"柿の木の下の守護" 第9話
義母はその優しい言葉に、何度も何度も嬉しそうに頷いた。
その温かい労わりの言葉が、自分のする娘を暗のに力任せに埋め、そのでを貪り続けている張本のからたものだとは、彼女はにもる由がなかった。
そして、15が過ぎった、あるのいののことだった。 佐藤健太は実にち寄り、鏡ので自分のスーツのネクタイを結び直しながら、ソファに座る義母に向かって、何気ない調子で無頓着にこう言った。 「そう言えばお母さん、みさが昔、僕の任官式のにつけてくれた、あののネクタイピンね……。どこへったか、分からなくなっちゃったんですよ。もう随分の話になりますが、どこかで落としてしまったのかな」
義母はく濁った目を何度も瞬かせながら、座布団ので申し訳なさそうに答えた。 「まあ、そうだったの……。あの子が懸命選んだピンだったのにね。良いのよ健太さん、私が今度、あなたの世のお祝いに、しいものを1つ買ってあげるわね」 健太は鏡のの自分を見つめ、元をく歪めて笑った。 「ありがとうございます、お母さん。楽しみにしていますよ」
そのネクタイピンが、今、この瞬にどこにあるのか、彼は世界の誰よりも正確にっていた。 京都のオフィスからで2の距。
広告
埼玉県郊にある、この田園宅の庭。 まさに、今自分がっている所から数メートル先にある、あの柿のの根元の30センチメートルの暗。 それを、命が尽きる最の瞬まで、い力で指のに握りしめてさなかった、あの妻の骨の隙に。
17という残酷な歳の、柿のはで縦横無尽に根を伸ばし続けた。 毎、になれば青々としたを咲かせ、になれば見事なオレンジの柿を実らせた。 佐藤健太は毎、そのから実った柿を収穫し、義母と縁側に座って分けってべた。 義母はその柿を使って美しい干し柿を作り、みさの仏壇に供えた、所の々に「健太さんが伝ってくれたのよ」と言って配り歩いた。
所の々は、その柿をにし、「本当に甘くて美しいわね」と絶賛した。 世の誰も、何もらなかった。 しかし、その柿のがく根をろした「」だけは、すべてをっていた。 たいの底は、真実を静かに記憶していた。 そして、みさの骨ののに握られたあのネクタイピンは、17、ただの瞬たりとも、真実の証拠をその所から放してはいなかったのである。 それは、胸が張り裂けるほどに無な、静かな戦いだった。
しかし、因果応報のは、必ず訪れる。 それは、ほんのしだけ、訪れるのが遅れただけだった。
広告
2024のがやってきていた。 2007522の朝、みさがこの世から完全に姿を消してから、数えて4目になったその、義母はいつものように娘の部の製の窓をけ放った。 「もし、どこからかが入ってくれば、みさががの匂いを嗅ぎつけて、ふらりと帰ってくるのではないかしら……」 そんな理屈にわない、科学ではない迷信だと分かっていながらも、子供を失った母親の先は、毎朝そのようにしかかなかった。
いた窓の向こうには、きな柿のがそびえっている。 5の柿のは、鮮やかな黄緑の葉を、太陽に向かってい切り広げていた。 いが吹くと、無数の葉が斉にザーッと音をてて激しく揺れる。 義母はその葉の擦れう音を、窓辺に両を突いたまましばらくじっと見つめていたが、やがて絞りすようにして呟いた。 「みさ……。あんた、今どこにいるの? お母さんは、ずっとここにいるわよ……」 何の返事も聞こえなかった。 ただ、たいが彼女のい髪を通り過ぎていっただけだった。
その失踪の初期の段階から、義母のい、果てしない孤独な旅が始まっていた。 義母はみさののスナップ写真を数百枚、業者に頼んで増刷した。 自ら1枚ずつラミネート加の械に通し、に濡れても破れないようにして、全国の主な駅や、速バスターミナル、賑やかなの、鉄のコンクリートの柱という柱に、作業で貼り付けて回ったのだ。
広告
おすすめ作品
-
完結第11話
九時三十四分の地下鉄、消えた暴行犯
午前九時三十四分、地下鉄の車内で若い男が突如狂乱し、中年客の顔面を骨が軋むほど殴打した。床一面に飛び散る鮮血。だが、隣に座る同じ社章をつけた上司は、ただ口をあわあわと震わせ「腰を抜かして」座り込むだけだった。乗客たちと男を取り押さえ、駅員にすべてを通報した俺。しかし翌日、警察の発表も新聞の三面記事も、この凄惨な事件を「最初から存在しなかった」かのように完全に黙殺していた。なぜあの凄惨な暴力は一行も報道されず、駅の防犯カメラ映像すら消去されたのか。数年後、俺はある大手企業の役員名簿の中に、あの朝、冷たいホームの柱にすがってガタガタと震えていた「あの上司」の顔写真を見つけ、息を呑んだ――。ミステリー|真実1.6万字5 101 -
完結第24話
目覚めた部下にクビを問われた
地方旅館の火災で客を救い出し重傷を負った部下が目を覚ました。だが彼女の記憶は直近の二年分が抜け落ち、着任初日の私が冷酷に解雇を迫った日のまま止まっていた。会社は避難扉が開かなかった責任を彼女の記憶喪失に乗じて背負わせようと、退職金の支払いを口実に過失を認める書類への署名を病室で迫る。何も思い出せない部下は震える手でペンを握り、かつて自分を追い詰めたはずの私を怯えた目で見つめた。職場逆転|真実|裡の顔|修羅場3.7万字5 691 -
完結第20話
教室の最後列に座る元教員
定年退職した元教員の私は、一度も教えたことのない男子生徒の保護者会に、身元を偽って六年間通い続けていた。教室の最後列から見つめる先には、油まみれの作業着を着た父親が座っている。受付簿の不審な記録に気づいた校長から昇降口で問い詰められた帰り道、桜が散る坂道でその父親が私の前に立ちふさがった。二十四年前の元教え子だったその男は、振り返りもせず、私の背中に向けて「あの席、あと何年座るつもりですか」と低く告げ怒り|真実|親子関係|修羅場3.1万字5 122 -
完結第23話
十八年ぶりの切符「次は三人で来い」
「二度と敷居を跨ぐな」――十八年前、父・源蔵の激しい怒声を背に村を飛び出した美雪。母の葬儀すら拒絶し、東京で夫の高一、息子の蒼太と平穏な家庭を築きながらも、心の奥に深い罪悪感を抱え続けていた。 ある秋の日、頑固一徹だった父が倒れたとの報せが届く。恐る恐る帰郷した美雪を迎えたのは、小さく老いさらばえた父の姿だった。互いに素直になれぬまま病室で交わしたわずかな言葉。だが、生家から持ち帰らされた重い桐箱と古いボストンバッグを開けた瞬間、美雪の息は止まる。 そこには、出金記録ゼロのまま膨れ上がった美雪名義の通帳と、十三年前の日付が記された「高一君へ」という父の手紙が眠っていた。父が十八年間隠し通してきた、想像を絶する真実とは――。真実|修羅場3.5万字5 1026 -
完結第19話
三十二人目の卒業写真
教職を退いた夜、三十年前に送り出した最初の教え子たちが開いてくれた送別会で、私は三十一人分の感謝の手紙を受け取った。だが自宅で数え直すと、名簿にない三十二通目の白い封筒が混ざっていた。便箋には「全員が卒業しました。私一人を残して」とだけ記されていた。翌日、私が困惑して生徒たちに当時の記憶を尋ねると、誰もが存在を否定し、深夜の受話器の向こうから「あの子のこと、墓場まで隠し通すつもりですか」昭和|ミステリー|因果応報|真相2.8万字5 176 -
完結第18話
ゴミ箱の隣に座る学年一位
学年1位を守り続けてきた娘が、二学期に入ると突然一番後ろの席に移動させられ、学級委員長も外された。何か処分を受けたのかと学校へ詰め寄る私に、娘は「この席でいいの」とだけ言い、何も説明しようとしない。納得できないまま迎えた参観日、教室の後ろに立つ私は、娘の隣にぽつんと置かれた空っぽの机に気づいた。誰の席なのかと問い詰める私に、担任は教室の隅を見つめ、「娘さんが残してくれと頼んできたんです」と静かに告げた。怒り|真実|孤獨|親子関係|修羅場2.8万字5 161 -
完結第21話
十年前に死んでいた夫
病に倒れた夫を十三年間看取り、質素な火葬を終えた私は、医療記録の精算のため大久保総合病院の窓口へ向かった。だが職員から告げられたのは、データベースに夫の名はなく、提示した診察券は十年前に死亡した二十代の別人の番号だという宣告だった。半乱心で戻ったアパートを捜索するも、夫名義の保険証も免許証も通帳すら一枚も見当たらない。十三年間私の隣で息をしていた男の痕跡が、この世のどこにも存在しない現実に立ち尽くした。ミステリー|夫婦|介護|修羅場3.1万字5 2982 -
完結第17話
何番まで落ちたら離婚するの
三年連続で学年一位を取り続ける十二歳の息子。深夜まで勉強に付き添う私と、追い詰めるなと制する夫は、外食先でも教育方針を巡って激しく口論していた。沈黙していた息子は突然、「僕が何番まで落ちたら二人は離婚するの」と冷たく言い放ち、鞄から直近三回分のテスト用紙を取り出した。そこに並んでいたのは、最難関の応用問題だけが解かれ、一番簡単な基礎計算だけを全て意図的に間違えた、信じがたい異様な答案だった。夫婦|真実|親子関係|修羅場2.6万字5 621 -
完結第23話
父の逝った夜の車
父が亡くなって十八年、独身の伯父は私達三兄妹を支え続け、兄の就職も姉の結婚資金も工面してくれた。家族全員が恩人と慕う中、末っ子の私だけが幼い頃から伯父と二人きりを拒み、性格のせいだと呆れられていた。二十八歳のある日、会食の席で伯父が私の椅子を引いてくれた瞬間、鍵のかかっていた記憶が甦る。十八年前の嵐の深夜、泥まみれの母が一度だけ家に戻った時、街灯もない門前の暗闇で消灯したまま待っていたのは、伯父の車だった。兄弟姉妹|真実|親子関係|修羅場3.4万字5 991