"母が家を消した日" 第5話
「事の、べたことを忘れてまたべようとしたこともあるんです。夜に突然起きてくなった主の名を呼んだりするんです」
美紀の声には、配というより何か別のさがあった。
はじっと黙っている。反論したい気持ちを必に抑えた。
「そうですか。息子さんはどうじていますか?」
田医師が健に尋ねた。
「母が配なんです。1暮らしですし、何かあったら変ですから」
健が真面目な顔で答える。の胸が締めつけられるような痛みをじた。この息子がこんな演技をするなんて。
「わかりました。ではさん、いくつか質問をさせていただきますね」
田医師がに向き直る。
「はい」
は背筋を伸ばして答えた。
「今は何何ですか?」
「820曜です」
ははっきりと答える。
「今ここはどこですか?」
「世田の総病院の診察です」
田医師の目がし驚いたように見えた。
「今の総理臣は誰ですか?」
は即座に答える。聞で毎確認していたからだ。
「100から7を引くといくつですか?」
「93です。そこからまた7を引くと86です」
は落ち着いて計算を続けた。1つも違えない。美紀の表がしずつ変わっていく。唇を噛んでいるのが分かった。
「では、私がこれから3つの言葉を言います。覚えておいてください。……桜、猫、」
「はい」
は頷いた。その、いくつかの質問が続く。
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計の絵を描く問題、図形を覚える問題。はすべてに正確に答えていった。
「では、先ほどの3つの言葉を覚えていますか?」
田医師が尋ねる。
「桜、猫、です」
は迷わず答えた。
診察のが静かになる。田医師はカルテに何かをき込んでいた。ペンがる音だけが聞こえる。やがて田医師が顔をあげた。
「さん、認症の疑いは全くありません」
その言葉にの胸が鳴る。
「むしろ75歳という齢を考えると、非常に晰な判断力をお持ちです。記憶力も計算力も全く問題ありません」
医師が微笑みながら言った。美紀の顔が瞬歪む。それはほんの瞬だったが、は見逃さなかった。
「でも先!」
美紀が声をあげる。
「実際に物忘れがひどいんです!」
「物を置いた所を忘れる程度なら、齢による正常な変化です」
田医師が穏やかに説する。
「認症とは全く違います。さんはとてもお元気ですよ」
健も戸惑った表を見せていた。何か言いたそうだったが言葉がなかった。は静かに息をつく。勝ったのだ。でも、まだ油断はできなかった。
「先」
がをく。
「のために、1週にもう度最終確認をお願いできますでしょうか?」
田医師がし驚いた顔をした。
「必ないといますが……」
「息子たちが配していますから、しっかりと見ていただきたいんです」
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は落ち着いた声で言う。その言葉に田医師は頷いた。
「わかりました。では来週の同じに予約を入れておきましょう」
「ありがとうございます」
はくお辞儀をした。
診察をると廊は静かだった。3は無言で病院のへ向かう。エレベーターのも誰も話さなかった。美紀の顔は固く引きつっている。
病院のにるとの差しが眩しくり注いでいた。セミの声が賑やかに響いている。
「お母さん、良かったですね」
健がようやくをいた。でも、その声には複雑なが混じっていた。
「ええ、ありがとう」
はく答える。美紀は何も言わなかった。ただスマートフォンを見ながら黙っている。
駐へ向かう、はので静かに誓った。この1週で全てを準備する。病院の再検査の予約は、に貴な猶予をくれたのである。に乗り込む、の目にはしいが宿っていた。それは諦めではなく、決のだった。私は私のを取り戻す。そのいがの背を押していた。戦いは始まったばかりなのだ。
826、曜の朝。玄関で健族がスーツケースを持ってっていた。今から彼らは2週のハワイ旅へかける予定だった。
「お母さん、本当に緒にかなくていいんですか?」
美紀がもう度尋ねる。
「ええ、いいのよ。
私はでゆっくりしているわ」
は穏やかに微笑んだ。
「じゃあ、2週に戻りますから」
健が言う。
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