"還暦の朝、家を売った母" 第6話
これは正当な法取引です。妨害されるのであれば、警察を呼ばざるを得ません」 「警察だと!?」 慎太郎が絶句する横から、美が鳴をげた。 「はまだお母さんの名義なのよ!建物の千百万円もお母さんがしたの!でも、私たちのローンがまだ千万円も残ってるのよ!?を売られたら、どうするつもり!?」
子は、怯える美と慎太郎を、ややかな目で見ろした。 「それは、あなたたちの問題です。私はもう族ではなく、ただの同居なのでしょう?の借のことまで、私が配する義理はありません」 「母さん、待ってくれ!話しおう!頼むから!」 慎太郎がそのに膝をつき、激しくフローリングにをこすりつけた。座の鈍い音がリビングに響く。 「あれはちょっと言い過ぎたんだ!謝るから!だから考え直してくれ!」 美も慌ててその隣に正座し、涙を流しながら子のスカートの裾を掴んだ。 「お願いします、お母さん!翔太はどうなるんですか!?孫の将来を考えてください!」
昨まで子を「邪魔者」「老臭い」と罵り、を否定していたが、今やプライドを捨てて必に縋り付いている。その醜い姿を見ても、子のには何のも湧かなかった。 「美さんのご両親は裕福なのでしょう?そちらを頼ればいいじゃないですか」 子が淡に言い放つと、美は言葉を詰まらせ、ただ顔を青ざめさせた。
広告
田代さんがそっと元の計を確認し、子に目配せをした。 「川さん、おが……」 「ええ、わかりました」 子は美のを静かにはねのけ、売却契約の最の欄にしっかりと実印を押した。ガチャン、と田社が類をまとめ、鞄に収めた。 「これで、売買契約は完全に成いたしました。ヶ以内に、このから退していただきます」 田代さんの事務な宣告が、慎太郎たちに酷な現実を突きつけた。名義である子がいなければ、との交渉もできず、ローンの括返済を求められることになる。彼らに残されたのは、破滅へのカウントダウンだけだった。
その、田社のスマートフォンがく震えた。画面を確認した社が、子に向かってく礼した。 「川様、たった今、ご指定の座へ億円の入が確認できました」 「ご丁寧に、ありがとうございました」 子はくをげた。 荷物をまとめ、玄関へ向かおうとした、階から目を擦りながら翔太がりてきた。 「ばあば、どこくの……?」 子はを止め、翔太の目線にわせてかがんだ。 「ばあばはね、しいおうちにくのよ。しょうちゃんは、パパとママと緒に、ここにいなさいね」 「しょうちゃんもく!」 翔太がを伸ばしたが、美が狂ったように翔太を抱き寄せ、子を睨みつけた。
広告
「こんなことをして、絶対に悔しますよ!」 子は玄関のノブを握り、美を振り返って、底楽しそうに微笑んだ。 「悔するとしたら……もっとく決断しなかったことくらいかしら。それでは、さようなら。言われた通り、プレゼントを持っててきますわ」 子は、還暦祝いの桐の箱を切に抱え、度と振り返ることなく、朝の昇る玄関を歩踏みした。ろから「母さん!戻ってくれ!」という慎太郎の絶望な叫び声が聞こえたが、それはりるタクシーのエンジン音にかき消されていった。
それからヶのが流れた。 午。子は、よい波の音の響きで静かに目を覚ました。ベッドから起きがり、のカーテンをきくける。 目のには、見渡す限りの青いが広がっていた。平線の彼方から真っ赤な朝がゆっくりと昇り、静かな面をキラキラとした黄に染めげていく。 「今も、素らしいになりそうね」 子は、テラスの観葉植物にをやりながら、自然と笑みをこぼした。
売却して得た億円の部、千万円で購入した辺の2LDKのマンション。で暮らすには分すぎるほどの広さと、るいが差し込むリビング。世帯宅のは、美たちの目を気にして慮がちにしていたガーデニングの趣も、今は誰に気兼ねすることなく、う分楽しむことができていた。
広告
おすすめ作品
-
完結第15話
二十人分の祝い膳を押しつけられたので、家を出ました
義母から「家族のお祝いだから」と押し付けられたのは、二十人分の料理作りと高額な費用負担。 夫も義妹も、私を一人の家族ではなく、都合よく使える存在として扱っていた。 五年間、我慢し続けた嫁・美咲は、ある決断をする。 それは、義妹の息子の一歳祝いの前日に、すべてを捨てて家を出ることだった。 しかし、静かに準備を進める中で、美咲は夫と義母が隠していた驚くべき事実を知る。 そこには、単なる身勝手な家族関係では終わらない、彼女を縛り続けるための計画が隠されていた。 そして迎えた祝いの日。 親戚二十人が待つ食卓に残されたのは、豪華な料理ではなく、誰も予想しなかった「空っぽの祝い膳」だった。 奪われ続けた人生を取り戻すため、美咲が選んだ静かな反撃とは――。嫁姑|親子関係|修羅場2.2万字5 284 -
完結第11話
九時三十四分の地下鉄、消えた暴行犯
午前九時三十四分、地下鉄の車内で若い男が突如狂乱し、中年客の顔面を骨が軋むほど殴打した。床一面に飛び散る鮮血。だが、隣に座る同じ社章をつけた上司は、ただ口をあわあわと震わせ「腰を抜かして」座り込むだけだった。乗客たちと男を取り押さえ、駅員にすべてを通報した俺。しかし翌日、警察の発表も新聞の三面記事も、この凄惨な事件を「最初から存在しなかった」かのように完全に黙殺していた。なぜあの凄惨な暴力は一行も報道されず、駅の防犯カメラ映像すら消去されたのか。数年後、俺はある大手企業の役員名簿の中に、あの朝、冷たいホームの柱にすがってガタガタと震えていた「あの上司」の顔写真を見つけ、息を呑んだ――。ミステリー|真実1.6万字5 101 -
完結第16話
血染めの写真と三文字のSOS
夕方のコンビニの床に落ちていた一枚の写真。微笑む少女の横には、まだ乾ききっていない赤黒い生血がべっとりと付着していた。 裏返した瞬間、息が止まる。震える筆跡の住所と、指先の血で擦り付けられた『SOS』の三文字。 妻に捨てられ、八歳の息子と写真館を営む私には分かった。この血は付着して数分も経っていない――今すぐ行かなければ手遅れになる。 警察に通報し駆けつけた古い民家の階段下には、右足を骨折し倒れ伏す母親と、自らの手のひらを切り裂いた六歳の少女がいた。 「……だれ?」 母を庇い、血まみれの手で私を睨み据える少女の瞳が訴えていた、あまりに残酷な真相とは。親子関係|金銭問題2.4万字5 200 -
完結第19話
深夜2時、隣家の物置で赤ん坊を抱く4歳児
心臓の不整脈で消防士を辞め、故郷の民宿「緑海荘」へ戻った27歳の相馬蒼太。 ある深夜2時、隣家から突然途切れた赤ん坊の泣き声に異変を感じて駆けつけると、物置のような暗い部屋で、全身に青あざを負った4歳のひなが、痩せた妹メイを必死に抱いていた。 「泣いたらまた叩かれるんですか?」――その一言に、蒼太は2人を必ず守ると決意する。民宿へ連れ帰り、常連客の旅行ライター・りんや両親と共に食事と温かな寝床を与え、児童相談所へ連絡。 しかし保護の朝、ひなは「お兄ちゃんと離れたくない」と蒼太の服を握りしめる。初めて見る海の前で、ようやく声を上げて泣いた少女を前に、蒼太とりんは“助ける”だけでは終われない未来を選び始める――。親子関係|修羅場2.8万字5 251 -
完結第23話
義母が突然、結婚指輪をくれた
夫が亡くなった日、義母は「もう家族じゃない」と私と娘を雨の中に追い出した。それから二年、一度の連絡もなかった義母が娘の小学校入学を控えた夕暮れ、四十年間外さなかった結婚指輪を私の指に無理やり嵌めて頭を下げた。翌日、親族が集まる祝いの席で和解を受け入れようとした私の前で、義母は冷たい笑みを浮かべ、夫が生前に娘の氏の変更書類を用意していたのではないかと問い詰めてきた。私の手の中で箸が止まった。裡切られた|祖父母と孫|嫁姑|親子関係|修羅場3.5万字5 127 -
完結第21話
母がナイフで砕いた自分の名前
母の七十歳の祝いで、私は家族に尽くし続けた母に自分の人生を取り戻してほしい一心から、ケーキのプレートに書かれた夫の姓を削り落とし、母の旧姓を書き直した。これで母は喜んでくれるはずだった。しかし母は青ざめ、「誰が戻りたいなんて言ったの」と私を睨みつけると、ナイフを掴んで自分の名前を何度も突き刺し粉々に叩き割った。家族全員から責め立てられた私は、母の部屋で底面を無残に削り取られた大量の人形を見つける。怒り|兄弟姉妹|真相|親子関係|修羅場3.1万字5 137 -
完結第19話
棺の中の男を、夫は知らない
親を捨てて逃げた冷酷な男だと親族中から罵倒される義兄の葬儀で、義母は涙を流し、夫を支えの孝行息子だと称えていた。だが焼香台へ進む夫の前に立ちはだかった私は、「あなた、本当に棺の中にいるその人を知っているの」と告げた。夫が隠していたのは、過去五年間、毎月義兄へ送り続け、そのたびに全額突き返されていた六十回分の送金記録だった。血の気を引かせる夫と親戚の前で、私はその明細を祭壇の上に広げた。兄弟姉妹|親不孝|絶縁|親子関係|修羅場2.8万字5 88 -
完結第21話
妹のドレスを二十センチ切った
妹の結婚式を数時間後に控えた深夜二時、私はリビングで特注のウェディングドレスに裁ち鋏を入れた。事故で右足に傷が残る妹に対し、相手の家族は配慮という名目で足を隠す重いドレスを強要し、当日は動かず座り続けるよう言い含めていた。母の怒声が響き、私の頬に平手打ちが飛ぶ。泣き崩れる妹の足元には、前裾だけが二十センチ切り落とされた純白の布が散らばっていた。私は鋏を置き、「今日これを着て出なさい」とだけ告げた。裡切られた|兄弟姉妹|裡の顔|親子関係|修羅場3.1万字5 94 -
完結第24話
目覚めた部下にクビを問われた
地方旅館の火災で客を救い出し重傷を負った部下が目を覚ました。だが彼女の記憶は直近の二年分が抜け落ち、着任初日の私が冷酷に解雇を迫った日のまま止まっていた。会社は避難扉が開かなかった責任を彼女の記憶喪失に乗じて背負わせようと、退職金の支払いを口実に過失を認める書類への署名を病室で迫る。何も思い出せない部下は震える手でペンを握り、かつて自分を追い詰めたはずの私を怯えた目で見つめた。職場逆転|真実|裡の顔|修羅場3.7万字5 691