"消された天才少女の証明" 第2話
そのろに、1の女がっていた。
黒田ハナ、12歳。
髪は簡単に結われ、着物は質素で、袖には洗っても落ちきらない汚れがあった。だが、その目だけは異様なほど澄んでいた。こちらを見るのではなく、こちらを通して何かの構造を見ているような、議な目だった。
内には籍も学用品も見当たらなかった。達川が学教育について尋ねると、千代は申し訳なさそうに目を伏せた。
「この子は、学にはっておりません。の事で、学ばせることができませんでした」
達川は持参したを取りした。係員がき写した黒板の証である。
「これは、君がいたものか」
ハナはを受け取り、しばらく黙って見つめた。やがてさく首を傾げ、の部を指で示した。
「ここ、写し違えています。黒板では、この項は逆でした」
達川は息を呑んだ。
その指摘は正しかった。係員のき写しに含まれていた自然な部分が、ハナの言でしたのである。
「では、どうしてそうなるのか説できるか」
達川が尋ねると、ハナは畳のに指で線を引きながら話し始めた。
彼女の説は、単なる記号操作ではなかった。力がどこにじ、どのように分布し、構造全体がどの方向へ釣りおうとするのか。その関係を、ハナはまるで目のに見えるものを語るように説した。
広告
達川は次に、別の計算課題を提示した。
それは学院でも容易には解けない応用力学の問題だった。ハナはし黙り、線を畳の目へ落とした。やがて指先でさく円を描き、そこから線を伸ばすようにして説を始めた。
結果はしていた。
達川はさらに、梁力学とは無関係の課題をした。代数学、幾何学、微分積分に相当する問題である。ハナはどの問題に対しても、まず対象全体を図式として捉え、そこから局所条件を配置し直すように答えを導いた。
通常の教育を受けた者とは、まるで順序が違っていた。
「君は、どこでこれを覚えた」
達川は声を抑えて尋ねた。
ハナは母親の方を度見たあと、静かに答えた。
「学の黒板と、本です。お母さんが掃除をしているに見ました」
「本を読めるのか」
「聞の字を、音とわせました。数の印は、形と関係で覚えました」
その答えは幼いものだったが、内容は異様だった。
正式な読みきの教育を受けていない女が、黒板と講義に置かれた籍を観察し、自分なりに記号のを組みてていたのである。
達川は最に、鋼製吊りのケーブル分布に関する般式の導を求めた。
ハナは従来の仮定の部を変更した。荷の作用点を固定点ではなく、分布関数として扱う形に再定義した。そのうえで、全体の釣りい条件から式を導いた。
広告
達川はにかれた式を見つめた。
それは、達川自が欧州文献で見たことのない形だった。
しかし検算すると、していた。
数にわたる検証の、達川はい沈黙に沈んだ。ハナの答えは記憶の再現ではなかった。そので構成されていた。問題領域が変わっても、考の基盤は変わらなかった。
構造を認識し、関係を配置し直す力。
それが、ハナのにあった。
達川は帰り際、狭いの入で振り返った。
千代はそうに娘を抱き寄せていた。ハナは達川を見ていなかった。彼女の目は、に伸びる樋の形と、の流れを追っていた。
達川はその、理解した。
この女は、学術制度のにいる。
しかし能力は、制度の内側にいる誰よりもくへ届いている。
黒田ハナの事例は、達川の個な発見にとどまらなかった。
彼は証記録と検証結果を理し、理科学数学科内部で共した。最初に閲覧したのは応用数学講座の同僚であり、やがて構造力学、理論物理の教員にもられることになった。
確認した者たちは、回答過程が既の教育課程によって説できない準にあることを認めた。
だが、そこで問題となったのは能力ではなかった。
その能力の持ち主が、浅のにむ層労働者の娘であり、しかも12歳の女子児童であるという事実だった。
京帝国学の入学資格は、学歴、性別、分条件を提としていた。
広告
おすすめ作品
-
完結第21話
日本一情の深い父の裏の顔
妹がサービスエリアで姿を消して5年。全国を巡り「日本一情の深い父親」と称賛される父から、私は古いワゴン車を譲り受けた。だが車内の清掃中、妹の指定席だったシートベルトが事故の衝撃で「4センチ」伸びきっているのを発見する。さらに奥底から見つかったのは、刃物で切断された妹の防犯ブザーだった。父に問いただすと、かつてない冷酷な声で「今すぐ車を処分しろ」と脅され――。私は父の狂気と真実を暴くため、ある決断を下す。ミステリー|裡の顔|真相|行方不明3.1万字5 75 -
完結第11話
九時三十四分の地下鉄、消えた暴行犯
午前九時三十四分、地下鉄の車内で若い男が突如狂乱し、中年客の顔面を骨が軋むほど殴打した。床一面に飛び散る鮮血。だが、隣に座る同じ社章をつけた上司は、ただ口をあわあわと震わせ「腰を抜かして」座り込むだけだった。乗客たちと男を取り押さえ、駅員にすべてを通報した俺。しかし翌日、警察の発表も新聞の三面記事も、この凄惨な事件を「最初から存在しなかった」かのように完全に黙殺していた。なぜあの凄惨な暴力は一行も報道されず、駅の防犯カメラ映像すら消去されたのか。数年後、俺はある大手企業の役員名簿の中に、あの朝、冷たいホームの柱にすがってガタガタと震えていた「あの上司」の顔写真を見つけ、息を呑んだ――。ミステリー|真実1.6万字5 101 -
完結第19話
三十二人目の卒業写真
教職を退いた夜、三十年前に送り出した最初の教え子たちが開いてくれた送別会で、私は三十一人分の感謝の手紙を受け取った。だが自宅で数え直すと、名簿にない三十二通目の白い封筒が混ざっていた。便箋には「全員が卒業しました。私一人を残して」とだけ記されていた。翌日、私が困惑して生徒たちに当時の記憶を尋ねると、誰もが存在を否定し、深夜の受話器の向こうから「あの子のこと、墓場まで隠し通すつもりですか」昭和|ミステリー|因果応報|真相2.8万字5 176 -
完結第25話
一度も抱かれなかった娘
出産翌日に姿を消した妻の代わりに、私は男手一つで娘を育ててきた。「母親は抱っこも拒んで逃げた」と言い聞かせ続けて五年。カルテの保管期限が切れ、産院に呼び出された私の前に置かれたのは、妻が失踪直前に提出した母子同室申請書と一枚のガーゼだった。申請書の最下段には私の拒否印が押されており、持ち帰った鞄からこぼれ落ちた布を拾い上げた五歳の娘は、ピンクの刺繍を指でなぞりながら私を見上げた。夫婦|真相|行方不明|親子関係3.8万字5 142 -
完結第21話
十年前に死んでいた夫
病に倒れた夫を十三年間看取り、質素な火葬を終えた私は、医療記録の精算のため大久保総合病院の窓口へ向かった。だが職員から告げられたのは、データベースに夫の名はなく、提示した診察券は十年前に死亡した二十代の別人の番号だという宣告だった。半乱心で戻ったアパートを捜索するも、夫名義の保険証も免許証も通帳すら一枚も見当たらない。十三年間私の隣で息をしていた男の痕跡が、この世のどこにも存在しない現実に立ち尽くした。ミステリー|夫婦|介護|修羅場3.1万字5 2982 -
完結第12話
左足だけの靴箱
隣室の吉岡さんが部屋で亡くなった。付き合いのなかった老人の遺品整理に立ち会った彩香は、業者から「故人の遺言」として段ボール箱を手渡される。中に入っていたのは、彩香が過去5年間に自宅の玄関から消えたはずの「左足の靴」12足。そして、それと対になる新品の右足の靴。靴底をめくると、そこには夫が「深夜残業」と偽っていた日付のタクシー領収書が隠されていた。妻が知ることになる、5年前の事故と夫の病的な贖罪の真相とは。ミステリー|夫婦1.8万字5 47 -
完結第19話
全員が揃えた同じ嘘
小学五年の秋、担任の女性教諭が突然退職し、学校は精神の病気だと説明した。だがその日の放課後、私を含めたクラス二十三人の児童は、それぞれの家庭で「先生は午後三時に帰りました」と全く同じ嘘を親に答えた。口裏を合わせた覚えはない。半年後、唯一何も言わずに転校していった無口な少女が、私の机の引き出しに一枚のメモを残した。そこには『先生は三時のとき、まだ地下室にいました』と記されていた。ミステリー|裡の顔|真相|行方不明2.8万字5 95 -
完結第11話
亡き義母の口座を洗う女
3年前に7年間の壮絶な介護の末に他界し、この手で骨壺に納めたはずの義母。だが解約し忘れていた古い通帳を繰り越すと、死後も毎月「生前給与」が振り込まれ、毎週水曜の深夜に即座に引き出されていた。深夜のコンビニで張り込んだ私が見たのは、義母の服を着て義母と全く同じ体の癖を持つ見知らぬ女。死者は生きているのか。真実を追う私は、隣で眠る夫が隠していた、狂気と冷酷に満ちた「生前名義ビジネス」の底なし沼へと引きずり込まれていく。ミステリー|嫁姑|夫婦1.6万字5 51