"水亀の下に消えた嫁" 第3話
と言った。所の渡辺恵子さんは「礼儀正しく静かな」と言った。誰も、さゆりさんをおかしいとは言っていなかった。
伊藤刑事は湯呑みの表面に浮かぶ湯気を見つめた。
誰かが嘘をついている。
その予はまださかったが、確実に胸の奥へ沈んでいった。
数、事件の流れを変える物が警察署を訪れた。
版社代の同僚、佐藤友美さんだった。
友美さんは受付で名を告げ、両で封筒を握りしめていた。顔は青ざめ、目元は赤かった。
「さゆりさんから、を預かっていました」
取調で封筒を差しす、友美さんの指は震えていた。
伊藤刑事は慎に便箋を取りした。そこには、さゆりさんの跡で、のでの苦しさが綴られていた。
姑が赤ちゃんのことをしきりににすること。産んだら子どもを預け、自分はをてけと言われたこと。その言葉が冗談なのか本気なのか分からず怖いこと。
そして最に、こうかれていた。
「友美、もし私に何かあったら、このを切に保管しておいて。なんとなく嫌な予がするから」
伊藤刑事は便箋を置いた。
部のの空気が、段く沈んだ。
第章 亀をかした夜
を読んだあと、伊藤刑事はすぐにふみさんを再び呼んだ。
警察署のさな取調で、ふみさんは回と同じように落ち着いて子に座っていた。
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膝ので両をそろえ、背筋を伸ばしている。その姿だけを見れば、所で評判の良い働き者の女性そのものだった。
伊藤刑事は机のに便箋の写しを置いた。
「さゆりさんに、赤ちゃんを産んだらをてけと言いましたか」
ふみさんは写しに目を落とし、それから顔をげた。
「そんなこと、言った覚えはありません」
「さゆりさんは、かなり怖がっていたようです」
「嫁が神経質だったんでしょう。あの子はげさなところがありましたから」
また同じ言葉だった。
げさ。
神経質。
おかしい。
ふみさんは、さゆりさん本の定さを調しようとしていた。
伊藤刑事はその言葉を聞きながら、静かに問いを続けた。
「妊娠をった、どういましたか」
ふみさんの目がほんのわずかにいた。
「もちろん、嬉しかったです。孫ですから」
言葉だけは自然だった。だが、その声には温度がなかった。
その、さゆりさんの姉、まゆみさんも警察に向いた。
まゆみさんはさなハンカチを握りしめ、取調の子に座るなり言った。
「妹は、妊娠してからお義母さんの態度が変わったって言っていました」
伊藤刑事が黙って促すと、まゆみさんは苦しそうに続けた。
「赤ちゃんを産んだら自分が育てる。あなたは体を貸しただけだって……そう言われたって」
体を貸しただけ。
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その表現を聞いた瞬、伊藤刑事はペンを止めた。
単なる嫁姑の論ではない。
ふみさんは、さゆりさんを母親としてではなく、孫を産むためのとして見ていた能性があった。
その矢先、隣からな証言がた。
同じにむ田翔平さんが、411の夜遅く、斉藤の庭の方から妙な音を聞いたと話したのである。
「どん、という音でした。そのあと、何かをずるずる引きずるような音がしました」
伊藤刑事はを乗りした。
「は覚えていますか」
「夜11から0のだったといます」
その、さゆりさんはすでに姿を消していたことになっている。
伊藤刑事は帳を閉じ、のを見た。
古い々が並ぶ静かな宅。夜になれば、の声も音もよく響く所だった。
もし何かを引きずる音がしたなら、それは庭ので何かがかされたということだ。
その、さらに自然な証言が現れた。
物を営むふみさんの弟、林茂雄さんが、411の夜10頃、斉藤のにトラックを止めていたという目撃証言だった。
茂雄さんは最初、っていないと答えた。
だが目撃者のを伝えると、態度を変えた。
「姉に頼まれて、亀をしかしただけです。すぐ帰りました」
亀。
その言葉は、の2006に届く匿名のと、まっすぐにつながっていく。
だが1993当、伊藤刑事たちはまだそのを完全には掴めなかった。
茂雄さんの証言は自然だった。
夜10に姉のへき、庭の亀をかす。
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