"母を捨てた凍夜" 第12話
「母は、娘が迎えに来たと聞いて嬉しかったといます。私が来たとって、暗いを歩いたんです。寒かったでしょう。怖かったでしょう。それなのに、誰も助けてくれなかった」
法廷は静まり返った。
由紀子は最に言った。
「母のは報われませんでした。でも、せめてこの裁判で、母の苦しみをみんなにってほしいんです」
証言が終わると、傍聴席からさな拍が起こった。
裁判はそれを制したが、くのが涙を拭っていた。
弁護側の主張もわれた。
幸子の弁護士は、経済困窮を理由にした。
しかし検察官は反論した。
「被告の夫には、2億円相当の財産がありました。経済困窮という主張は成しません」
武志の弁護士は、妻に逆らえなかっただけで殺はなかったと主張した。
しかし、遺言偽造の事実がらかになり、その主張はまった。
吉田施設の弁護士は、経営難による判断ミスだと主張した。
恵子の弁護士は、施設の指示に従っただけで、く反省していると訴えた。
裁判は3ヶ続いた。
そして19988、判決のが来た。
裁判が判決文を読みげた。
「被告・幸子を、保護責任者遺棄致などにより懲役5に処する」
幸子の顔が青ざめた。
「被告・武志を、私文偽造および保護責任を放棄した責任などにより懲役3、執猶予5に処する」
広告
武志はくをげた。
「被告・吉田健を、業務過失致などにより懲役2に処する」
吉田は肩を落とした。
「被告・佐藤恵子を、保護責任者遺棄に関わった罪により懲役1、執猶予3に処する」
恵子は泣き崩れた。
裁判は最に言った。
「被害者は族のために尽くしながら、最は誰にも取られず、寒い倉庫で息を引き取りました。被告らの為は、としての良を失ったものであり、厳しく非難されるべきです」
判決は確定した。
幸子は控訴したが、棄却された。
199810、由紀子は母の遺骨を実の墓に納めた。
父・茂の隣に、はる子はようやく戻った。
墓には、しく母の名が刻まれた。
はる子。
1933。
19961215没。
由紀子は墓に膝をつき、両をわせた。
「お母さん、やっと帰って来たね。お父さんの隣で、ゆっくり休んでください」
が静かに吹いた。
墓には、菜のが供えられていた。
はる子が好きだっただった。
由紀子はそれから毎、墓参りにった。忙しいも、のも、できる限りを作って母に会いにった。
「お母さん、今は孫が学で賞をもらったよ」
「お母さん、し寒くなってきたね」
そう話しかけるが、由紀子にとって母と過ごすしいになった。
数、幸子と武志は婚した。
武志は全ての財産を売却し、その半分を由紀子に渡した。
広告
「由紀子、遅くなったけど、これは母さんの分だ。おが受け取ってくれ」
武志の声はかった。
由紀子はしばらくその封筒を見つめていた。
兄を許せるわけではなかった。
けれど、母が受け取るはずだったものを、ようやく取り戻したような気がした。
由紀子は涙を流しながら、それを受け取った。
そして、そのおで母の名を冠した奨学を設した。
貧しくて学できない女子学のための奨学だった。
「女の子だから」と諦めさせられる子が、しでも減ってほしかった。
自分のように、母のように、族のためだけにを放す子がいなくなってほしかった。
佐藤恵子は、執猶予期を終えた、老ホームでボランティアを始めた。
罪を償うために、残りのを齢者の世話に捧げると決めたのだ。
ある、恵子は本にをいた。
「私は、はる子さんを助けられませんでした。許されることはないといます。それでも、これから会うお寄りのだけは、度とさないと決めました」
本はそのを読み、静かに机の引きしにしまった。
本刑事は、この事件を最に定退職した。
しかし今でも、々はる子の墓を訪れる。
墓にち、子を取り、くをげる。
「さん、真実はらかになりました。どうからかに」
そう呟く本の背には、刑事としてくの事件を見てきた男のみがあった。
広告
平成という代が終わり、令の代が始まっても、はる子のように報われないを送った女性たちの記憶は消えてはいけない。
族とは何なのか。
献とは、ただ消費されるだけのものなのか。
誰かがあの、はる子のを握っていたなら。
誰かが、はる子のに謝の言葉をかけていたなら。
違う結末があったのかもしれない。
答えはない。
ただ1つだけ確かなのは、当たりだとっている常が、どれほど尊いものかということだ。
失ってから気づくのでは遅い。
墓の菜のが、に揺れていた。
黄いびらはさく、けれど確かにを受けていた。
由紀子は母の墓ので、そっとをわせた。
「お母さん、もう寒くないよね」
くで鳥の声がした。
はる子のいは、決して華やかではなかった。
報われないこともかった。
謝されないまま終わった々もあった。
それでも、彼女が族をい、娘をい、き抜いたは、確かにそこにあった。
その記憶だけは、誰にも奪えない。
由紀子はちがり、墓をそっと撫でた。
たいの触が、掌に残った。
「また来るね、お母さん」
菜のの黄が、静かな空のでいつまでも揺れていた。
広告
おすすめ作品
-
完結第16話
十字の紙片と売られた生家
「母さん、老人ホームに入れ。この家も売る」息子夫婦はカナダ移住を前に、相場の半値以下の査定書と山奥の隔離施設のパンフレットを突きつけてきた。共働きで多忙な彼らに代わり、十年間孫娘を育て上げ、遺産から数百万円を用立ててきた私への仕打ちがこれだった。絶望に沈む私の手に、高校生の孫娘が震えながら押し込んだのは、固く折られた「十文字のチラシの紙片」。「明日の朝までに、実印と通帳は絶対に渡さないで」。深夜二時、一人で開いたその紙には、全てを覆す戦慄の計画が記されていた。私は仏壇の隠し金庫に手を伸ばし――。祖父母と孫|介護2.4万字5 426 -
完結第11話
九時三十四分の地下鉄、消えた暴行犯
午前九時三十四分、地下鉄の車内で若い男が突如狂乱し、中年客の顔面を骨が軋むほど殴打した。床一面に飛び散る鮮血。だが、隣に座る同じ社章をつけた上司は、ただ口をあわあわと震わせ「腰を抜かして」座り込むだけだった。乗客たちと男を取り押さえ、駅員にすべてを通報した俺。しかし翌日、警察の発表も新聞の三面記事も、この凄惨な事件を「最初から存在しなかった」かのように完全に黙殺していた。なぜあの凄惨な暴力は一行も報道されず、駅の防犯カメラ映像すら消去されたのか。数年後、俺はある大手企業の役員名簿の中に、あの朝、冷たいホームの柱にすがってガタガタと震えていた「あの上司」の顔写真を見つけ、息を呑んだ――。ミステリー|真実1.6万字5 101 -
完結第24話
目覚めた部下にクビを問われた
地方旅館の火災で客を救い出し重傷を負った部下が目を覚ました。だが彼女の記憶は直近の二年分が抜け落ち、着任初日の私が冷酷に解雇を迫った日のまま止まっていた。会社は避難扉が開かなかった責任を彼女の記憶喪失に乗じて背負わせようと、退職金の支払いを口実に過失を認める書類への署名を病室で迫る。何も思い出せない部下は震える手でペンを握り、かつて自分を追い詰めたはずの私を怯えた目で見つめた。職場逆転|真実|裡の顔|修羅場3.7万字5 691 -
完結第21話
母を遠ざける姉の嘘
長野で一人暮らす母の介護を一手に担う姉から「母の体調が悪化するから来るな」と言われ、私は五年間帰省を控え、毎月五万円の仕送りを続けていた。だがある夜、母から五年ぶりに直接電話が入る。「まだ怒ってるの。あんたが私の顔も見たくないと言っていたと姉から聞いた」と母は怯えていた。直後に受話器を奪った姉は「母の被害妄想だ」と言い放つ。不審に思った私は姉に告げず始発の新幹線に乗り、五年ぶりに実家の引き戸を開けた。兄弟姉妹|裡の顔|親子関係|介護3.2万字5 166 -
完結第20話
教室の最後列に座る元教員
定年退職した元教員の私は、一度も教えたことのない男子生徒の保護者会に、身元を偽って六年間通い続けていた。教室の最後列から見つめる先には、油まみれの作業着を着た父親が座っている。受付簿の不審な記録に気づいた校長から昇降口で問い詰められた帰り道、桜が散る坂道でその父親が私の前に立ちふさがった。二十四年前の元教え子だったその男は、振り返りもせず、私の背中に向けて「あの席、あと何年座るつもりですか」と低く告げ怒り|真実|親子関係|修羅場3.1万字5 122 -
完結第20話
祖母は十二年年賀状を書いてない
八十歳を迎えた祖母のため、私はいとこたちと過去十二年分の年賀状を集めて記念のアルバムを作った。毎年元旦に届く「元気に暮らしています、トマトがたくさん実りました」という三行は、遠方で暮らす私たちが実家の無事を疑わずに済む確かな証拠だった。だが親戚一同が集まる祝宴の席でアルバムを開いた瞬間、祖母は整った文字を見つめ、十二年間一度も年賀状など書いていないと言い放った。親族の視線が一斉に、実家の近くで暮らす叔母へと向かう。孤獨|親子関係|介護|認知症3.0万字5 98 -
完結第24話
妻の手術翌朝、七通の解約通知
妻が胆嚢ポリープの手術で入院した日、私は仕事を優先し「自分で処理しろ」と見舞いを断った。だが翌朝、私の携帯にマンションの駐車場、クレジットカード、父のデイサービスを含む七通の解約通知が立て続けに届く。カードは店頭で弾かれ、ビルのゲート前で立ち往生した私は、妻の報復を確信して病室のドアを乱暴に開けた。点滴に繋がれた妻は、今すぐ元に戻せと詰め寄る私の目の前で、スマートフォンの画面を静かに伏せた。怒り|夫婦|介護|修羅場3.7万字5 193 -
完結第23話
十八年ぶりの切符「次は三人で来い」
「二度と敷居を跨ぐな」――十八年前、父・源蔵の激しい怒声を背に村を飛び出した美雪。母の葬儀すら拒絶し、東京で夫の高一、息子の蒼太と平穏な家庭を築きながらも、心の奥に深い罪悪感を抱え続けていた。 ある秋の日、頑固一徹だった父が倒れたとの報せが届く。恐る恐る帰郷した美雪を迎えたのは、小さく老いさらばえた父の姿だった。互いに素直になれぬまま病室で交わしたわずかな言葉。だが、生家から持ち帰らされた重い桐箱と古いボストンバッグを開けた瞬間、美雪の息は止まる。 そこには、出金記録ゼロのまま膨れ上がった美雪名義の通帳と、十三年前の日付が記された「高一君へ」という父の手紙が眠っていた。父が十八年間隠し通してきた、想像を絶する真実とは――。真実|修羅場3.5万字5 1026 -
完結第19話
三十二人目の卒業写真
教職を退いた夜、三十年前に送り出した最初の教え子たちが開いてくれた送別会で、私は三十一人分の感謝の手紙を受け取った。だが自宅で数え直すと、名簿にない三十二通目の白い封筒が混ざっていた。便箋には「全員が卒業しました。私一人を残して」とだけ記されていた。翌日、私が困惑して生徒たちに当時の記憶を尋ねると、誰もが存在を否定し、深夜の受話器の向こうから「あの子のこと、墓場まで隠し通すつもりですか」昭和|ミステリー|因果応報|真相2.8万字5 176