"年金十二万円の老人の正体" 第2話
法には何の問題もない類だった。
だが、佐々は最初から疑っていた。
証拠を確認するためではない。疑う理由を探すために、類を見ていた。
「これ、偽造じゃないですか?」
根拠のない言だった。
誠のがわずかに震えた。
「偽造ではありません」
「でも、普通に考えておかしいですよね」
佐々はたく言った。
「営宅にんでいる方が、世田の豪邸にむ企業社の父親だなんて」
誠の胸の奥で、何かがさく軋んだ。
息子のために来ただけだった。
ただ頼まれた用事を済ませようとしただけだった。
それなのに、なぜここまで疑われ、笑われなければならないのか。
そこへ、支の黒が現れた。
歳。野な男だった。には媚び、にはくる。客を見る目も、預額と肩きで変わる男だった。
黒は誠の装を見た瞬、すぐに判断した。
した客ではない。
「どうした。何か問題か」
田が待っていたように説した。
「支、また齢者の詐欺みたいです。営宅まいの老が、企業社の父親だって言ってます」
黒は誠をからまで見た。
あせた作業着。古い封筒。すり減った靴。
そして端末に表示された額、万円。
黒ので、結論はすぐにた。
「いい加減にしろよ」
その声がに響いた。
窓に並んでいた客たちが斉に振り向く。
広告
誠は静かに黒を見た。
「万の営宅まいが、何億もかす企業社の父親?」
黒は吐き捨てるように笑った。
「ボケて息子の名を騙るのも概にしろ」
誠の顔が変わった。
それでも、声を荒らげることはなかった。
「息子は確かに建設会社の社です。川建設という会社を――」
「川建設?」
黒はさらに馬鹿にしたように笑った。
「聞いたことないな、そんな会社」
実際、川建設は関円に事業を展する企業だった。商千億円を超える川グループの核会社でもある。
だが、黒はらなかった。
らないことを恥じるどころか、自分がらないものはしないと決めつけた。
「警備員を呼べ」
黒がたく命じた。
「こういう詐欺師は警察に突きせ」
誠の胸に、いしみが広がっていった。
「詐欺師ではありません」
その声はし震えていた。
「息子のために貯めたおなんです」
だが、田はで笑った。
「親だって。営宅の貧乏が何を言ってるんですか」
佐々も続ける。
「のお客様のご迷惑になります」
黒は最に、決定な言を放った。
「ボケ老はに来るな。認症なら病院にけ」
その瞬、誠ので何かが静かに壊れた。
りではなかった。
ただ、い失望だった。
、誠実にきてきた。戦の混乱期をき抜き、必に働き、を雇い、族を守り、息子を育てた。
広告
そのすべてが、目ののたちに踏みにじられた気がした。
誠はゆっくりと封筒を取り戻し、静かにをげた。
「もう結構です」
「失礼いたします」
最まで礼を失わない姿に、窓の部の客は気まずそうに目を伏せた。
しかし田と佐々は、誠の背を見ながら笑っていた。
「また来るんじゃないですか」
「今度は本当に警察呼びましょう」
その声を背で聞きながら、誠はをた。
のが、髪に静かにり注いでいた。
のにると、誠はしばらく歩の端にち尽くした。
通りにはが流れ、桜のびらがにっている。ので浴びせられた言葉が、まだの奥で響いていた。
――万の貧乏。
――ボケ老。
――棒。
誠は目を閉じた。
若い頃なら、鳴り返していたかもしれない。だがもきてくると、の浅さにるよりも、しみの方が先に来る。
彼は古いガラケーを取りした。
スマートフォンではない。く使い続けた、に馴染んだ携帯話だった。
縮ダイヤルの番。
そこには、息子・雄の番号が登録されていた。
誠は静かにボタンを押した。
回目のコールで話が繋がる。
「父さん? どうしました?」
話の向こうから、雄の声が聞こえた。
張先のシンガポールだった。雄は会議だったが、父からの話だけは必ず取るようにしていた。
広告
おすすめ作品
-
完結第16話
血染めの写真と三文字のSOS
夕方のコンビニの床に落ちていた一枚の写真。微笑む少女の横には、まだ乾ききっていない赤黒い生血がべっとりと付着していた。 裏返した瞬間、息が止まる。震える筆跡の住所と、指先の血で擦り付けられた『SOS』の三文字。 妻に捨てられ、八歳の息子と写真館を営む私には分かった。この血は付着して数分も経っていない――今すぐ行かなければ手遅れになる。 警察に通報し駆けつけた古い民家の階段下には、右足を骨折し倒れ伏す母親と、自らの手のひらを切り裂いた六歳の少女がいた。 「……だれ?」 母を庇い、血まみれの手で私を睨み据える少女の瞳が訴えていた、あまりに残酷な真相とは。親子関係|金銭問題2.4万字5 199 -
完結第20話
長女にだけ渡された鍵
父の四十九日。「お前が一番しっかりしている」と病床の父から金庫の鍵を託された長女の私は、弟と妹の前で鉄の扉を開けた。だが中にあった私の通帳は残高一万円で、二百八十万円あった預金は弟の名義で全額引き出されていた。問い詰める私に弟は「親父に頼まれた」と父の直筆の手紙を突きつけ、妹も父と交わした別の密約を叫び始める。そこへ男が現れ、父が実家を担保に借りた五百万円の借用書を突きつけてきた。裡切られた|兄弟姉妹|相続|金銭問題|修羅場3.0万字5 92 -
完結第25話
祖父が私に遺した最後の拒否権
亡くなった祖父の果園を三千二百万円で売却するため、東京で働く私は十年ぶりに実家へ呼び戻された。生活苦に喘ぐ父と妹の結婚資金のため、名義を持つ父は契約を急いでいたが、司法書士が出したのは「長孫である私の書面同意がなければ売却は無効」という祖父の遺言だった。早く終わらせようとペンを握った私は、ふと買い手企業がここを何にするつもりなのか尋ねた。山を削り大型トラックの夜間中継所にすると聞かされた瞬間、私は手元のペンを静かに机へと置いた。祖父母と孫|相続|親子関係|金銭問題3.7万字5 111 -
完結第19話
完璧な夫に給料を突き返した朝
毎月二十五日、夫は手取り四十五万円の給料を一円も引かずに私の口座へ振り込み、親戚の前で完璧な夫として称賛されている。だがその裏で、私は息子の塾代を払うために結婚五周年の指輪を買取店へ持ち込んでいた。固定費と夫のカード代だけで毎月赤字が続き、私の独身時代の貯金も底をついた。翌朝、いつも通り振り込まれた四十五万円の通知を見つめた私は、その全額をそのまま夫の口座へ送金し、スマートフォンの画面を伏せた。嫁姑|夫婦|金銭問題|修羅場2.9万字5 7822 -
完結第21話
優しい教室で震える息子
息子が突然学校に行けなくなり、担任は「いじめなどなくクラス全員に愛されている」と胸を張った。不審に思った私が息子のランドセルを調べると、底板の裏から三十七枚の給食費受領書が出てくる。我が家は困窮などしていないのに、三ヶ月間、生徒全員が日替わりで息子の昼食代を立て替えていた。私が学校へ確かめに行こうとした瞬間、息子は「言わないで」と叫んで床に泣き崩れ、その紙片を必死に胸へ抱え込んだ。怒り|裡の顔|親子関係|金銭問題3.2万字5 6057 -
完結第15話
五人の元彼と三万一千円
結婚式当日の朝、ホテルのフロントに差出人不明の現金書留が五通届いた。中身はすべて、三万一千四百八十円という奇妙な端数のご祝儀だった。面識のない私の歴代の元彼五人からだと気づき、私は血の気を引かせて金庫への保管を頼み込む。だが、不審に思った夫が私の手提げから抜き取ったのは、三週間前に私がその五人へ同額を送金した明細だった。親族紹介まであと十五分、夫は控え室の鍵を閉め、冷たい目で私を見下ろした。夫婦|裡の顔|金銭問題|修羅場2.2万字5 166 -
完結第23話
母の職場で死んでいた私
母の定年退職をサプライズで祝うため、私は東京から新幹線に乗り宴会場へ駆けつけた。お祝いの品を手にして扉を開けた瞬間、母の同僚は手にしたグラスを取り落とし、顔を青ざめて後ずさりした。毎年盆と正月には実家へ顔を出し、仕送りも続けていたはずの私は、母が二十八年勤めた職場では十五年前に事故で亡くなった娘として扱われていた。ステージを駆け下りてきた母は私の手首を強く掴み、そのまま非常階段へと力任せに引きずり出した。親不孝|親子関係|退職金|修羅場3.5万字5 781 -
完結第18話
退職金と三百万円の借金
三十二年間勤めた会社を定年退職する日、人事に呼び止められた私は、一枚の紙を突き出された。それは私の名義と私印で作成された、三百万円の福祉貸付金の借用証書だった。返済が済むまで退職金は支払えないと告げられるが、私に借金の覚えなど一切ない。震える手で書類の日付を確認すると、そこには十一年前、夫が急逝して告別式を行っていた日の数字が並んでいた。私は退職の合意書へのサインを拒み、人事の机に手をついた。怒り|退職金|金銭問題|修羅場2.6万字5 603 -
完結第19話
レジ打ちの妻は恥ずかしい
結婚式まであと一か月。婚約者から突然、私の名前が印刷された『退職届』を差し出された。「うちの嫁がスーパーでレジ打ちなんて困る」と義母と決めたという。冗談だと笑おうとした私に、彼は真顔で「取引先に見られたら恥ずかしい」と言い放った。この三年間、一生懸命働く私の姿が好きだと言ってくれたのは嘘だったのかと問うと、彼は静かに言った。「恋愛と結婚は、違うんだよ」。私は差し出されたペンを机に押し返した。裡切られた|怒り|金銭問題|修羅場2.9万字5 578