"消えた五輪候補" 第2話
しかし健は、いつも同じように答えた。
「今はいい仕事がない。景気なんだよ」
正司はため息をついた。
息子への失望がまるほど、子への期待はさらにきくなった。
子はそれをっていた。
だからこそ、絶対に父を裏切れないとっていた。
絶対にオリンピックになければならない。
その圧は、細い肩にずっしりとのしかかっていた。
3のある夕方、子が練習から帰ると、居で健がテレビを見ていた。
画面にはオリンピックの特集番組が映っていた。選たちの練習景、代表候補の紹介、期待される若者たちの映像。健は畳に座り、頬杖をついたまま画面を眺めていた。
「ただいま」
子がさく言うと、健は画面から目をさずに答えた。
「お帰り」
それだけだった。
子は肩からバッグをろし、自分の部へ向かおうとした。その背に、健の線が向けられていることに気づいた。
何か言いたそうで、でも言えない。
そんな兄の複雑なを、子はうすうすじていた。
けれど、く考える余裕はなかった。
最終選考まで残り3。
練習、事、眠。子の1は、それだけで埋め尽くされていた。
しばらくして、正司がから帰ってきた。作業着の肩には、細かな属のがついていた。疲れた顔をしていたが、子を見るとすぐに表がるくなった。
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3で囲む夕は質素だった。
噌汁、焼き魚、漬物。
それでも正司は、子の向かいに座ると、いつものように尋ねた。
「子、調子はどうだ」
子は箸を置き、笑顔を作った。
「うん。いいじ。コーチも、今の状態なら丈夫だって」
正司の顔がほころんだ。
「そうか。よかった。おがオリンピックにたら、父さん、会社のみんなに自するからな。聞にも載るだろう。テレビにもるだろう」
「父さん、気がいよ」
子は笑った。
けれど、その目にはい決が宿っていた。
健は黙って茶碗に箸を運んでいた。
父と妹の会話に、自分が入る隙はなかった。
正司の笑顔は子に向けられている。子の未来だけが、このののように語られている。
健の胸ので、何かが静かに音をてた。
嫉妬。
劣等。
そして、言葉にできない暗い憎しみ。
昭59315。
運命のまであと3となったその朝、子はいつものように午5にをた。玄関で靴ひもを結んでいると、正司が見送りにてきた。
「頑張ってこい」
「うん。ってきます」
子はさくを振ると、暗いへりした。
そのろ姿を、2階の窓から健が見ていた。
まだ灯のが残るを、子は迷いなくんでいく。細い背だった。それなのに、族の期待をすべて背負っている。
健は窓枠にを置いたまま、唇を噛んだ。
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国スポーツ科学センターは、都からで1ほどの所にある施設だった。オリンピック候補選たちの訓練拠点として使われており、朝くから夜遅くまで、選たちの声と音が絶えなかった。
子は毎朝6にはそこへ到着していた。
ロッカールームで練習着に着替え、髪をまとめ、首と首を確認する。それから体育館に向かい、準備体操を始める。
午630分、斎藤コーチが現れると、本格な訓練が始まった。
斎藤は45歳。体操界では厳しい指導者としてられていた。選たちは彼を恐れていた。ミスをすれば、容赦のない叱責がぶ。
「何度同じことを言わせるんだ」
「集しろ」
その声は体育館全体に響き渡った。
子は、その厳しい指導に耐えてきた。
平均台のでバランスを崩せば、最初からやり直し。着がしでも乱れれば、何度でも繰り返し。のひらには豆ができ、それが潰れ、またしい豆ができた。首は常に痛み、肩も腰も鳴をげていた。
それでも子は音を吐かなかった。
父の期待を裏切れない。
この貧しいから抜けす唯の。
それが、オリンピックだった。
斎藤コーチも、子の根性を認めていた。
「は才能だけじゃない。諦めないがある」
ほかの選たちのでそう言われた、子は胸の奥がくなった。
しかし斎藤には、別の顔もあった。
昭56、過酷な訓練に耐えきれずを骨折した女子選がいた。その選は、コーチが無理な技をしたと訴えたが、斎藤は「選が勝に無茶をした」
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