みかん小説
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"黒い着物の女と三十台の車列" 第8話

その毅然とした態度が、赤の底の浅いプライドにをつけた。

「……お、マジでうぜえな。何様のつもりだよ!」

赤は元のロックグラスを掴むと、首を乱暴に傾けた。

バシャッという鈍い沫の音と共に、グラスに残っていた琥珀のウイスキーが、蒼井の胸元へと容赦なく浴びせかけられた。

たい液体が、質な正絹の着物に染み込んでいく。漆黒ののに、見る見るうちに濃い黒の染みが、無残に広がっていった。

「あーっと、が滑っちまったわ!」

赤が声でわざとらしく叫ぶと、周囲から緊張を孕んだ失笑が漏れた。

「つーかさあ、そんなっぽい喪みたいな着物、酒で汚れたくらいの方ががあって似ってんじゃねえの? なあ、みんな!」

蒼井の指先が、瞬だけピクリと震えた。

胸元に広がるアルコールの染み。ツンとを突く酒の匂い。

これは、祖父が切に保管し、き祖母の気品が宿る形見の着物だった。

喉の奥がカーッとくなり、目の奥がじんじんと痺れるような激痛がった。りと屈辱が、胸の奥底でマグマのように渦を巻いた。

蒼井は奥歯をギリリと噛み締め、震えそうになる両を、膝のにしっかりと揃えて置いた。

その――脳裏の奥くに、あの厳格で温かい祖父の声が、鳴のように響き渡った。

『わめかず耐える。

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それが器だ』

蒼井はく、静かに息を吸い込んだ。

肺腑の底までたい空気をき渡らせ、震えるをゆっくりと握りしめる。首に巻かれた黒檀の珠の、滑らかでい触が、逆流しかけたの波を、瞬にして凪のへと鎮めてくれた。

赤は、蒼井が取り乱しもせず、涙も流さないのを見て、さらに調子に乗って唇を歪めた。

「なんだよ、泣かねえのかよ。本当、つまんねえ女だな」

赤は周囲をぐるりと見回し、勝ち誇ったような笑みを浮かべながら、テーブルに両をついて蒼井の顔を覗き込んだ。

「つうかさあ……おんちって、本当にヤクザだったっけ? なあ」

赤はを乗りし、元に囁くように言った。

「だったらさ、今すぐここに呼んでみろよ。ヤクザなんだろ?」

赤はパッとを起こすと、げさに両を広げ、化のように肩をすくめてみせた。

「ほら、俺たち同窓全員のでさ、その派なヤクザのおじいちゃんでも組員でも、今すぐここに呼んでみろってんだよ!」

赤のおどけた仕に、張り詰めていた会の空気が気に弛緩し、取り巻きたちから号のような歓声と笑いががった。

「そうだそうだ! 呼んでみろよ!」

「どうせハッタリに決まってんだろ!」

「ヤクザなんて嘘百だろ、見栄張ってんじゃねえよ!」

赤はを叩いてゲラゲラと笑い転げた。

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その騒乱の極点において、蒼井は静かに、音もなくちがった。

ガタツ、と子が絨毯を擦る乾いた音が、嘲笑に包まれていた会の空気を微かに震わせた。

蒼井は自分の胸元の酒の染みに、度だけ静かに目を落とした。そして、その染みのを、慈しむように指先でそっと撫でた。

彼女は脇に置いてあったハンドバッグをけると、から台の黒いスマートフォンを取りした。

「いいですよ」

蒼井の声は、決して鳴るような声ではなかった。

だが、く、く、静謐を極めたその言は、宴会の隅々にまで議なほど瞭に響き渡った。

「……今、お呼びしますね」

その澄んだ声の徹さに気圧されたのか、会を包んでいた品な笑い声がピタリと止み、周囲は異様な静寂に包まれた。

蒼井は画面を迷いなくタップし、発信ボタンを押すと、端末を静かにに当てた。

呼びし音が度鳴るか鳴らないかのうちに、通話は繋がった。

「――藤堂さん」

蒼井の平坦な声が、静まり返った会に落ちる。

「……お迎えを、お願いします」

話のスピーカーから、く、研ぎ澄まされた刃物のような男の声が、漏れ聞こえてきた。

『――畏まりました。直ちに参ります』

ツーツーという切断音を残し、蒼井は静かに通話を終えた。

会にいた誰もが、固唾を呑んでその様子を見つめていた。

誰かの喉が鳴る微かな音と、テーブルに置かれたグラスの氷が溶けてカランと鳴る音だけが、気に響いた。

だが、赤はすぐにでせせら笑い、虚勢を張るように両を腰に当てた。

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