"消えた五輪候補" 第9話
いつか帰ってくる。
正司は、そう信じ続けていた。
昭603。
事件から1が経った頃、訓練センターでは施設の改装事が始まった。
老朽化したロッカールームをしくするための事だった。作業員たちは古い壁を壊し、配管や換気設備を確認していた。
315。
ある作業員が、ロッカールームの壁の奥に自然な空があることに気づいた。
「おい、ここ、なんか変だぞ」
作業員が仲を呼んだ。
2で壁を慎に取り除くと、そこにはさな換気があった。
普通の換気ではなかった。
内側から何かで塞がれているように見えた。
作業員が懐灯で照らした。
の先に見えたものを見て、彼は声を失った。
の骨だった。
作業員たちはすぐに警察へ連絡した。
警察が到着し、換気のを調べた。
そこには、腐敗がみ、骨化した遺体があった。傍らにはボストンバッグがあり、には体操の練習着と学証が入っていた。
学証には、名がかれていた。
子。
刑事たちは息を呑んだ。
1方だった女は、ずっとそこにいた。
訓練センターのロッカールームの壁の奥に。
遺体はすぐに検へ回された。
因の特定、推定刻、遺体の状況。すべての検査が慎にめられた。
正司に連絡が入ったのは、そのの夕方だった。
「さん、娘さんが見つかりました」
広告
警察からの話を受けた正司は、そのに座り込んだ。
「あき子が……見つかったのか」
「はい。しかし、残ながら……」
刑事の言葉は続かなかった。
正司はすべてを理解した。
娘はもう帰ってこない。
1待ち続けた娘は、ずっとあの建物のにいた。
正司の目から涙があふれた。
「あき子……あき子……」
彼は娘の名を何度も呼んだ。
警察は再捜査を始した。
遺体の状況から、子は失踪当にしたと推定された。
因は、部へのい衝撃による傷性ショック。
誰かが子を殴り、換気のに隠したのだ。
刑事たちは、改めて関係者全員を調べ直した。
斎藤コーチ。
ゆかり。
そして、兄の健。
斎藤はく否定した。
「私は何もしていない」
ゆかりも泣きながら訴えた。
「私じゃありません」
しかし、たな証拠が見つかった。
換気のから、子のものではない指紋が検されたのだ。
その指紋を照すると、1つの名が浮かびがった。
健。
子の兄だった。
刑事たちは驚いた。
兄が妹を殺したのか。
そんなことがあり得るのか。
しかし、証拠は健を指していた。
警察は健を任同した。
取調で、刑事は静かに告げた。
「健さん。あなたの指紋が、現から見つかりました」
健の顔が変わった。
「俺はにロッカールームにった。そのに触ったんだろう」
広告
「どこを、ですか」
刑事が鋭く尋ねた。
健は黙り込んだ。
刑事たちは、健のを探った。
なぜ、妹を殺さなければならなかったのか。
調べていくうちに、ある事実が浮かびがった。
子には命保険がかけられていた。
契約者は父の正司。
しかし、受取は健になっていた。
昭58、健が契約内容を変更していたのだ。
保険は500万円。
当としては、だった。
さらに、子がオリンピック代表に選ばれれば、スポンサー契約や報奨などで、きなが入る能性があった。
刑事は健のに資料を置いた。
「あなたは妹さんの成功を妬んでいた。そして、保険を狙っていた。そうですね」
健は答えなかった。
だが沈黙は、何よりもかった。
昭604。
健はついに自した。
取調の空気はかった。
机のには、現写真、指紋の資料、保険契約の類が並べられていた。健は子に座り、うつむいたまま両を握りしめていた。
刑事はい沈黙のあと、静かに尋ねた。
「本当のことを話してください」
健の肩が震えた。
やがて、かすれた声が漏れた。
「俺は……子が憎かった」
その言葉を聞いた刑事は、黙って続きを待った。
「子どもの頃からずっと、子ばかりだった。父さんは、子のことばかり褒めた。俺は何をやっても認めてもらえなかった」
健は顔を伏せたまま続けた。
「子がオリンピックにれば、にが入る。でも、それは俺のものじゃない。俺はずっと何者でもないままだ」
広告
おすすめ作品
-
完結第21話
日本一情の深い父の裏の顔
妹がサービスエリアで姿を消して5年。全国を巡り「日本一情の深い父親」と称賛される父から、私は古いワゴン車を譲り受けた。だが車内の清掃中、妹の指定席だったシートベルトが事故の衝撃で「4センチ」伸びきっているのを発見する。さらに奥底から見つかったのは、刃物で切断された妹の防犯ブザーだった。父に問いただすと、かつてない冷酷な声で「今すぐ車を処分しろ」と脅され――。私は父の狂気と真実を暴くため、ある決断を下す。ミステリー|裡の顔|真相|行方不明3.1万字5 75 -
完結第11話
九時三十四分の地下鉄、消えた暴行犯
午前九時三十四分、地下鉄の車内で若い男が突如狂乱し、中年客の顔面を骨が軋むほど殴打した。床一面に飛び散る鮮血。だが、隣に座る同じ社章をつけた上司は、ただ口をあわあわと震わせ「腰を抜かして」座り込むだけだった。乗客たちと男を取り押さえ、駅員にすべてを通報した俺。しかし翌日、警察の発表も新聞の三面記事も、この凄惨な事件を「最初から存在しなかった」かのように完全に黙殺していた。なぜあの凄惨な暴力は一行も報道されず、駅の防犯カメラ映像すら消去されたのか。数年後、俺はある大手企業の役員名簿の中に、あの朝、冷たいホームの柱にすがってガタガタと震えていた「あの上司」の顔写真を見つけ、息を呑んだ――。ミステリー|真実1.6万字5 101 -
完結第19話
三十二人目の卒業写真
教職を退いた夜、三十年前に送り出した最初の教え子たちが開いてくれた送別会で、私は三十一人分の感謝の手紙を受け取った。だが自宅で数え直すと、名簿にない三十二通目の白い封筒が混ざっていた。便箋には「全員が卒業しました。私一人を残して」とだけ記されていた。翌日、私が困惑して生徒たちに当時の記憶を尋ねると、誰もが存在を否定し、深夜の受話器の向こうから「あの子のこと、墓場まで隠し通すつもりですか」昭和|ミステリー|因果応報|真相2.8万字5 176 -
完結第25話
一度も抱かれなかった娘
出産翌日に姿を消した妻の代わりに、私は男手一つで娘を育ててきた。「母親は抱っこも拒んで逃げた」と言い聞かせ続けて五年。カルテの保管期限が切れ、産院に呼び出された私の前に置かれたのは、妻が失踪直前に提出した母子同室申請書と一枚のガーゼだった。申請書の最下段には私の拒否印が押されており、持ち帰った鞄からこぼれ落ちた布を拾い上げた五歳の娘は、ピンクの刺繍を指でなぞりながら私を見上げた。夫婦|真相|行方不明|親子関係3.8万字5 142 -
完結第21話
十年前に死んでいた夫
病に倒れた夫を十三年間看取り、質素な火葬を終えた私は、医療記録の精算のため大久保総合病院の窓口へ向かった。だが職員から告げられたのは、データベースに夫の名はなく、提示した診察券は十年前に死亡した二十代の別人の番号だという宣告だった。半乱心で戻ったアパートを捜索するも、夫名義の保険証も免許証も通帳すら一枚も見当たらない。十三年間私の隣で息をしていた男の痕跡が、この世のどこにも存在しない現実に立ち尽くした。ミステリー|夫婦|介護|修羅場3.1万字5 2982 -
完結第12話
左足だけの靴箱
隣室の吉岡さんが部屋で亡くなった。付き合いのなかった老人の遺品整理に立ち会った彩香は、業者から「故人の遺言」として段ボール箱を手渡される。中に入っていたのは、彩香が過去5年間に自宅の玄関から消えたはずの「左足の靴」12足。そして、それと対になる新品の右足の靴。靴底をめくると、そこには夫が「深夜残業」と偽っていた日付のタクシー領収書が隠されていた。妻が知ることになる、5年前の事故と夫の病的な贖罪の真相とは。ミステリー|夫婦1.8万字5 47 -
完結第19話
全員が揃えた同じ嘘
小学五年の秋、担任の女性教諭が突然退職し、学校は精神の病気だと説明した。だがその日の放課後、私を含めたクラス二十三人の児童は、それぞれの家庭で「先生は午後三時に帰りました」と全く同じ嘘を親に答えた。口裏を合わせた覚えはない。半年後、唯一何も言わずに転校していった無口な少女が、私の机の引き出しに一枚のメモを残した。そこには『先生は三時のとき、まだ地下室にいました』と記されていた。ミステリー|裡の顔|真相|行方不明2.8万字5 95 -
完結第11話
亡き義母の口座を洗う女
3年前に7年間の壮絶な介護の末に他界し、この手で骨壺に納めたはずの義母。だが解約し忘れていた古い通帳を繰り越すと、死後も毎月「生前給与」が振り込まれ、毎週水曜の深夜に即座に引き出されていた。深夜のコンビニで張り込んだ私が見たのは、義母の服を着て義母と全く同じ体の癖を持つ見知らぬ女。死者は生きているのか。真実を追う私は、隣で眠る夫が隠していた、狂気と冷酷に満ちた「生前名義ビジネス」の底なし沼へと引きずり込まれていく。ミステリー|嫁姑|夫婦1.6万字5 51