みかん小説
本棚

"奪われた手柄と残された受領印" 第22話

俺の胸のにまだ残っている微かな痛みを、無理やり急いで片付けようとはしなかった。

俺は歩みをしだけ緩めた。

「椎名さんに、お話ししたいことがあるんです。く説できるか分かりませんが……」

椎名も歩幅をわせ、優しく頷いた。

「聞きますよ。何でも話してください」

俺はくの空を見つめながら、静かにをいた。

「俺には……度、あの会社を辞めたの記憶があるんです。今みたいに断ることができず、婚約を破棄されてもなお、自分が役につことで居所を取り戻そうとしていた記憶が」

椎名のが、ピタリと止まった。

「……それで、あのの、あんなに怯えていらしたんですね」

「はい。あのので倒れて……最に、椎名さんからのメッセージを聞いたんです。返事をしたかったのに、指がかなかった。のような話ですが、俺はもう度と、同じ悔の所へ戻りたくなかったんです」

椎名は持っていた段ボール箱を元に置き、俺の目をまっすぐに見つめた。

「私が覚えているのは、あなたが私のご飯のお誘いに、勇気をして返信をくださったことです。あの、おに来てくださったことが、本当に嬉しかった」

俺も荷物を置き、彼女を見つめ返した。

「あの、僕がべ終わるまで、静かに待っていてくれましたよね。俺、あのの温もりを、忘れないといます」

広告

椎名はし照れくさそうに線を泳がせた。

「私……ただあなたに、温かいものをしっかりべてほしかったんです。しお話しして、あなたがどんなものが好きなのかをりたかった。仕事のお話をするから、ずっと」

俺は目を丸くした。

「仕事の話をするから……?」

「はい。ヶの同会議の帰り、エレベーターで緒になった、私が落としてしまった資料の順番を、急いでいたのに丁寧に揃えて返してくださいましたよね」

「……そんな些細なこと、覚えていたんですか?」

椎名はしはにかんだ。

「私の方が、牧野さんのことを気にしていたはかったかもしれませんね」

普段の仕事では淀みなく言葉を紡ぐ彼女が、自分の素直な気持ちので、懸命に言葉を探していた。

「あなたをお誘いしたのは、私の純粋なわがままでもあったんです。お優しい方だから、『困っている』と言えば助けに来てくれるんじゃないかとってしまったこともありました」

椎名はさく首を横に振った。

「でも、そんな卑怯な頼り方は絶対にしたくなくて……だから、ご飯のお誘いだけにしたんです。もし断られたら、で残がるだけにしようって」

俺は歩、彼女へづいた。

「俺は、あの所へって本当によかったです。仕事がなくても、今あなたに会いたい。できないことがあったとしても、もあなたの隣にいたいんです」

広告

椎名は瞳を揺らした。

「……それは、私をさせるために言ってくださっているんですか?」

「俺自が、そうしたいからです」

俺は彼女の瞳を真正面から見つめ、はっきりと告げた。

「凛さんが、好きです」

椎名は息を呑み、元の荷物をぎゅっと見つめた。

いつもの静なの顔で頷こうとしたが、そのに、きな瞳から粒の涙がポロポロと溢れした。

「……私も、友さんのことが好きです」

彼女は袖で涙を拭い、照れくさそうに笑った。

「あの……苗字で呼ぶの、もうやめてもいいですか?」

「はい。俺も、凛と呼びたいです」

彼女は涙を浮かべたまま、嬉しそうに目を細めた。

「もう度、呼んでみてください」

「凛」

名を呼ぶと、彼女は恥ずかしそうに顔を綻ばせた。

俺が両を伸ばすと、凛もためらうことなくその細いを伸ばしてくれた。

づいてもいいか、線で確かめう。彼女はさく頷き、靴の爪先をほんのしだけ背伸びするように持ちげた。見げた夜空は、どこまでも澄み渡るようにれ渡っていた。

もう急いで返信しなければならない理尽な着信も、に帰るために誰かの嫌を窺う必も、何つしなかった。

それからヶのが流れた。

実証実験に参加してくれる域の個舗は、コミでしずつ着実に増えていた。

俺たちはしく迎えたパートの担当者にも、現で培った確認の順を丁寧に共した。

広告

おすすめ作品

リンクを共有

以下のリンクをコピーして友達と共有してください: