"還暦の朝、家を売った母" 第5話
億円で違いありませんね?』 「はい。現括払いでお願いいたします」 『承しました。の朝に、買い主の方と緒に伺います。必類をご用してお待ちください』
田代さんとの打ちわせは、わずか分ほどで終わった。通話を切った、子は庫のの実印、印鑑証、民票、戸籍謄本がすべて揃っていることを再度確認した。 「慎太郎、あなたはらないでしょうね。の所者が、どれほどいにあるかを」 静まり返った部に、子の独り言がたく響いた。子はちがり、部を見回した。いの詰まった所だったが、もう未練は微もなかった。の朝、慎太郎たちが目覚めたとき、このはすでにのものになっている。子は、クローゼットからダンボールを取りし、必最限の荷物をまとめる作業を静かに始めた。
翌朝、午。まだが暗い、子はすでに支度を完全にえ、階のリビングのソファーにく腰掛けていた。元には、実印と必類が並んでいる。 静寂を破るように、玄関のインターホンが鋭く鳴り響いた。 子は静かにちがり、鍵をけて扉を引いた。そこには、田代さんと、グレーのスーツを着こなした代ほどの紳士がっていた。 「川さん、おはようございます。
広告
田代です」 「おはようございます、田代さん」 田代さんは隣の紳士を歩に促した。 「こちらが、買い主の田建設の社、田様です」 田社は丁にをげた。 「初めまして、田です。この度は、素らしい物件を譲っていただけるとのこと、誠にありがとうございます。速ですが、契約続きに入らせていただきます」
子はを階のダイニングテーブルへと案内した。田社が鞄から次々と類を広げていく。売買契約、事項説、登記関係類のがテーブルを埋め尽くした。 田代さんが鏡をかけ、類の箇所を指差した。 「売買価格は億円。本、売買契約の成と同に、全額現での即振込となります。、建物すべて含めての売却ということで、よろしいですね?」 「はい、違いありません。よろしくお願いいたします」 子は淡々とした付きで類に目を通し、署名欄に「川子」と万で記すと、朱肉をしっかりとつけて実印を力く押していった。
「川さん、のため確認ですが、建物の名義である息子さんの同は……」 田代さんがし言いにくそうに尋ねると、子は実印をテーブルに置き、まっすぐに田代さんを見つめた。 「の所者は私です。そして、息子は昨、私に向かって『てけ』と言いました。
広告
私たちはもう族ではないそうですから、の建物のことまで私が配する義理はございません」 子の徹な言葉に、田代さんは複雑な表を浮かべながらも、くうなずいた。
午半、事項の説が終わり、いよいよ最終な契約への捺印が完しようとした、そのだった。 トントン、ドタドタと、階の階段から慌ただしい音が響いてきた。 「お母さん?こんな朝くから、体何をしてるんですか?」 パジャマ姿の美が、眠そうな目を擦りながらリビングに入ってきた。しかし、ダイニングテーブルに広げられた量の類と、見らぬスーツ姿の男性を目にした瞬、美の表が凍りついた。 「え……ちょっと、何これ!?売買契約……川子……?ちょっと、慎太郎!起きて!すぐ来て!!」 美の鳴のような叫び声がに響き渡り、階がにわかに騒がしくなった。
「何をしてるんだ!?」 髪を振り乱し、パジャマ姿のままの慎太郎が、転がるように階段を駆けりてきた。その目はりと揺できく見かれている。 子は、ペンを握ったまま、静かに息子を振り返った。 「おはよう、慎太郎。ちょうど良かったわ。今、このの売却続きをしているところよ」 「売却!?何を言ってるんだ、お!ふざけるな、このは俺がローンを組んで建てた、俺のだぞ!」
慎太郎がテーブルに詰め寄り、類を奪おうとを伸ばした。しかし、田社がそのを制した。 「お気持ちはわかりますが、慎太郎さん。
広告
おすすめ作品
-
完結第15話
二十人分の祝い膳を押しつけられたので、家を出ました
義母から「家族のお祝いだから」と押し付けられたのは、二十人分の料理作りと高額な費用負担。 夫も義妹も、私を一人の家族ではなく、都合よく使える存在として扱っていた。 五年間、我慢し続けた嫁・美咲は、ある決断をする。 それは、義妹の息子の一歳祝いの前日に、すべてを捨てて家を出ることだった。 しかし、静かに準備を進める中で、美咲は夫と義母が隠していた驚くべき事実を知る。 そこには、単なる身勝手な家族関係では終わらない、彼女を縛り続けるための計画が隠されていた。 そして迎えた祝いの日。 親戚二十人が待つ食卓に残されたのは、豪華な料理ではなく、誰も予想しなかった「空っぽの祝い膳」だった。 奪われ続けた人生を取り戻すため、美咲が選んだ静かな反撃とは――。嫁姑|親子関係|修羅場2.2万字5 284 -
完結第11話
九時三十四分の地下鉄、消えた暴行犯
午前九時三十四分、地下鉄の車内で若い男が突如狂乱し、中年客の顔面を骨が軋むほど殴打した。床一面に飛び散る鮮血。だが、隣に座る同じ社章をつけた上司は、ただ口をあわあわと震わせ「腰を抜かして」座り込むだけだった。乗客たちと男を取り押さえ、駅員にすべてを通報した俺。しかし翌日、警察の発表も新聞の三面記事も、この凄惨な事件を「最初から存在しなかった」かのように完全に黙殺していた。なぜあの凄惨な暴力は一行も報道されず、駅の防犯カメラ映像すら消去されたのか。数年後、俺はある大手企業の役員名簿の中に、あの朝、冷たいホームの柱にすがってガタガタと震えていた「あの上司」の顔写真を見つけ、息を呑んだ――。ミステリー|真実1.6万字5 101 -
完結第16話
血染めの写真と三文字のSOS
夕方のコンビニの床に落ちていた一枚の写真。微笑む少女の横には、まだ乾ききっていない赤黒い生血がべっとりと付着していた。 裏返した瞬間、息が止まる。震える筆跡の住所と、指先の血で擦り付けられた『SOS』の三文字。 妻に捨てられ、八歳の息子と写真館を営む私には分かった。この血は付着して数分も経っていない――今すぐ行かなければ手遅れになる。 警察に通報し駆けつけた古い民家の階段下には、右足を骨折し倒れ伏す母親と、自らの手のひらを切り裂いた六歳の少女がいた。 「……だれ?」 母を庇い、血まみれの手で私を睨み据える少女の瞳が訴えていた、あまりに残酷な真相とは。親子関係|金銭問題2.4万字5 200 -
完結第19話
深夜2時、隣家の物置で赤ん坊を抱く4歳児
心臓の不整脈で消防士を辞め、故郷の民宿「緑海荘」へ戻った27歳の相馬蒼太。 ある深夜2時、隣家から突然途切れた赤ん坊の泣き声に異変を感じて駆けつけると、物置のような暗い部屋で、全身に青あざを負った4歳のひなが、痩せた妹メイを必死に抱いていた。 「泣いたらまた叩かれるんですか?」――その一言に、蒼太は2人を必ず守ると決意する。民宿へ連れ帰り、常連客の旅行ライター・りんや両親と共に食事と温かな寝床を与え、児童相談所へ連絡。 しかし保護の朝、ひなは「お兄ちゃんと離れたくない」と蒼太の服を握りしめる。初めて見る海の前で、ようやく声を上げて泣いた少女を前に、蒼太とりんは“助ける”だけでは終われない未来を選び始める――。親子関係|修羅場2.8万字5 251 -
完結第23話
義母が突然、結婚指輪をくれた
夫が亡くなった日、義母は「もう家族じゃない」と私と娘を雨の中に追い出した。それから二年、一度の連絡もなかった義母が娘の小学校入学を控えた夕暮れ、四十年間外さなかった結婚指輪を私の指に無理やり嵌めて頭を下げた。翌日、親族が集まる祝いの席で和解を受け入れようとした私の前で、義母は冷たい笑みを浮かべ、夫が生前に娘の氏の変更書類を用意していたのではないかと問い詰めてきた。私の手の中で箸が止まった。裡切られた|祖父母と孫|嫁姑|親子関係|修羅場3.5万字5 127 -
完結第21話
母がナイフで砕いた自分の名前
母の七十歳の祝いで、私は家族に尽くし続けた母に自分の人生を取り戻してほしい一心から、ケーキのプレートに書かれた夫の姓を削り落とし、母の旧姓を書き直した。これで母は喜んでくれるはずだった。しかし母は青ざめ、「誰が戻りたいなんて言ったの」と私を睨みつけると、ナイフを掴んで自分の名前を何度も突き刺し粉々に叩き割った。家族全員から責め立てられた私は、母の部屋で底面を無残に削り取られた大量の人形を見つける。怒り|兄弟姉妹|真相|親子関係|修羅場3.1万字5 137 -
完結第19話
棺の中の男を、夫は知らない
親を捨てて逃げた冷酷な男だと親族中から罵倒される義兄の葬儀で、義母は涙を流し、夫を支えの孝行息子だと称えていた。だが焼香台へ進む夫の前に立ちはだかった私は、「あなた、本当に棺の中にいるその人を知っているの」と告げた。夫が隠していたのは、過去五年間、毎月義兄へ送り続け、そのたびに全額突き返されていた六十回分の送金記録だった。血の気を引かせる夫と親戚の前で、私はその明細を祭壇の上に広げた。兄弟姉妹|親不孝|絶縁|親子関係|修羅場2.8万字5 88 -
完結第21話
妹のドレスを二十センチ切った
妹の結婚式を数時間後に控えた深夜二時、私はリビングで特注のウェディングドレスに裁ち鋏を入れた。事故で右足に傷が残る妹に対し、相手の家族は配慮という名目で足を隠す重いドレスを強要し、当日は動かず座り続けるよう言い含めていた。母の怒声が響き、私の頬に平手打ちが飛ぶ。泣き崩れる妹の足元には、前裾だけが二十センチ切り落とされた純白の布が散らばっていた。私は鋏を置き、「今日これを着て出なさい」とだけ告げた。裡切られた|兄弟姉妹|裡の顔|親子関係|修羅場3.1万字5 94 -
完結第24話
目覚めた部下にクビを問われた
地方旅館の火災で客を救い出し重傷を負った部下が目を覚ました。だが彼女の記憶は直近の二年分が抜け落ち、着任初日の私が冷酷に解雇を迫った日のまま止まっていた。会社は避難扉が開かなかった責任を彼女の記憶喪失に乗じて背負わせようと、退職金の支払いを口実に過失を認める書類への署名を病室で迫る。何も思い出せない部下は震える手でペンを握り、かつて自分を追い詰めたはずの私を怯えた目で見つめた。職場逆転|真実|裡の顔|修羅場3.7万字5 691