"十年介護を捨てた日" 第1話
「婚してくれ。老の面倒まで見るのは、もう無理だ」
夜10過ぎ。
義母の入浴介助を終えた私は、濡れたタオルを洗面所に置き、自へ戻ろうとしていた。
そのだった。
背から聞こえた言葉に、私はわずを止めた。
ゆっくり振り返る。
リビングの照のに、夫の勝がっていた。
その表は妙にたく、まるで連れ添った妻を見る目ではなかった。
私はしばらく言葉を失った。
聞き違いだといたかった。
だが、勝は何も言わず、無表のままこちらを見ている。
胸の奥がざわついた。
「……何を言っているの?」
疲れ切った体を支えるように子へを添えながら、私はかすれた声で尋ねた。
私は井静、68歳。
助産師として37働き続け、定退職は義母の介護にを捧げてきた。
毎朝5に起きる。
義母のおむつを替え、事を作り、薬をませる。
体を拭き、着替えさせ、入浴を伝う。
夜も2おきに起きて体位交換をう。
そんな活が10続いていた。
それなのに――。
「聞こえなかったのか?」
勝は面倒そうに眉をひそめた。
「婚だよ」
私はわず息を呑んだ。
勝は続けた。
「もうおとの活は限界なんだ」
その声にはがなかった。
リビングの壁計がを刻む音だけが妙にきく響いている。
私は子へ腰をろした。
元がふらついていた。
「理由を聞かせてもらえる?」
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震えるを膝ので握りしめながら、私は夫を見げた。
しかし勝の目は、もう私を見ていなかった。
そこにあったのは空虚な線だけだった。
私はこのまだらなかった。
これから聞かされる真実が、私の40の結婚活そのものを否定するほど残酷なものだということを。
私と勝が結婚したのは40だった。
見い結婚だった。
当の私は米助産師。
病院勤務を始めたばかりだった。
真面目で穏やかそうな勝に好を持ち、このならして庭を築けるとった。
結婚も私は仕事を続けた。
37。
数え切れないほどくの赤ちゃんの誕にち会った。
忙しかったが充実していた。
だが、そのがきく変わったのは10だった。
義母が脳梗塞で倒れたのである。
半随。
介護認定。
突然の来事だった。
病院から戻った。
勝は私に向かって言った。
「母さんの面倒は嫁の仕事だろう」
私は反論しなかった。
族だから。
そうったからだ。
そして私は期退職を選んだ。
退職の半は介護用品に消えた。
すりの設置。
介護ベッド。
子。
宅改修。
次々におが必になった。
それでも私は迷わなかった。
義母を支えようとったからだ。
毎朝5起。
おむつ交換。
事介助。
薬管理。
リハビリ補助。
入浴介助。
夜の体位交換。
眠は4あれば良い方だった。
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介護が活のすべてになっていた。
あるの夕。
私は義母に薬をませ終えたばかりだった。
ようやく席に着こうとした、勝が噌汁をんだ。
すると嫌そうに箸を置いた。
「いな」
私は顔をげた。
「ごめんなさい。お母さんの薬のとなって――」
「言い訳するな」
勝は即座に遮った。
「俺は仕事で疲れてるんだ」
私は黙った。
勝はさらに続けた。
「せめて事くらいまともに作れ」
その言葉に胸が痛んだ。
だが反論する気力は残っていなかった。
介護が始まってから、勝の態度はしずつ変わっていた。
いや。
正確には、本性が見え始めていたのかもしれない。
私は毎必だった。
だが勝は、その苦労を度も理解しようとはしなかった。
そして今――。
その男が私に婚を告げている。
い介護活の果てに待っていたのは謝ではなく、突然の別れだったのである。
私は静かに息を吐いた。
そして夫の次の言葉を待った。
だが、その言葉こそが、私のを根底から覆す獄の始まりになるのだった。
介護が始まって3目の頃から、勝の態度は目に見えて荒くなっていった。
最初のうちは、まだい返事くらいはあった。
「変だな」
「無理するなよ」
そんな言葉をかけられたことも、確かに度や度はあった。
けれど、それはいつのにか消えていた。
残ったのは、満と命令だけだった。
その朝も、私は義母の事介助を終えたばかりだった。
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