"老人ホームの話を聞いた夜" 第8話
「そんな、あんなのはただの愚痴で……」
「その愚痴のせいで、俺は自分ので息を殺してきてきた。もううんざりなんだよ」
健がスマートフォンを取り返した。
「父さん、どこにいるんだ。会って話そう」
「おたちを追いしただけだ。これからは好きにきろ」
それが最の言葉だった。
話は方に切られた。
何度かけ直しても、もうつながらなかった。
マンションの15階の廊に、スーツケースに囲まれた3の族が取り残された。
産の田は気まずそうにをげ、そそくさとエレベーターへ向かった。隣のドアも、いつのにか静かに閉ざされていた。
「どうするのよ、これから」
沈黙を破ったのは、由美の切り声だった。
「全部あなたのせいよ。あなたのお父さんでしょう。なんで、もっとく気づかなかったのよ」
「俺のせいだと?おだって、父さんが邪魔だっていつも言ってただろう」
「私が言ったのはただの愚痴でしょう。本気で追いそうなんてってないわよ」
夫婦の言い争いが始まった。
互いを罵り、責任を押しつけう。隼は「ママ、パパ、やめて」と泣き叫んでいたが、2のには届いていなかった。
やがてしいである佐藤が、内から顔をした。
「申し訳ないんですが、廊で騒がれるとご所の迷惑になりますので」
その言葉が、2にを浴びせた。
広告
ここはもう自分たちのではない。
自分たちは、このマンションのですらない。
ただの部者なのだ。
健は屈辱に顔を歪めながらをげた。
「すみません。すぐにどきます」
く当てはなかった。
1階のエントランスにても、3はけなかった。はもう夜のに包まれている。
「とりあえずホテルでも探すか」
健が絞りすように言った。
「ホテル?おあるの?沖縄でほとんど使っちゃったじゃない」
由美が絶望な声で返した。
クレジットカードも旅の支払いで限度額ぎりぎりだった。
「じゃあ、おの実にくか」
「こんな格好でを追いされたなんて、恥ずかしくて言えるわけないでしょう」
その、隼がしゃがみ込んで泣きじゃくった。
「お腹すいた。おに帰りたいよ」
由美は震えるでスマートフォンを取りし、正雄へメッセージを送った。
「お義父様、お願いです。私たちがすべて違っていました。どうか今夜だけでも泊めていただけないでしょうか。隼がお腹を空かせています。この子には罪はありません。どうか、この子のためにお願いします」
送信してから、1分、2分。
永のようにいが過ぎた。
やがて既読がつき、返信が来た。
「おたちが望んだことだ」
それだけだった。
由美はそのに崩れ落ち、声をげて泣いた。
その頃、正雄は京駅のホームにいた。
広告
には故郷きの夜列の切符が1枚だけ握られていた。これから始まるしいへの、片切符だった。
夜列に揺られ、浅い眠りを繰り返すうちに、窓のはみ始めた。コンクリートの並みは消え、朝もやのかかった田園景が広がっていた。
数ぶりにりった故郷の駅は、記憶よりずっとさく、寂れていた。
タクシーで実へ向かう。
古い造は、雑に覆われ、壁の部が剥がれ落ちていた。両親がくなってから、所に管理を頼んではいたが、限界だったのだろう。
だが、正雄は絶望しなかった。
ここから始めるのだ。
そのから、正雄のしい活が始まった。窓をけ、畳をげ、を磨いた。体をかす疲れはよかった。
3目の昼過ぎ、庭でむしりをしていると、を通りかかった老がを止めた。
「おい、おめえ。もしかして正雄か。鈴のところの正雄じゃねえか」
顔をげた正雄は、相を見て目を細めた。
「岩田か。岩田じゃないか」
学からの幼なじみだった。
岩田はのような笑顔で駆け寄り、正雄の肩を力く叩いた。
「いつ帰ってきたんだ。連絡くらいしろよ、臭い」
そのの温かさに、正雄の胸が詰まった。
岩田は正雄をの居酒へ連れてった。そこには昔の同級たちが集まっていた。
「正雄じゃないか」
「本物か」
「帰ってきたのか」
彼らは、都会で何があったのかを詮索しなかった。ただ空いた席を指さし、「まあ座れ。
広告
おすすめ作品
-
完結第16話
十字の紙片と売られた生家
「母さん、老人ホームに入れ。この家も売る」息子夫婦はカナダ移住を前に、相場の半値以下の査定書と山奥の隔離施設のパンフレットを突きつけてきた。共働きで多忙な彼らに代わり、十年間孫娘を育て上げ、遺産から数百万円を用立ててきた私への仕打ちがこれだった。絶望に沈む私の手に、高校生の孫娘が震えながら押し込んだのは、固く折られた「十文字のチラシの紙片」。「明日の朝までに、実印と通帳は絶対に渡さないで」。深夜二時、一人で開いたその紙には、全てを覆す戦慄の計画が記されていた。私は仏壇の隠し金庫に手を伸ばし――。祖父母と孫|介護2.4万字5 426 -
完結第14話
偽りの血液型
花屋で働くさやかは、名門病院の跡取り・谷本勇吾と結婚した。しかし命懸けの出産直後、病室に乗り込んできた元女優の義母・早苗から「この尻軽女!」と胸倉を掴まれる。新生児室の娘の髪は、純日本人の夫婦からはあり得ない見事な「金髪」だった。 さらに夫の元恋人である看護師から「子の血液型はA型。B型の夫とO型の妻から生まれる確率は0%」と宣告され、さやかは「托卵妻」の濡れ衣を着せられて無一文で追い出されてしまう。 信じてくれない夫と冷酷な義父母に絶望し、一人娘の凛を育てるさやか。そんな彼女を密かに支え続けたのは、義母から疎まれていた義弟の慎司だった。 12年後、美しく成長した娘の前に再び現れた元義家族。その裏に隠されていた、改ざんされた検査結果と、名家を揺るがす戦慄の「DNA鑑定書」とは——。祖父母と孫|修羅場2.1万字5 328 -
完結第11話
夫の毒膳と孫の告発〜元科捜研妻の科学鑑定〜
元科学捜査研究所の分析官だった岩田礼子(五十八歳)は、交通事故で息子夫婦を失い、遺された五歳の孫・陽太を夫の国彦と共に引き取って育てていた。 しかし息子の死後、礼子は原因不明の酷い目眩や全身の脱力感に苛まれるようになる。献身的に看病し、料理教室へ通って手料理やサプリメントを振る舞う「理想の夫」国彦。だが、体調は悪化の一途を辿り、ついに出張前日に夫が作り置いた筑前煮を口にした直後、礼子は急性中毒で意識不明に陥ってしまう。 九死に一生を得て帰宅した夕暮れ、テレビのサスペンスドラマで睡眠薬をすり潰す犯人を見た陽太が「おじいちゃんのと同じだ」と無邪気に叫んだ。古巣の科捜研に持ち込んだ筑前煮とサプリメントから検出されたのは、致死量寸前の睡眠薬――優しい夫の仮面の裏に隠された、身の毛もよだつ殺意と陰謀とは。祖父母と孫|夫婦1.6万字5 265 -
完結第23話
義母が突然、結婚指輪をくれた
夫が亡くなった日、義母は「もう家族じゃない」と私と娘を雨の中に追い出した。それから二年、一度の連絡もなかった義母が娘の小学校入学を控えた夕暮れ、四十年間外さなかった結婚指輪を私の指に無理やり嵌めて頭を下げた。翌日、親族が集まる祝いの席で和解を受け入れようとした私の前で、義母は冷たい笑みを浮かべ、夫が生前に娘の氏の変更書類を用意していたのではないかと問い詰めてきた。私の手の中で箸が止まった。裡切られた|祖父母と孫|嫁姑|親子関係|修羅場3.5万字5 127 -
完結第19話
棺の中の男を、夫は知らない
親を捨てて逃げた冷酷な男だと親族中から罵倒される義兄の葬儀で、義母は涙を流し、夫を支えの孝行息子だと称えていた。だが焼香台へ進む夫の前に立ちはだかった私は、「あなた、本当に棺の中にいるその人を知っているの」と告げた。夫が隠していたのは、過去五年間、毎月義兄へ送り続け、そのたびに全額突き返されていた六十回分の送金記録だった。血の気を引かせる夫と親戚の前で、私はその明細を祭壇の上に広げた。兄弟姉妹|親不孝|絶縁|親子関係|修羅場2.8万字5 88 -
完結第25話
祖父が私に遺した最後の拒否権
亡くなった祖父の果園を三千二百万円で売却するため、東京で働く私は十年ぶりに実家へ呼び戻された。生活苦に喘ぐ父と妹の結婚資金のため、名義を持つ父は契約を急いでいたが、司法書士が出したのは「長孫である私の書面同意がなければ売却は無効」という祖父の遺言だった。早く終わらせようとペンを握った私は、ふと買い手企業がここを何にするつもりなのか尋ねた。山を削り大型トラックの夜間中継所にすると聞かされた瞬間、私は手元のペンを静かに机へと置いた。祖父母と孫|相続|親子関係|金銭問題3.7万字5 111 -
完結第20話
祖母は十二年年賀状を書いてない
八十歳を迎えた祖母のため、私はいとこたちと過去十二年分の年賀状を集めて記念のアルバムを作った。毎年元旦に届く「元気に暮らしています、トマトがたくさん実りました」という三行は、遠方で暮らす私たちが実家の無事を疑わずに済む確かな証拠だった。だが親戚一同が集まる祝宴の席でアルバムを開いた瞬間、祖母は整った文字を見つめ、十二年間一度も年賀状など書いていないと言い放った。親族の視線が一斉に、実家の近くで暮らす叔母へと向かう。孤獨|親子関係|介護|認知症3.0万字5 98 -
完結第23話
母の職場で死んでいた私
母の定年退職をサプライズで祝うため、私は東京から新幹線に乗り宴会場へ駆けつけた。お祝いの品を手にして扉を開けた瞬間、母の同僚は手にしたグラスを取り落とし、顔を青ざめて後ずさりした。毎年盆と正月には実家へ顔を出し、仕送りも続けていたはずの私は、母が二十八年勤めた職場では十五年前に事故で亡くなった娘として扱われていた。ステージを駆け下りてきた母は私の手首を強く掴み、そのまま非常階段へと力任せに引きずり出した。親不孝|親子関係|退職金|修羅場3.5万字5 781 -
完結第18話
ゴミ箱の隣に座る学年一位
学年1位を守り続けてきた娘が、二学期に入ると突然一番後ろの席に移動させられ、学級委員長も外された。何か処分を受けたのかと学校へ詰め寄る私に、娘は「この席でいいの」とだけ言い、何も説明しようとしない。納得できないまま迎えた参観日、教室の後ろに立つ私は、娘の隣にぽつんと置かれた空っぽの机に気づいた。誰の席なのかと問い詰める私に、担任は教室の隅を見つめ、「娘さんが残してくれと頼んできたんです」と静かに告げた。怒り|真実|孤獨|親子関係|修羅場2.8万字5 161