"隠された十五年の物語" 第9話
パチンコ百万円の当たりは事実だったけれど、そのだけではの代に到底りない。
コツコツ貯めた老の蓄えとわせて、ようやくギリギリが届く額だった。
あの当選は、所の々に対する自然な言い訳として実によくできていたのだ。
「のような当たりで願のを買った老夫婦」という物語があれば、誰も夫婦の真の狙いを疑わない。
宅はノートを閉じ、しばらく目を閉じた。
それからく息を吸い、再のボタンにゆっくりと指を伸ばした。
カタカタと械の音が鳴った。
最初は古いテープ特のシャーという雑音だった。
それからガラスの器が触れうカチリとした細い音。
徳利が畳のに置かれる音。
「まあ岸本さん、今は本当にすまんかった、忙しいところ押しかけて」
くしゃがれ、聞き取りにくい男の声。
し酔いが回っているらしく、語尾が伸びていた。
黒田だった。
平成の取り調べで、宅がガラス越しに見た、落ち着かない目つきの男の声。
経った今、声はくなり、し舌が回りにくくなっているが、曖昧な話し癖ははっきりと残っていた。
「いやいや、こちらこそ突然押しかけてしまって申し訳ない。でも奥さんが芸教の発表会で、ちょうど静さんもそちらにいらっしゃると聞いたもので」
広告
それは違いなく静の声だった。
普段の穏やかな音だが、その夜は自然なほど丁寧で懐こい響きが込められていた。
「うんうん、あれだろ?岸本さん夫婦には子供がいないって聞いたな」
「ええ、私たちは子供に恵まれませんでした。黒田さんもいないんですか?」
「うちもない。だから夫婦同士、男同士で語りう話もある」
「そうですな」
徳利を傾ける音、ちょこっと盃に酒を注ぐ音、細い息を吸う音。
テープののはいをかけて互いに酒をめっていた。
最初は何の変哲もない世話だった。
畑の作物、田んぼの稲、町の祭りの話。
岸本の聞きし方は実に巧みで、決して相を急かさず、適度に話を促していった。
話は次第に互いの過へと移っていった。
黒田がぽつりぽつりと自分の過を話し始めた。
父のこと、若い頃に隣のにんでいたこと、この町へ移ってきた理由。
「あの町にはもういられなかった。ある事件があってな」
「ある事件ですか?」
「うん、学の女の子が方になった事件だ」
そこでテープのの岸本が、ほんの瞬息をむのが宅にはっきりと聞き取れた。
だがはその揺を表にさなかった。
「ああ、聞で見たような気がしますな」
「うん。それでな、俺は警察に何度も呼ばれた」
「黒田さんがですか?」
「うん。何度も取り調べを受けたけど、俺は何もしとらん。
広告
何もしていないのに、町のの目がたくてな。だから俺は町をた」
しばらくい沈黙が続き、徳利を傾ける音、盃を置く音が響いた。
そして岸本がふっとさく息を吐き、こう言った。
「黒田さん」
「うん?」
「実は私にも辛い過があるんですよ」
「ほう」
「私たちにも昔、がっている女の子がいて、ずっと昔に失くしたんです。めっこを」
「俺には子供がいないから、その子を本当の娘のようにがっていました」
静かなの声がわずかに震えた。
演技ではない、抱え続けた本物のしみが声の底から滲みていた。
「学で、塾へく途で方になったんです。警察も探してくれたけれど……」
い沈黙、テープのシャーというノイズだけが流れ続けた。
そして黒田が声をめて話しした。
「岸本さん」
「はい」
「あんた、ひょっとしてその子のこと……」
黒田は言葉をみ込んだ。
岸本もそれ以追及しなかった。
ただ懐からゆっくり枚の古い写真を取りした。
「これを見てもらえますか?くなっためっこが最に首にかけていたものが写っているんです」
写真には字型のさなのペンダントが映っていた。
鎖は普通よりしく、トップに細かい彫刻が刻まれていた。
族、いや女と岸本夫婦だけがっている、世界につしかない特別なペンダントだった。
方届の資料にもこのペンダントの報は記載されていなかった。
広告
おすすめ作品
-
完結第14話
「死産」と告げた院長と20年目の出生記録
20年前、出産した娘を「死産でした」と告げられた私・佐藤しず子。しかし私は、麻酔の中で確かに聞いた産声を一度も忘れられなかった。 真実を確かめるため、私は清英産婦人科医院の清掃員として20年間働き続け、誰にも気づかれず院内の秘密を探ってきた。そんなある夜、若い看護師から「まだ間に合います。あなたの娘さん生きています」と書かれた紙を渡される。 やがて地下の保管庫へ忍び込んだ私は、自分の出産記録の隣に「佐藤女児――転送」と記された手帳を発見する。 さらにそこには複数の新生児と金銭の記録まで残されていた。娘を奪ったのは誰なのか。そして病院は20年間、何を隠してきたのか。見下され続けた“掃除婦”は、集めた証拠を手に院長・安藤剛と対峙する――。真相|修羅場2.1万字5 407 -
完結第11話
九時三十四分の地下鉄、消えた暴行犯
午前九時三十四分、地下鉄の車内で若い男が突如狂乱し、中年客の顔面を骨が軋むほど殴打した。床一面に飛び散る鮮血。だが、隣に座る同じ社章をつけた上司は、ただ口をあわあわと震わせ「腰を抜かして」座り込むだけだった。乗客たちと男を取り押さえ、駅員にすべてを通報した俺。しかし翌日、警察の発表も新聞の三面記事も、この凄惨な事件を「最初から存在しなかった」かのように完全に黙殺していた。なぜあの凄惨な暴力は一行も報道されず、駅の防犯カメラ映像すら消去されたのか。数年後、俺はある大手企業の役員名簿の中に、あの朝、冷たいホームの柱にすがってガタガタと震えていた「あの上司」の顔写真を見つけ、息を呑んだ――。ミステリー|真実1.6万字5 101 -
完結第15話
全盲の義母が言い当てた味噌汁の色
「お味噌、白味噌に変えたでしょう?」。11年前の事故で全盲になったはずの義母・かず子が、漆塗りの椀を抱えて微笑んだ。亡き実母への後悔から、365日欠かさず介護と手料理を捧げてきた嫁の私。だが翌朝、ゴミ袋の底から現れたのは、手つかずのまま無残に捨てられた私の料理と、1万8千円の銀座高級寿司やフレンチのデリバリーレシート30枚だった。夫は「お前の味付けが悪い」と冷笑し取り合わない。孤立無援の中、弁護士の助言を得た私はある罠を仕掛ける。そして勝手口の前で義母が放った「ある一言」で、11年間の嘘が音を立てて崩れ去る――。嫁姑|真相2.3万字5 3039 -
完結第25話
底辺受付嬢を見下す役員たちの誤算
父の会社は、最も信頼していた人間の裏切りによって無惨に食い物にされた。巨額の負債を背負い、絶望の中で病に倒れた父。私はその冷酷な真相を暴くため、ハーバード大の博士号を隠し、ただの「受付嬢」として敵の中枢である星空グループに潜入した。 誰からも見下され、理不尽な侮辱に耐え忍ぶこと3年。息を潜めて集めた証拠が示したのは、あまりにも残酷な真実だった。父を破産に追い込み、私から全てを奪った黒幕の正体は、父が家族のように慕っていた古参役員だったのだ。 「黒幕は役員会の中にいる」――私を守るため、父が命懸けで残してくれた最期のメッセージを知った時、胸の奥の悲しみは絶対的な冷酷さを持つ復讐の炎へと変わった。私の素性を知る新社長のハルトや、父の旧友たちと共に、私は決して逃れられない完璧な包囲網を密かに築き上げていく。 そして迎えた運命の役員会。全てを掌握したと信じ、私の前で勝ち誇る黒幕。だが彼はまだ知らない。無力な受付嬢だと思っていた私が、彼を社会的死の淵へと突き落とす致命的な罠を仕掛けていたことを。仮面を脱ぎ捨てた時、強欲な悪魔を地獄の底へと引きずり下ろす、容赦なき反撃が幕を開ける――。因果応報|真相|修羅場3.8万字5 1809 -
完結第14話
雑用係の逆襲――百億の商談と偽りの女社長
病気の母の療養のため帰国し、学歴を「中卒」と偽って中小IT企業「藤山システム開発」に入社した森本大河。しかし傲慢な女社長・藤山薫からは「引きこもりの変人オタク」と蔑まれ、社運を賭けた百億円の新システム開発から外され雑用掃除係に追いやられてしまう。 だが大河の真の姿は、ハーバード大学を早期卒業しMIT大学院を修了した、世界が畏怖する伝説のスーパーホワイトハッカー「ミスター・モリティー」だった。迎えた海外メガIT企業首脳陣との商談当日、手配されていた通訳3名が全員ドタキャンし絶体絶命の危機に陥る。 「失敗したらクビ」と責任を押し付ける女社長の前で、大河が手元のコントローラーを操作して口を開いた瞬間、会議室の空気が一変する。そして明かされる社長の巨額不正と、タブレット端末に隠された決定的な証拠の行方は――。職場逆転|裡の顔1.9万字5 232 -
完結第21話
母がナイフで砕いた自分の名前
母の七十歳の祝いで、私は家族に尽くし続けた母に自分の人生を取り戻してほしい一心から、ケーキのプレートに書かれた夫の姓を削り落とし、母の旧姓を書き直した。これで母は喜んでくれるはずだった。しかし母は青ざめ、「誰が戻りたいなんて言ったの」と私を睨みつけると、ナイフを掴んで自分の名前を何度も突き刺し粉々に叩き割った。家族全員から責め立てられた私は、母の部屋で底面を無残に削り取られた大量の人形を見つける。怒り|兄弟姉妹|真相|親子関係|修羅場3.1万字5 137 -
完結第21話
妹のドレスを二十センチ切った
妹の結婚式を数時間後に控えた深夜二時、私はリビングで特注のウェディングドレスに裁ち鋏を入れた。事故で右足に傷が残る妹に対し、相手の家族は配慮という名目で足を隠す重いドレスを強要し、当日は動かず座り続けるよう言い含めていた。母の怒声が響き、私の頬に平手打ちが飛ぶ。泣き崩れる妹の足元には、前裾だけが二十センチ切り落とされた純白の布が散らばっていた。私は鋏を置き、「今日これを着て出なさい」とだけ告げた。裡切られた|兄弟姉妹|裡の顔|親子関係|修羅場3.1万字5 94 -
完結第24話
目覚めた部下にクビを問われた
地方旅館の火災で客を救い出し重傷を負った部下が目を覚ました。だが彼女の記憶は直近の二年分が抜け落ち、着任初日の私が冷酷に解雇を迫った日のまま止まっていた。会社は避難扉が開かなかった責任を彼女の記憶喪失に乗じて背負わせようと、退職金の支払いを口実に過失を認める書類への署名を病室で迫る。何も思い出せない部下は震える手でペンを握り、かつて自分を追い詰めたはずの私を怯えた目で見つめた。職場逆転|真実|裡の顔|修羅場3.7万字5 691 -
完結第20話
偽りの仕送りと緑の通帳
専業主婦の佐藤真美は、長年にわたり傲慢な義母・君代から「無収入の居候」と見下され続けてきた。夫の減給により進学を断念し、誇りを持って介護職に就いた二十歳の娘・奈々までも、義母は「高卒の無能な孫」と親戚の前で嘲笑する。さらに君代は「長男の嫁・恭子を見習い、毎月十五万円を仕送りしろ」と理不尽な要求を突きつけてきた。耐えかねた真美が恭子に相談すると、長男一家の仕送りに隠された信じがたい事実が判明する。義母の言う通り「見習う」ことを決意した真美は、夫の浩一を巻き込み、スマートフォンに収めたATMの振込画面の写真と、タンスの上の空の茶封筒を使ったある計画を仕掛ける。だが、疑念を深めた義母が「緑の銀行通帳」を差し出し、記帳を命じたことで事態は急転する――。嫁姑|真相3.0万字5 721