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"黒い着物の女と三十台の車列" 第6話

耐えて、己の器を磨け」

蒼井はその言葉のみを噛みしめるように、静かに、く頷いた。

源郎は音もなく座布団からちがると、奥のの仏へと向かった。やがて戻ってきたその両には、切に保管されてきたとおぼしき、飴に変した美しい桐の箱が捧げ持たれていた。

座卓のに正座し直した源郎は、桐の箱の蓋を厳かにした。には、防虫のりと共に、丁寧に畳まれた質な漆黒の着物が収められていた。

「これは、おのき祖母が、若い頃に好んで着ていた着物だ」

源郎はおしそうに着物の襟元に線を落とした。

「おには、あのと同じ、凛とした気品と芯のさがある。いつかが満ちた、この着物に袖を通し、堂々と己のを歩め」

蒼井は促されるようにを伸ばし、絹のに指先で触れた。布の奥から、を経てもなお消えることのない、気品ある檀のりがかすかにちってきた。

源郎は自らの首から、黒檀の珠が連なる珠をすと、それを蒼井のさな掌のへとしっかりと握らせた。

「受けた恩は、命に代えても必ず返せ。それが、のというものだ」

を卒業したそのから、蒼井は学も就職もせず、祖父の膝で柊組の業のすべてを学び始めた。

それは般が像するような、暴力や脅迫に満ちた世界ではなかった。

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祖父・源郎と、組に仕え続ける幹部・藤堂誠治の背を追いかけながら、蒼井が叩き込まれたのは、徹底した「理」と「自律」であった。

域の伝統な祭礼の差配、利害が対する商や企業同士の複雑なトラブルの調、そして条理な暴力や困窮に喘ぐ井の々へのな支援。

「力で押すな。まず相の言い分を聞け。理のない暴力は、己のを滅ぼす毒にしかならん」

祖父の教えを胸に刻み込み、蒼井は昼夜を問わず現へ赴き、臭い実務と交渉のをつつ踏み越えていった。

やがて、源郎の齢化と代の変化に伴い、蒼井は冠代半ばにして、柊組の最実務責任者である「若」の座に就任した。

当初は「娘に何ができる」「極の舵取りが務まるはずがない」と内から懐疑な声が噴した。しかし蒼井は、切の言い訳をせず、すべてを自らの徹な判断力と、者の痛みを汲み取る潔ないによって示してみせた。数々の難航する揉め事を、血を滴も流すことなく円満に調し、組織の代化を成し遂げていくその腕に、古参の幹部たちもやがてくを垂れ、その信頼は絶対なものへと変わっていったのである。

だが今、の歳を経て戻ってきた同窓会の席において、目のにつ赤隼は、そんな蒼井の歩んできた獄も矜持も、何つる由もなかった。

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「おい、聞いてんのかよ、柊!」

赤はテーブルに置いたウイスキーグラスを指先でトントンと叩きながら、蒼井の顔を嘲笑うように覗き込んできた。

「そういやさあ、の、おの机に油性マジックで落きされたの覚えてるか? 『ヤクザの孫』ってやつ。あれさ、誰がいたかってるか? ……俺がいたんだよ!」

赤は自げに胸を張り、周囲のテーブルにいる同級たちを見回してガハハと品に笑った。

「あのの朝のおの顔、マジで最だったわ! 青ざめちゃってさあ、泣きそうなツラして机擦ってんの! 忘れられねえ傑作だったよなあ!」

周囲のテーブルから、引きつったような、乾いた苦笑いがパラパラと漏れた。誰も赤の悪を咎めようとはせず、ただ事なかれ主義の傍観者として、そのの空気に追従していた。

蒼井はテーブルのの氷を、静かにだけに含んだ。そして線を落とし、呼吸をえる。

何も言わない。何も言い返さない。

『わめかず耐える。それが器だ』

あの、祖父が授けてくれた言葉が、胸の奥底で静寂の鐘のように澄み渡って響いていた。

だが、たいガラスを握る蒼井のの指先に、ほんのわずかだけ、微細な力が籠もった。

赤はそのわずかな反応を、逃さず見咎めた。

「あ? おい、無すんなよ! 面くねえなあ!」

赤はいらだちをわにして、蒼井の着物の肩を、指先で突くように突いた。

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