぐさま、のに座り込んだまま震えている蒼井のへとしゃがみ込んだ。

「丈夫? どこか怪はない?」

女性は自分の濡れたエプロンのポケットから、清潔ないハンカチを取りすと、にまみれた蒼井の肩とえ切った頬を、まるで壊れ物を扱うかのように優しく拭ってくれた。

「はい……」

震える声で答える蒼井の瞳から、に混ざってい涙が零れ落ちた。

「怖かったでしょう。でも、もう丈夫よ。配いらないからね」

女性は自分の持っていたビニール袋から、まだいていないさな折りたたみ傘を取りすと、それを蒼井のたい両のにぎゅっと押し込んだ。

「これも持っていきなさい。邪引いちゃうからね」

「でも……おばさんが濡れてしまいます……」

見ずらずの自分を助けるために万円を差しし、傘まで渡そうとする女性に対し、蒼井はか細い声で拒んだ。だが、女性は目尻に優しい皺を寄せて、ふわりと笑った。

「はね、これくらいの、ちょっとくらい平気なのよ。さあ、く帰りなさい」

そう言って女性は、野菜の入った買い物袋をのにかざし、砂りののを、背を丸めながらに歩みっていった。

蒼井はのに膝をついたまま、のカーテンの向こうへとざかっていくそのさなろ姿を、いつまでも見つめ続けていた。

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滴が目に入り、女性の顔の輪郭はよく見えなかった。夕方の買いし帰りらしい着古したカーディガンと、し擦り切れた買い物袋。ただ、あの嵐のようなので自分を包み込んでくれた、凛とした優しい声と、肩に触れたのひらの温もりだけが、蒼井の魂の最もい所に、消えない刻印として刻み込まれたのだった。

その夜、古い本のな院造りの座敷で、蒼井は祖父と差し向かいで夕の膳についていた。

柊源郎。当歳。

関にその名を轟かせる広域任侠組織・柊組の代目組であり、裏社会の頂点に君臨する男であった。だが、目のに座る祖父は、渋いの紬の着物を寸分の乱れもなく着こなし、背筋を真っ直ぐに伸ばして、静かに噌汁を啜っていた。そのち居振るいには、品な暴力の匂いなど微もなく、古き良き武士のような静謐な格が漂っていた。

「……おじいちゃん」

蒼井は元の箸を静かに置き、座卓の脇に置いてあった折りたたみ傘と、汚れを落として丁寧に畳んだハンカチに線を落とした。そして、夕刻の駅裏ので起きた来事のすべてを、声を震わせながら祖父に打ちけた。

源郎は箸を止め、蒼井の話を途で遮ることなく、沈黙を保ったまま最まで静かに聞き届けていた。

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蒼井が話し終えると、源郎はゆっくりとい瞼を閉じ、胸の奥からく、い息を吐きした。そして再びかれたその瞳は、夜ののようにく澄んでいた。

「そのは、本物だ」

く、をうようなな声が、静まり返った座敷に響いた。

「名も名乗らず、見返りも求めず、ただ目ので困っている見ずらずの者を、己のを挺して助ける。……蒼井、それこそが、この世で最も尊い『本物の仁義』というものだ」

源郎は静かにを伸ばし、畳のに置かれていた蒼井のさなのに、節くれだったきな掌をそっと置いた。そののひらは、厳格さのに計りれない温かさを湛えていた。

「いいか、蒼井。いじめられ、理尽に晒された、喚き散らして相をむのは誰にでもできる。だがな、わめかず、耐える。理尽の嵐をただ静かにそのに受け止め、己の腹のに収める。……それこそが、の『器』というものだ」

「おじいちゃん……私、いじめられても、ずっと黙って耐えていなきゃいけないの?」

わず零れ落ちた孫娘の問いかけに、源郎は箸を完全に膳のに揃えて置き、蒼井の瞳を正面から真っ直ぐに見つめ据えた。

「蒼井。力を振るい、力のない者を叩き潰すことなど、この世で最も簡単なことだ。犬や獣でもできる。だがな、のにつ真の者とは、力でねじ伏せる者ではない。

己の器をもって、を変えることができる者のことだ。わめかず耐えろ。

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