"退職金より重い家計簿" 第1話
「このは俺のだ。おは1円も触るな」
夫の隆がそう言った瞬、麻美のは湯呑みに触れたまま止まった。
そのは、隆の退職が座に振り込まれただった。夕方のリビングには、いつものようにが差し込んでいた。卓のには、淹れたばかりのお茶と、夕飯の支度を始めるにしたさな菓子皿が置かれていた。
隆は通帳をいたまま、にやりと笑っていた。
「2800万円か。まあ、俺もよく働いたもんだ」
その声には、勤めげた誇りがにじんでいた。麻美も、その気持ちは分かっていた。隆が会社で苦労してきたことも、理尽な司にをげてきたことも、に帰るたびに疲れた顔をしていたことも、誰よりくで見てきたからだ。
だから麻美は、湯呑みをそっと置き、穏やかに言った。
「本当にお疲れ様。これでしはして暮らせるわね。病院代も、の修理も、みたいに配しなくて済むし」
その言葉を聞いた途端、隆の眉がぴくりといた。
「何を勝に混ざろうとしてるんだ」
麻美は瞬、が分からなかった。
「え?」
隆は通帳を閉じることもせず、麻美を見ろすように言った。
「このは俺のだ。俺が会社でをげて、腹のつ司にも耐えて稼いだだ。おは1円も触るな」
部の空気が、急にたくなったようにじた。
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麻美は湯呑みの縁に添えていた指先をゆっくりした。
「触るなって……活費はどうするの?私たち2の老でしょう」
「必な分は俺が渡す」
隆は当然のように言った。
「おはそれで飯を作って、掃除して、黙ってを守ればいい」
麻美は隆の顔を見つめた。
連れ添った夫の顔なのに、そのだけはらないのように見えた。
「私は今まで、ずっとそうしてきたつもりよ」
「だからなんだ。にいただけだろう。で稼いだのは俺だ」
その言は、胸の奥にたいを流し込まれるようだった。
40分の朝。毎の洗濯物。をした娘を夜通し抱いた。隆が接待で帰らない夜、1で計簿と向きった。りない活費を自分の内職代で埋めた。
それらは、隆のでは何も残っていなかったらしい。
「隆さん、本気で言っているの?」
麻美の声は、自分でも驚くほどさかった。
「本気も何も、当たりだ」
隆は通帳を胸元に引き寄せた。
「これからは通帳も印鑑も俺が持つ。おのも無駄遣いも、俺が見る」
「私は何だとっているの」
「妻だろう。だから夫に従え」
麻美はそので言い返さなかった。
りより先に、静かな決が元から満ちてくるのをじていた。
隆は通帳を守るように抱えたまま、まだ何かを言っていた。だが、麻美のにはもうはっきり届いていなかった。
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い結婚活ので、何度もしてきた。
けれどこの、麻美ので何かが完全に終わった。
翌朝、台所に噌汁の匂いはなかった。
隆はいつもの席に座り、聞を広げたまま声だけをばした。
「おい、噌汁はまだか。退職した初ぐらい、しはまともな朝飯をせ」
返事はなかった。
隆が聞をろすと、麻美は玄関先にっていた。さなカバンを片に持ち、もう靴も履いていた。
その姿を見て、隆は眉をひそめた。
「何をしてる」
麻美は静かに振り返った。
カバンのに入っているのは、着替えが2組、常備薬、通帳の控え、そして古い茶の封筒だけだった。
「朝はありません」
「はあ?何を言ってる」
「昨あなたが言ったでしょう。私はあなたのに触るなって。なら、私はあなたの活にも触れません」
隆は聞を乱暴にたたんだ。
「くだらんを張るな。飯とは別だろう」
「別じゃないわ」
麻美の声は震えていた。けれど、はもう震えていなかった。
「あなたは私を族じゃなく、都よくくだとっていた。だから、今からその役目をります」
隆は子からちがった。
「どこへく気だ。おに暮らせる所なんかあるのか」
「あります」
「誰のできるつもりだ」
「自分で守ってきたおで」
その言葉に、隆はで笑った。
「笑わせるな。おが守ったものなんてあるか。
全部俺が稼いだだ」
麻美はその言葉を聞いて、胸に残っていた迷いがすっと消えていくのをじた。
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