"十年介護を捨てた日" 第6話
だいたい1かかります」
すぐに返事が来た。
「1? そんなない。由美子と会う約束がある」
私は画面を見つめ、く打った。
「介護とはそういうものです。頑張ってください」
夕方になると、勝から鳴のような話がかかってきた。
「母を呂に入れようとしたら転びそうになった。どうやって入れるんだ」
「1では無理です。訪問入浴サービスを頼むか、ヘルパーさんを雇ってください」
「いくらかかる」
「週3回の訪問入浴で6万円くらい。ヘルパーさんは13000円ほどです」
「そんながあるか」
私は静かに言った。
「由美子さんとのデート代はあったのに?」
勝はまた黙った。
3目には、声がらかに疲れ切っていた。
「夜に何度も起こされる。もう3まともに寝てない」
「私は10、それを毎やっていました」
「おは慣れてるだろう。俺は初めてなんだ」
「私も最初は初めてでしたよ。でも嫁の仕事だと言われて、選択肢はありませんでした」
話の向こうで、勝の呼吸だけが聞こえた。
1週、真理子から話があった。
「静、聞いた?」
「何を?」
「勝さんの倫相の由美子って、にも男がいたらしいわ」
私は瞬、言葉を失った。
真理子は続けた。
「しかも、お腹の子の父親は別の男性らしいの。勝さんが会社で泣きながら同僚に話していたって、私のりいが聞いたのよ」
私は目を閉じた。
広告
由美子は勝のおが目当てだった。
けれど介護が始まり、勝が自由にけなくなった。
デートもできず、プレゼントも買えなくなった。
若い女性が、70歳の男とその母親の介護を背負うはずがない。
案の定、由美子はった。
2週。
勝から泣きつくような話が来た。
「頼む。戻ってきてくれ。もう限界だ」
私は窓のを見ながら答えた。
「お断りします」
「なら払う。10万……いや、15万払う」
「私はもう無料の介護士ではありません」
私は淡々と言った。
「それにプロの介護士なら30万円はかかると、あなた自が言っていましたよね」
「30万なんて、そんなない」
「でしょうね。由美子さんに使っていたんですから」
さらに2週、勝は仕事を休み始めた。
介護疲れで会社へく体力がなくなったらしい。
やがて会社からも退職を促されたと聞いた。
50万円以あった収入は、の20万円だけになった。
1か、勝から最の話がかかってきた。
声は別のようにやつれていた。
「母を施設に入れたい。でもがない」
「特養ならいですが、待者がいでしょうね。料老ホームなら入居500万円、15万円ほどです」
「そんな、どこにも……」
「私の貯をあてにしていたんでしょう? 残ですが、もうです」
勝は話の向こうで泣き崩れた。
だが、私のはかなかった。
10にその涙を見せてくれていたなら、何かが違ったかもしれない。
広告
でも、もう遅い。
弁護士を通じて婚は正式に成した。
の500万円も返還されることになった。
勝は渋ったが、録音された暴言と記録を提示すると観した。
私はようやく、10の介護獄から完全に解放された。
朝が窓から差し込む。私は軽く伸びをして、布団から体を起こした。昨の夜、スーツケースをまとめ、スマートフォンの着信をすべて拒否設定にしたおかげで、勝からの話も届いていない。リビングに置かれた湯みをに取ると、母が微笑んでっていた。
「静、よく帰ってきたね」
私は笑顔を作り、母にづいてそのを握った。は温かく、柔らかく、抱きしめられた瞬に緊張がすっと解けていった。のが窓を軽く揺らし、朝のがにい筋を作る。胸の奥に、10押し込めていた苦しさがしずつ溶けていくのをじた。
スーツケースをけ、を理する。着替え、帳、録音データ、通帳、印鑑……必なものだけを取りした。は静かだが、のでは確実に自由をに入れたびが広がっていた。を丁寧に畳みながら、これからの活をどう設計するか考える。10、自分のはすべて義母の介護に使われ、に振り回されていた。だが今は違う。自分の、自分の選択。それだけで胸がくなる。
午10。
私は母と緒に台所につ。を沸かし、簡単な朝を作る。が震えることもなく、が穏やかだ。
広告
おすすめ作品
-
完結第16話
十字の紙片と売られた生家
「母さん、老人ホームに入れ。この家も売る」息子夫婦はカナダ移住を前に、相場の半値以下の査定書と山奥の隔離施設のパンフレットを突きつけてきた。共働きで多忙な彼らに代わり、十年間孫娘を育て上げ、遺産から数百万円を用立ててきた私への仕打ちがこれだった。絶望に沈む私の手に、高校生の孫娘が震えながら押し込んだのは、固く折られた「十文字のチラシの紙片」。「明日の朝までに、実印と通帳は絶対に渡さないで」。深夜二時、一人で開いたその紙には、全てを覆す戦慄の計画が記されていた。私は仏壇の隠し金庫に手を伸ばし――。祖父母と孫|介護2.4万字5 426 -
完結第19話
棺の中の男を、夫は知らない
親を捨てて逃げた冷酷な男だと親族中から罵倒される義兄の葬儀で、義母は涙を流し、夫を支えの孝行息子だと称えていた。だが焼香台へ進む夫の前に立ちはだかった私は、「あなた、本当に棺の中にいるその人を知っているの」と告げた。夫が隠していたのは、過去五年間、毎月義兄へ送り続け、そのたびに全額突き返されていた六十回分の送金記録だった。血の気を引かせる夫と親戚の前で、私はその明細を祭壇の上に広げた。兄弟姉妹|親不孝|絶縁|親子関係|修羅場2.8万字5 88 -
完結第21話
母を遠ざける姉の嘘
長野で一人暮らす母の介護を一手に担う姉から「母の体調が悪化するから来るな」と言われ、私は五年間帰省を控え、毎月五万円の仕送りを続けていた。だがある夜、母から五年ぶりに直接電話が入る。「まだ怒ってるの。あんたが私の顔も見たくないと言っていたと姉から聞いた」と母は怯えていた。直後に受話器を奪った姉は「母の被害妄想だ」と言い放つ。不審に思った私は姉に告げず始発の新幹線に乗り、五年ぶりに実家の引き戸を開けた。兄弟姉妹|裡の顔|親子関係|介護3.2万字5 166 -
完結第20話
祖母は十二年年賀状を書いてない
八十歳を迎えた祖母のため、私はいとこたちと過去十二年分の年賀状を集めて記念のアルバムを作った。毎年元旦に届く「元気に暮らしています、トマトがたくさん実りました」という三行は、遠方で暮らす私たちが実家の無事を疑わずに済む確かな証拠だった。だが親戚一同が集まる祝宴の席でアルバムを開いた瞬間、祖母は整った文字を見つめ、十二年間一度も年賀状など書いていないと言い放った。親族の視線が一斉に、実家の近くで暮らす叔母へと向かう。孤獨|親子関係|介護|認知症3.0万字5 98 -
完結第23話
母の職場で死んでいた私
母の定年退職をサプライズで祝うため、私は東京から新幹線に乗り宴会場へ駆けつけた。お祝いの品を手にして扉を開けた瞬間、母の同僚は手にしたグラスを取り落とし、顔を青ざめて後ずさりした。毎年盆と正月には実家へ顔を出し、仕送りも続けていたはずの私は、母が二十八年勤めた職場では十五年前に事故で亡くなった娘として扱われていた。ステージを駆け下りてきた母は私の手首を強く掴み、そのまま非常階段へと力任せに引きずり出した。親不孝|親子関係|退職金|修羅場3.5万字5 781 -
完結第24話
妻の手術翌朝、七通の解約通知
妻が胆嚢ポリープの手術で入院した日、私は仕事を優先し「自分で処理しろ」と見舞いを断った。だが翌朝、私の携帯にマンションの駐車場、クレジットカード、父のデイサービスを含む七通の解約通知が立て続けに届く。カードは店頭で弾かれ、ビルのゲート前で立ち往生した私は、妻の報復を確信して病室のドアを乱暴に開けた。点滴に繋がれた妻は、今すぐ元に戻せと詰め寄る私の目の前で、スマートフォンの画面を静かに伏せた。怒り|夫婦|介護|修羅場3.7万字5 193 -
完結第21話
解雇された職人が未明に餡を練る
創業五十周年を控えた和菓子屋で働く私は、常連客の前で二十五年尽くした職人が店主に突然解雇される場に居合わせた。跡を継ぐため会社を辞めて戻った一人息子がいるものの、看板である漉し餡の技術はまだ誰にも継がれていない。店が立ち行かなくなると焦った私が翌朝四時に店へ駆け込むと、暗い厨房で追い出されたはずの職人が大鍋を振っていた。仕上がった餡を前に、朝一番に出勤した店主は無言で味見の木さじを口へ運んだ。裡切られた|親不孝|親子関係|修羅場3.2万字5 172 -
完結第21話
十年前に死んでいた夫
病に倒れた夫を十三年間看取り、質素な火葬を終えた私は、医療記録の精算のため大久保総合病院の窓口へ向かった。だが職員から告げられたのは、データベースに夫の名はなく、提示した診察券は十年前に死亡した二十代の別人の番号だという宣告だった。半乱心で戻ったアパートを捜索するも、夫名義の保険証も免許証も通帳すら一枚も見当たらない。十三年間私の隣で息をしていた男の痕跡が、この世のどこにも存在しない現実に立ち尽くした。ミステリー|夫婦|介護|修羅場3.1万字5 2982 -
完結第19話
席次表から消された姉
披露宴の席次表を確認していた時、婚約者は親族席にある私の姉の名前を赤ペンで乱暴に塗りつぶした。介護士の姉を親戚に見せるのは家の格に関わると吐き捨てる彼に、私は必死で抗議した。だが、両親のいない私を育ててくれた姉は、侮辱されても取り乱すことすらしなかった。ただ、赤線の引かれた名前を静かに見つめ、「彼のお父さんが去年入院した時、毎晩誰が付き添っていたか聞いてごらん」と私に告げた。裡切られた|兄弟姉妹|親不孝|介護|修羅場2.9万字5 428