"盗まれた120頁" 第1話
1995215、午10。
京にある名学の講堂には、2000を超える学たちの歓声が響いていました。井のいその空には、を待つようなるさがあり、誰もがしいスーツやれ着にを包み、族や友に向かって笑顔でカメラに収まっていました。
けれど、14列目の端にある席だけは、周囲の気から切りされたように静まり返っていました。
のパイプ子のには、きれいに折りたたまれた黒い卒業ガウンが置かれていました。その横には、真しい角もあります。式の始を待つために準備された席。けれど、そこに座るはずの青の姿だけがありませんでした。
その席に割り当てられていた名は、誠。
22歳。青森から京し、誰よりも研究に打ち込んでいた優秀な学でした。
青森から12かけて夜列で駆けつけた両親は、会の入りで何度も息子の名を呼びました。母親は、息子のために仕てた品のスーツが入った袋を胸に抱えたまま、波のを見回していました。
「誠……どこにいるの」
父親は落ち着こうとしていましたが、顔から血の気が引いていました。会の端から端まで歩き、受付にも確認し、研究の関係者にも声をかけました。それでも、誠の姿はどこにもありませんでした。
母親は14列目の子に置かれた卒業ガウンにそっと触れました。
広告
たい布の触が、指先から胸の奥へ沈んでいきました。
「さっきまで、ここにいたんじゃないの……?」
誰も答えることはできませんでした。
そのガウンが、息子の残した最の痕跡になるとは、このまだ誰も像していませんでした。
翌、管轄の警察署では、誠の失踪に関するい調が机のに置かれていました。担当の捜査員は、ボールペンの尻で机を軽く叩きながら、淡々と言いました。
「事件性はありません。ただのでしょう」
母親は子からを乗りしました。
「あの子が卒業式のにいなくなるはずがありません。昨の夜まで、話であんなに楽しそうに話していたんです」
しかし、捜査員は誠の学証に度目を落としただけで、表を変えませんでした。
「就職や将来のプレッシャーで、に姿を消した能性があります。優秀な学ほど、急に限界を迎えることがありますから」
鑑識が学構内を確認しても、争った形跡は見つかりませんでした。審な物の目撃報もありません。防犯カメラが分に備されていなかった代、決定な映像も残っていませんでした。
警察の初捜査は、実質にそののうちに終わりました。
たい鉄の机ので、1の青のは「」として処理されました。
そこから10という、途方もないが流れることになります。
広告
両親は故郷のを売り、1000万円以の貯をすべて捜索に注ぎ込みました。のる駅でチラシを配り、全国を歩き回り、テレビ局へをき続けました。配ったチラシは10万枚。履きつぶした靴は8。移距は5万kmに達しました。
それでも、誠の痕跡は1つも見つかりませんでした。
事件は、ありふれた未解決の失踪として、いのに沈んでいくはずでした。
しかし20054、京の警察署の入りを、1の髪の老がくぐりました。
仕ての良いスーツを着たその老は、刻みに震えていました。には10の付が記された分い茶封筒が握られています。
受付のカウンターに封筒を置くと、老は乾いた声で言いました。
「10、ずっと息ができませんでした。すべてを話しに来ました」
その言葉は、警察が10にした結論を、根底から覆すものでした。
は、卒業式夜に戻ります。
1995214、午6。青森の気温はすでに氷点5度を回っていました。古い造宅の居では、母親がストーブのに座り込んでいました。
目のには、透なビニールカバーに包まれた黒いスーツがあります。元の品で5万円というを支払い、息子のために仕てた特注品でした。農作業でひび割れた母親の指先が、その滑らかなを慎に撫でます。
しわが寄らないように、折り目を何度も確認しました。
広告
おすすめ作品
-
完結第21話
日本一情の深い父の裏の顔
妹がサービスエリアで姿を消して5年。全国を巡り「日本一情の深い父親」と称賛される父から、私は古いワゴン車を譲り受けた。だが車内の清掃中、妹の指定席だったシートベルトが事故の衝撃で「4センチ」伸びきっているのを発見する。さらに奥底から見つかったのは、刃物で切断された妹の防犯ブザーだった。父に問いただすと、かつてない冷酷な声で「今すぐ車を処分しろ」と脅され――。私は父の狂気と真実を暴くため、ある決断を下す。ミステリー|裡の顔|真相|行方不明3.1万字5 75 -
完結第11話
九時三十四分の地下鉄、消えた暴行犯
午前九時三十四分、地下鉄の車内で若い男が突如狂乱し、中年客の顔面を骨が軋むほど殴打した。床一面に飛び散る鮮血。だが、隣に座る同じ社章をつけた上司は、ただ口をあわあわと震わせ「腰を抜かして」座り込むだけだった。乗客たちと男を取り押さえ、駅員にすべてを通報した俺。しかし翌日、警察の発表も新聞の三面記事も、この凄惨な事件を「最初から存在しなかった」かのように完全に黙殺していた。なぜあの凄惨な暴力は一行も報道されず、駅の防犯カメラ映像すら消去されたのか。数年後、俺はある大手企業の役員名簿の中に、あの朝、冷たいホームの柱にすがってガタガタと震えていた「あの上司」の顔写真を見つけ、息を呑んだ――。ミステリー|真実1.6万字5 101 -
完結第19話
三十二人目の卒業写真
教職を退いた夜、三十年前に送り出した最初の教え子たちが開いてくれた送別会で、私は三十一人分の感謝の手紙を受け取った。だが自宅で数え直すと、名簿にない三十二通目の白い封筒が混ざっていた。便箋には「全員が卒業しました。私一人を残して」とだけ記されていた。翌日、私が困惑して生徒たちに当時の記憶を尋ねると、誰もが存在を否定し、深夜の受話器の向こうから「あの子のこと、墓場まで隠し通すつもりですか」昭和|ミステリー|因果応報|真相2.8万字5 176 -
完結第25話
一度も抱かれなかった娘
出産翌日に姿を消した妻の代わりに、私は男手一つで娘を育ててきた。「母親は抱っこも拒んで逃げた」と言い聞かせ続けて五年。カルテの保管期限が切れ、産院に呼び出された私の前に置かれたのは、妻が失踪直前に提出した母子同室申請書と一枚のガーゼだった。申請書の最下段には私の拒否印が押されており、持ち帰った鞄からこぼれ落ちた布を拾い上げた五歳の娘は、ピンクの刺繍を指でなぞりながら私を見上げた。夫婦|真相|行方不明|親子関係3.8万字5 142 -
完結第21話
十年前に死んでいた夫
病に倒れた夫を十三年間看取り、質素な火葬を終えた私は、医療記録の精算のため大久保総合病院の窓口へ向かった。だが職員から告げられたのは、データベースに夫の名はなく、提示した診察券は十年前に死亡した二十代の別人の番号だという宣告だった。半乱心で戻ったアパートを捜索するも、夫名義の保険証も免許証も通帳すら一枚も見当たらない。十三年間私の隣で息をしていた男の痕跡が、この世のどこにも存在しない現実に立ち尽くした。ミステリー|夫婦|介護|修羅場3.1万字5 2982 -
完結第12話
左足だけの靴箱
隣室の吉岡さんが部屋で亡くなった。付き合いのなかった老人の遺品整理に立ち会った彩香は、業者から「故人の遺言」として段ボール箱を手渡される。中に入っていたのは、彩香が過去5年間に自宅の玄関から消えたはずの「左足の靴」12足。そして、それと対になる新品の右足の靴。靴底をめくると、そこには夫が「深夜残業」と偽っていた日付のタクシー領収書が隠されていた。妻が知ることになる、5年前の事故と夫の病的な贖罪の真相とは。ミステリー|夫婦1.8万字5 47 -
完結第19話
全員が揃えた同じ嘘
小学五年の秋、担任の女性教諭が突然退職し、学校は精神の病気だと説明した。だがその日の放課後、私を含めたクラス二十三人の児童は、それぞれの家庭で「先生は午後三時に帰りました」と全く同じ嘘を親に答えた。口裏を合わせた覚えはない。半年後、唯一何も言わずに転校していった無口な少女が、私の机の引き出しに一枚のメモを残した。そこには『先生は三時のとき、まだ地下室にいました』と記されていた。ミステリー|裡の顔|真相|行方不明2.8万字5 95 -
完結第11話
亡き義母の口座を洗う女
3年前に7年間の壮絶な介護の末に他界し、この手で骨壺に納めたはずの義母。だが解約し忘れていた古い通帳を繰り越すと、死後も毎月「生前給与」が振り込まれ、毎週水曜の深夜に即座に引き出されていた。深夜のコンビニで張り込んだ私が見たのは、義母の服を着て義母と全く同じ体の癖を持つ見知らぬ女。死者は生きているのか。真実を追う私は、隣で眠る夫が隠していた、狂気と冷酷に満ちた「生前名義ビジネス」の底なし沼へと引きずり込まれていく。ミステリー|嫁姑|夫婦1.6万字5 51