"飲んではいけないお茶" 第1話
鎌倉の旧の縁側は、の終わりのけだるいに満たされていた。
庭の陽は盛りを過ぎ、くすんだのまま枝先にしおれている。柏佐子、72歳は、玄関先で1息子の健と、その嫁のゆかりを見送ったばかりだった。
結婚記を祝う箱根の2泊3の温泉旅。きなスーツケースを引く2の背が、タクシーのへ吸い込まれていくのを、佐子は黙って見つめていた。
「母さん、匠のこと、本当にありがとう」
発の直、健は申し訳なさそうに佐子のを握った。
その隣で、ゆかりは完璧な微笑みを浮かべていた。いつも入れがき届いた、非の打ちどころのない笑顔だった。だが佐子には、その笑顔が精巧な能面のように見え、折ぞっとすることがあった。
「お義母さん、匠のことをよろしくお願いします。それから蔵庫に特製のハーブティーをやしてありますから。お義母さん、最お疲れのようでしたので、リラックス効果のあるものをブレンドしておきましたわ」
涼やかな鈴のような声だった。
けれど、その言葉は佐子の胸の奥で、さな棘のように引っかかった。
玄関の引き戸を閉めると、のはしんと静まり返った。このは15に夫の総郎が急逝してから、ずっと広すぎる。佐子はその静寂に慣れているはずだったが、そのは妙に胸騒ぎがした。
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居に戻ると、8歳になる孫の匠が、ソファの隅でいつものように体をに揺らしていた。黒曜のようにい瞳。父親である健にき写しのった顔ち。だが、その瞳が佐子とうことはない。
匠は、まれてから度も言葉を発したことがないとされていた。幼い頃に度の自閉症スペクトラム障害と診断されて以来、彼の世界はい沈黙の壁に閉ざされている。医師たちは、この揺れるきも症状の1つだと説していた。
「匠ちゃん」
佐子は優しく呼びかけた。
もちろん返事はない。それでも彼女は、まるで普通の会話をするように孫へ話しかけ続けた。それがこの8、佐子にできる唯のことだった。
「お父さんとお母さんは温泉旅よ。2だけ、おばあちゃんと2きりね。そうだ、ゆかりさんが入れてくれたハーブティーをいただこうかしら。そのあとで、匠ちゃんの好きなクッキーを焼きましょうね」
佐子は独り言のようにつぶやきながら台所へ向かった。
古いが磨き込まれた板が、彼女の歩みにわせてさくきしむ。蔵庫をけると、ガラスのポットので、ゆかりが言っていたハーブティーが美しい琥珀に輝いていた。蓋をけると、カモミールとラベンダーの甘く優しいりがふわりとちのぼる。
「本当に、よくできた嫁だこと」
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皮肉が混じっていることに、佐子自も気づいていた。
戸棚からお気に入りの清焼の湯呑みを取りし、ポットからとくとくと注ぐ。琥珀の液体が、湯呑みのでゆらりと揺れた。両で包み込むと、ひんやりとしたよさが伝わってくる。
「いただきます」
そうさくつぶやき、湯呑みを元へ運んだ。
その瞬だった。
「おばあちゃん、そのお茶、んじゃだめ」
佐子のが止まった。
聞こえたのは、幼いの声だった。しかすれていたが、驚くほど瞭な、確かな声だった。
聴だろうか。
佐子は息を殺し、を澄ませた。のは、先ほどと変わらない静寂に包まれている。
疲れているのだ。
そう自分に言い聞かせ、佐子は再び湯呑みをにづけた。
その、背で音がした。
振り返ると、台所の入に匠がっていた。いつもソファで揺れているはずの孫が、像のようにじろぎもせず、佐子をまっすぐ見つめていた。
8、度もうことのなかった黒い瞳が、射抜くようなさで佐子を捉えていた。
「た、匠ちゃん……」
佐子の声が震えた。
次の瞬、指から力が抜け、湯呑みがから滑り落ちた。い音をてて清焼の湯呑みがに叩きつけられ、無残に砕け散る。琥珀の液体が畳に広がり、甘いりが気にち込めた。
佐子も匠も、そのから歩もけなかった。
やがて匠は、ゆっくりと佐子に歩み寄った。
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