"皿洗いと呼ばれた名料理人" 第5話
冴子は静かに微笑んだ。
「料理にとって、それ以に嬉しい言葉はございません」
その夜、事会は成功に終わった。
厨に戻った冴子を、スタッフたちが温かく迎えた。
「すごかったです、冴子さん」
マリーが目を輝かせてづいた。
「閣があんなにんでくださるなんて」
ボナールも彼女のにった。
「君の料理が、この事会を成功に導いた」
冴子は静かに首を振った。
「皆さんのおかげです。1では決してできませんでした」
その謙虚な言葉に、厨の空気は柔らかくなった。
翌朝、厨の雰囲気は変していた。
「おはようございます、冴子さん」
「今もよろしくお願いします」
昨まで冴子を軽んじていた若いシェフたちが、次々に挨拶をした。
冴子は1ずつに丁寧にをげた。
その、ボナールが彼女を呼び止めた。
「冴子。君に正式に料理として働いてもらいたい。専はということになるが、どうだろうか」
冴子は静かに答えた。
「ありがとうございます。んでお受けいたします」
厨に拍が響いた。
ボナールはし照れくさそうに続けた。
「それと、もう1つお願いがある。私たちにを教えてもらえないだろうか」
冴子は驚かず、穏やかに微笑んだ。
「こちらこそお願いいたします。私もこれまで、皆さんからフランス料理を学ばせていただいていましたから」
広告
マリーが歩にた。
「あの、私たちものレッスンに加わってもいいでしょうか」
「もちろんです」
冴子はうなずいた。
「料理に国境はありません。お互いに学びうことで、もっと素らしい料理がまれるはずです」
それから厨にはしいが吹き始めた。
営業、週2回の教がかれた。
「汁の取り方から始めましょう」
冴子の指導は丁寧だった。
「昆布はから入れて、沸騰直で取りします。そうすることで、雑のない美しい汁が取れるのです」
若いシェフたちは目を輝かせて、彼女の元を見つめた。
包丁の扱いも教えた。
「包丁は包丁とは使い方が違います。力で切るのではなく、刃を通すように使います」
マリーは真剣な顔で何度も練習した。
ボナールも積極に質問した。
「茶碗蒸しの滑らかさは、どうやってすんだ?」
「卵液をこすことと、加減が切です。すぎると、すが入ってしまいます」
「ヨーロッパのカスタードとは違う考え方だな」
ボナールは自分の料理と比較しながら、の技術を吸収していった。
事会から1週、厨に1通のが届いた。
それはハサン閣からの謝のだった。
先の事会でのにくいたしました。あの料理のおかげで、文化交流のがより義いものとなりました。
広告
また会がございましたら、ぜひ冴子さんの料理をいただきたくいます。
を読み終えたボナールは、冴子にくをげた。
「君のおかげで、この厨の評判が格段にがった。から謝している」
冴子は変わらず静かに答えた。
「私こそ、皆さんに支えていただいたからです」
数、さらに嬉しいらせが届いた。
あの事会の評判が広がり、ホテルには問いわせが殺到した。
「最に美しいがべられるレストランがある」
そんな噂がパリの美たちのに広まり、予約は次々に埋まっていった。
マリーは興奮した声で言った。
「冴子さんのをべたいって、予約が増えているんです」
ボナールも満そうにうなずいた。
「君の実力が正当に評価されているんだ」
それでも冴子は浮かれなかった。
以と同じように朝く厨に入り、汁を取り、米を研ぎ、包丁をえた。違っていたのは、彼女を見る周囲の目だった。
ある、マリーが恥ずかしそうにづいてきた。
「冴子さん、お詫びしたいことがあります」
冴子はを止めた。
「何でしょうか」
「最初の頃、私は冴子さんを馬鹿にしていました。皿洗いのだとって軽んじていました。本当に申し訳ありませんでした」
冴子は優しく微笑んだ。
「気にしないでください。私も最初から自分のことを話しませんでしたから」
「でも、なぜ最初から料理だと言わなかったんですか」
冴子はし考え、静かに答えた。
「料理としての価値は、肩きや経歴ではなく、作る料理で決まるとっています。
広告
おすすめ作品
-
完結第15話
不当解雇された高卒技術者の特許逆転劇
精密機械メーカーの技術者・中村誠は、高卒叩き上げであることを理由に、名門大卒のエリート上司・北川部長から「掃除とオイル交換しかできない無能な雑用係」と見下されていた。ある日、大口顧客向けの製品に二百個超の大量不良が発生。北川は自らの設定ミスを隠蔽し、誠を犯人に仕立て上げて責任を押し付ける。深夜に真相を暴くアクセスログのUSBメモリーを確保した誠だったが、直後に車に撥ねられ全治三ヶ月の重傷を負ってしまう。病室から連絡を入れると、北川は「好都合だ、クビにしておく」と嘲笑し電話を切った。だが誠が病室のベッドから特許庁へ出願した一枚の技術書類と、彼が去って完全沈黙した工場の製造ラインが、欺瞞に満ちた組織に前代未聞の崩壊をもたらす――。職場逆転|人生逆転2.5万字5 430 -
完結第14話
高卒エースを掃除係に落とした無能社長
大手玩具メーカーの営業エース・篠田零司は、高卒叩き上げながら十二年間にわたりトップの成績を維持してきた。だが、恩師である先代の矢吹会長が病で倒れ、新社長に就任した倉島哲也から全社報告会で突如「先月の達成率は三十パーセント、部内最下位のお荷物だ」と虚偽の数字で公開処刑される。強烈な学歴コンプレックスと嫉妬を燃やす倉島は、篠田を社長室の雑用係へと追いやったばかりか、彼が一年かけて心血を注いだ総額百億円の大型独占契約を故意に破談へ追い込む暴挙に出る。しかし、篠田の手元には「確定売上高一億四千二百万円」を証明する売上管理ファイルの原本が存在していた。理不尽の極みの中で静かに退職届を差し出した篠田。だが、現場の異変を察知した車椅子の矢吹会長が立ち上がり、握りつぶされた証拠が暴かれたとき、欺瞞に満ちた社長室に前代未聞の鉄槌が下される――。職場逆転|人生逆転2.9万字5 204 -
完結第23話
締め出された新社長
父から印刷会社を継ぎ、代表取締役として誰よりも早く出社した初日の朝、私のカードキーだけが赤く点滅して通用口が開かなかった。清掃員や入社三カ月の新人、配送トラックが次々と通過していく中、古参の会計は「先代の指示で権限を削除した」と告げる。社内では判断を下せる者がおらず、営業と現場の怒号が響き合い、輪転機が完全に停止した。私は閉ざされたガラス扉の脇にパイプ椅子を置き、冷たい缶コーヒーを握りしめた。職場逆転|人生逆転|怒り|親子関係|修羅場3.5万字5 216 -
完結第14話
年商一兆円の父にワインをかけた婚約者
創業家の御曹司との顔合わせ当日。ボロ車で駆けつけた私の父を見た義母は、「貧乏人の娘が」と父の頭から赤ワインを浴びせかけた。婚約者も冷笑し、父を詐欺師呼ばわりしてロビーで土下座を迫る始末。 だが、父は一言も取り乱さず、静かにワインを拭った。 「この縁談はなかったことに」 指輪を投げ返し、父の向かった先は日本中が恐れる巨大財閥の最上階。傲慢な親子が信じていた“金と権力のルール”で、静かな断罪劇が幕を開ける。因果応報|人生逆転|金銭問題|修羅場2.1万字5 129 -
完結第13話
二十七年目の嘘
58歳で急死した夫の遺品を整理していた美智子は、引き出しの奥から27年前の「採用内定通知書」を見つける。当時不合格だと思い込んでいた東京の出版社からのものだった。封筒の裏には夫の筆跡で「辞退連絡済」。夫はなぜ私の人生を勝手に奪ったのか。さらに、夫の出世作となった伝説の住宅企画が、かつて自分が書いた企画ノートそのものだったことを知る。奪われた名前と人生を取り戻すため、妻が下した決断とは。人生逆転|夫婦|真実|第二の人生|親子関係2.0万字5 57