みかん小説
本棚

"黒い着物の女と三十台の車列" 第10話

そして、そのに響き渡る、く、腹の底を揺さぶるような威厳に満ちた声を発した。

「――若、お迎えに参りました」

藤堂がそので々と、度の角度で腰を折った。

その背から会へとなだれ込んできた数名の黒スーツの屈な男たちが、斉に、寸分の狂いもない作で直の姿勢をとり、蒼井に向かってをげた。

バシッ、と男たちのが擦れう音が、静まり返った宴会に鋭く響き渡る。

蒼井はゆっくりと振り返った。

背筋を微も曲げることなく、静かに藤堂の瞳を見つめ返す。

「……ご苦労様です、藤堂さん」

蒼井のその落ち着き払った言に、周囲の同級たちの喉から、ヒッと息を呑む微かな鳴が漏れた。

だが、事態はそれだけでは終わらなかった。

然と並ぶ黒スーツの男たちが、突如としてに分かれ、会の央に本のを切りいた。

そのの向こうから、カツ、カツと、本の黒檀の杖がを突く乾いた音がづいてきた。

現れたのは、渋い鼠の正絹の羽織袴を纏い、背筋をに向かって真っ直ぐに伸ばした、の老であった。

柊源郎。

関柊組代目組。御歳。

杖を静かに突きながら、老は歩、また歩と、会の奥へと歩みをめてくる。

その全から放たれる気迫は、ただそこにするだけで周囲の空気を押し潰してしまうほどにであり、「威厳」

広告

という言葉以にそれを形容する術はなかった。

組員たちがさらにくを垂れる、源郎は蒼井の数歩で静かにを止めた。

老はい窩の奥にある鋭いを巡らせ、壁際に怯え固まる同級たちを、ゆっくりと見渡した。

そして、その線が――蒼井の黒い着物の胸元に無残に広がる、琥珀のウイスキーの染みと、にび散った沫を捉えた瞬。

源郎の細い目が、ほんの瞬だけ、鋭利な刃物のように細められた。

そのに流れる空気が、瞬に凍りついた。すべてを、老は目で理解したのだ。

源郎は蒼井の正面にち、く刻まれた顔の皺の奥から、静かに孫娘の瞳を見つめた。

宴会にいるすべてのが、臓の鼓すら止めてその景を凝していた。

「……蒼井」

く、を揺るがすような老の声が響いた。半世紀以の血をき抜いてきた男の、圧倒な量を持つ声だった。

「おは、どうしたい?」

その問いかけに対し、蒼井は祖父の瞳を真っ直ぐに見つめ返した。

その澄んだ瞳のには、りも、みも、復讐の炎もしなかった。ただ、嵐のったの青空のような、どこまでもい静けさだけが湛えられていた。

その沈黙の刹、赤隼のから、完全に力が抜け落ちた。

ガシャンッ!

握られていたウイスキーグラスが指のから滑り落ち、い理のに激突して々に砕け散った。

広告

び散った琥珀の液体と氷の破片が、赤の靴を濡らし、静寂の会に鋭い破裂音となって霊した。

「う……嘘だろ……?」

赤の唇から、掠れた声が漏れた。

周囲の同級たちが、震えるでスマートフォンを操作し、必になって画面を検索し始めていた。

やがて、画面を見ていたの男が、息を呑んで顔を失った。

「ほ、本物だ……柊組……現役の指定暴力団の、直系トップ……」

「ヤクザの孫って……本当だったのかよ……」

赤の膝が、目に見えてガタガタと震え始めた。

「嘘だろ……嘘だろ……俺、何を……何をちまったんだ……?」

赤の線が、蒼井の着物の胸元にある染みへと落ちた。

自分が嘲笑いながら浴びせかけた、あの酒の跡。黒い最級ののに、拭いようのない染みとなって刻まれている。

っていられないほどの悪寒が、赤の背筋を駆けがった。

(俺は……広域暴力団の組の孫に……若に……酒をかけたのか……?)

さっきまで赤の背に群がり、緒に笑っていた同級たちが、まるで伝染病の患者から逃げるかのように、ジリジリとずさりして赤から距を取り始めた。壁際にを寄せ、誰もが赤と自分は無関係であるという顔を作ろうと必になっていた。

その、藤堂誠治が歩、へと踏みした。

「――当組の若に対し、狼藉を働いた者がいると聞き及びましたが」

研ぎ澄まされた刃のようない声が、宴会の空気を刀両断にした。

広告

おすすめ作品

リンクを共有

以下のリンクをコピーして友達と共有してください: