"十年目の地下街" 第4話
その、の角で奇妙な景が目に入った。
若い男がに座っていた。膝からがなく、には銭の入ったコップが置かれている。男はくうつむき、々の元だけを見ているようだった。
良子のが、自然とそちらへ向かった。
説できない力に引かれるようだった。
づくにつれ、臓が速く打ち始めた。顔はよく見えない。だが、肩の形、の指、体のさなきに、どこか見覚えがあった。
「良子さん、どこくの」
ろから順子の声がしたが、良子には届かなかった。
3m。
2m。
1m。
良子がさらにづいた、若い男が顔をしげた。
その瞬、良子の全に震えがった。
10が経ち、の顔つきになっていた。頬はこけ、目のにはいがあった。それでも、そのまなざしは、母親が忘れるはずのないものだった。
「実……」
良子のから、さな声が漏れた。
若い男は驚いて顔をげた。
その瞬、良子は確信した。
22歳になった、自分の息子だった。
「実。お母さんよ。分かるでしょう」
良子は叫ぶように言い、彼のに膝をついた。涙が気にあふれた。10、にまで見た瞬だった。
しかし、実の反応は良子が像していたものとは違っていた。
彼は顔を伏せ、母を見ないようにした。全が刻みに震えている。
「違いです」
さな声だった。
だが、それは紛れもなく実の声だった。
広告
「実、お母さんよ。どうしてこんなことに……そのはどうしたの」
周囲の々が、1、また1とを止めた。異様な景に見えたのだろう。ひそひそ声が聞こえたが、良子には何も入ってこなかった。
その、実がほんのしだけ顔をげた。
瞳には、恐怖と絶望が満ちていた。
そして、かすれた声で言った。
「お母さん……今、監されてる」
良子の血が凍った。
「監って、誰に」
「静かに。聞かれたらまずい」
実はそうに周囲を見回した。
「あそこ。あの子をかぶった男、見えますか」
良子は目線を追った。20mほどれた所に、黒い子をかぶった30代くらいの男がいた。聞を読んでいるふりをしているが、線はこちらを識しているように見えた。
「僕をずっと見張っています。変なきをしたら……」
実はそこで言葉を止めた。
しかし良子には、それだけで分だった。
息子は誰かに支配されている。
「お母さん、警察に通報してください。く」
実の声はどんどんさくなった。
「僕を、ここから助けしてください。10……ずっと……」
言葉は最まで続かなかった。実は肩を震わせ、すすり泣いた。
良子は混乱していた。だが、息子が恐怖に支配されていることだけは分かった。
「分かった。今すぐ警察にくわ」
「だめです。ここじゃだめです」
実は必に首を振った。
「お母さんは、何もなかったようにってください。
広告
あとで警察と緒に来てください」
「嫌よ。あなたを置いていけない」
「お願いです。今は危険なんです」
良子のは引き裂かれそうだった。
10ぶりに見つけた息子を、また放さなければならない。
「約束して。ここから逃げないで。お母さんが必ず迎えに来るから」
「はい。約束します」
良子は怪しまれないように、コップへ1000円札を1枚入れた。そして、力の入らないでちがった。
をる直、良子は度だけ振り返った。
黒い子の男が、実の方へ歩いていくのが見えた。
実は再び、くうつむいていた。
良子はをると、そのまま最寄りの交番へ駆け込んだ。
「通報します。10に失踪した私の息子が、座のにいます」
警察官は瞬、怪訝な表を浮かべた。しかし、良子の顔と震える声を見て、すぐに真剣な態度になった。
30分、3の警察官が座のに到着した。
だが、実がいた所は空だった。
黒い子の男も消えていた。
そこには、銭の入ったコップが1つ転がっているだけだった。
「違いなく、ここにいました」
良子は叫ぶように言った。
その通報は警庁捜査課へ引き継がれた。担当した佐藤警部は20の経験を持つベテランだった。通常なら、10に失踪した息子をで見たという話は、勘違いとして扱われることもあった。
だが、良子の確信に満ちた様子は尋常ではなかった。
「本当に違いありませんね」
佐藤が確認すると、良子はまっすぐに答えた。
広告
おすすめ作品
-
完結第21話
日本一情の深い父の裏の顔
妹がサービスエリアで姿を消して5年。全国を巡り「日本一情の深い父親」と称賛される父から、私は古いワゴン車を譲り受けた。だが車内の清掃中、妹の指定席だったシートベルトが事故の衝撃で「4センチ」伸びきっているのを発見する。さらに奥底から見つかったのは、刃物で切断された妹の防犯ブザーだった。父に問いただすと、かつてない冷酷な声で「今すぐ車を処分しろ」と脅され――。私は父の狂気と真実を暴くため、ある決断を下す。ミステリー|裡の顔|真相|行方不明3.1万字5 75 -
完結第11話
九時三十四分の地下鉄、消えた暴行犯
午前九時三十四分、地下鉄の車内で若い男が突如狂乱し、中年客の顔面を骨が軋むほど殴打した。床一面に飛び散る鮮血。だが、隣に座る同じ社章をつけた上司は、ただ口をあわあわと震わせ「腰を抜かして」座り込むだけだった。乗客たちと男を取り押さえ、駅員にすべてを通報した俺。しかし翌日、警察の発表も新聞の三面記事も、この凄惨な事件を「最初から存在しなかった」かのように完全に黙殺していた。なぜあの凄惨な暴力は一行も報道されず、駅の防犯カメラ映像すら消去されたのか。数年後、俺はある大手企業の役員名簿の中に、あの朝、冷たいホームの柱にすがってガタガタと震えていた「あの上司」の顔写真を見つけ、息を呑んだ――。ミステリー|真実1.6万字5 101 -
完結第19話
三十二人目の卒業写真
教職を退いた夜、三十年前に送り出した最初の教え子たちが開いてくれた送別会で、私は三十一人分の感謝の手紙を受け取った。だが自宅で数え直すと、名簿にない三十二通目の白い封筒が混ざっていた。便箋には「全員が卒業しました。私一人を残して」とだけ記されていた。翌日、私が困惑して生徒たちに当時の記憶を尋ねると、誰もが存在を否定し、深夜の受話器の向こうから「あの子のこと、墓場まで隠し通すつもりですか」昭和|ミステリー|因果応報|真相2.8万字5 176 -
完結第25話
一度も抱かれなかった娘
出産翌日に姿を消した妻の代わりに、私は男手一つで娘を育ててきた。「母親は抱っこも拒んで逃げた」と言い聞かせ続けて五年。カルテの保管期限が切れ、産院に呼び出された私の前に置かれたのは、妻が失踪直前に提出した母子同室申請書と一枚のガーゼだった。申請書の最下段には私の拒否印が押されており、持ち帰った鞄からこぼれ落ちた布を拾い上げた五歳の娘は、ピンクの刺繍を指でなぞりながら私を見上げた。夫婦|真相|行方不明|親子関係3.8万字5 142 -
完結第21話
十年前に死んでいた夫
病に倒れた夫を十三年間看取り、質素な火葬を終えた私は、医療記録の精算のため大久保総合病院の窓口へ向かった。だが職員から告げられたのは、データベースに夫の名はなく、提示した診察券は十年前に死亡した二十代の別人の番号だという宣告だった。半乱心で戻ったアパートを捜索するも、夫名義の保険証も免許証も通帳すら一枚も見当たらない。十三年間私の隣で息をしていた男の痕跡が、この世のどこにも存在しない現実に立ち尽くした。ミステリー|夫婦|介護|修羅場3.1万字5 2982 -
完結第12話
左足だけの靴箱
隣室の吉岡さんが部屋で亡くなった。付き合いのなかった老人の遺品整理に立ち会った彩香は、業者から「故人の遺言」として段ボール箱を手渡される。中に入っていたのは、彩香が過去5年間に自宅の玄関から消えたはずの「左足の靴」12足。そして、それと対になる新品の右足の靴。靴底をめくると、そこには夫が「深夜残業」と偽っていた日付のタクシー領収書が隠されていた。妻が知ることになる、5年前の事故と夫の病的な贖罪の真相とは。ミステリー|夫婦1.8万字5 47 -
完結第19話
全員が揃えた同じ嘘
小学五年の秋、担任の女性教諭が突然退職し、学校は精神の病気だと説明した。だがその日の放課後、私を含めたクラス二十三人の児童は、それぞれの家庭で「先生は午後三時に帰りました」と全く同じ嘘を親に答えた。口裏を合わせた覚えはない。半年後、唯一何も言わずに転校していった無口な少女が、私の机の引き出しに一枚のメモを残した。そこには『先生は三時のとき、まだ地下室にいました』と記されていた。ミステリー|裡の顔|真相|行方不明2.8万字5 95 -
完結第11話
亡き義母の口座を洗う女
3年前に7年間の壮絶な介護の末に他界し、この手で骨壺に納めたはずの義母。だが解約し忘れていた古い通帳を繰り越すと、死後も毎月「生前給与」が振り込まれ、毎週水曜の深夜に即座に引き出されていた。深夜のコンビニで張り込んだ私が見たのは、義母の服を着て義母と全く同じ体の癖を持つ見知らぬ女。死者は生きているのか。真実を追う私は、隣で眠る夫が隠していた、狂気と冷酷に満ちた「生前名義ビジネス」の底なし沼へと引きずり込まれていく。ミステリー|嫁姑|夫婦1.6万字5 51