"消えた花嫁の名札" 第14話
法廷は、を打ったように静かだった。
「方で、被告が初犯であること、現の闘病状態を酌量事として反映させる」
裁判が判決文の最を読みげた。
「主文。被告苅田織を無期懲役に処する」
傍聴席から、いため息が漏れた。
織の肩が瞬だけ揺れたが、すぐにまた固まった。彼女は振り返らなかった。千鶴の方も、加茂の方も見なかった。
裁判は判決文の朗読を終える直、く付け加えた。
「被害者の古い名札と自の面がこの世に残されていなければ、この法廷はかれなかったであろう」
その言葉の、法廷はい沈黙に包まれた。
織が護送され、302号法廷の裏からていったのは午1114分だった。
護送官2ので、彼女は傍聴席を1度も振り返らなかった。
列の千鶴は、膝ののい菊の束をそっと両で包んだ。リボンが指先から滑り落ち、のスカートのに静かに乗った。
彼女は泣かなかった。
ただ、い声で言だけ呟いた。
「美緒や、これからはおばさんが迎えにくよ」
隣で加茂は、内ポケットに入れた黒革の帳のからそっと胸にを当てた。
8、引きしの奥で眠っていたその帳は、ようやく役目を終えたのかもしれなかった。
同じの8、美緒の遺骨は正式に千鶴へ引き渡された。
葬儀は静かに営まれた。
広告
美緒がに準備していた結婚式の招待客名簿に名のあったたちのうち、何かが8というを越えて参列した。児科病棟で緒に働いていた護師たち、学代の友、かつて美緒に世話をしてもらった患者の族。
誰もがい菊をにしていた。
病院の医局にいた結婚予定の男性は、アメリカから弔を送ったと伝えられている。
文面はかった。
「美緒さんの笑顔を忘れません。い、帰りを待たせてしまったことを悔やみます」
その弔を読んだ、千鶴は初めて静かに涙を流した。
葬儀の、千鶴は骨壺を抱えて軒茶へ向かった。
美緒が暮らしていた古い造アパートはもうなかった。そこにはしいマンションが建ち、1階にはさな美容が入っていた。8の階段も、廊も、205号の扉もしない。
それでも千鶴は、かつて玄関があったあたりにった。
がい菊のびらを揺らした。
「美緒、おばさんが来たよ」
いつもの言葉だった。
けれど、続きはいつもと違った。
「今は、緒に帰ろうね」
千鶴は骨壺を抱きしめ、空を見げた。
1999614午947分。
あの話から始まったいは、ようやく1つの区切りを迎えた。
けれど、失われた8は戻らない。
美緒が着るはずだった嫁装も、結婚式のに指にはめるはずだった指輪も、児科病棟で子どもたちに向けるはずだった笑顔も、すべて過のに置きりにされた。
広告
残されたのは、古びたネームプレートだった。
のクリップが折れ、裏側に茶い染みを残したい名札。
それは、ただの名札ではなかった。
美緒が確かにこの世界にいた証だった。
織が最までし忘れた、たった1つのほころびだった。
そして、8の沈黙を破ったさな声でもあった。
加茂はその、再び表台にることはなかった。
退職に暮らしていたのの部で、静かな々に戻った。ある、千鶴からが届いた。
「美緒を見つけてくださって、ありがとうございました」
加茂はそのを読み終えると、机の引きしをけた。
黒革の帳を取りす。
最のページには、かつて自分がいた文が残っていた。
「苅田織。いつか必ず、もう1度会う」
加茂はそのに、ゆっくりとしい文をきした。
「苅田美緒、発見。2007、倉庫にて」
ペンを置くと、彼はく息を吐いた。
窓のでは、夕暮れのがの根を静かに染めていた。
病院の倉庫で見つかった1枚の古いネームプレート。
それは、偶然ではなかったのかもしれない。
誰にも見つけられず、誰にも聞こえず、コンクリートの壁ので眠り続けていた美緒が、最に残した声だったのかもしれない。
1999、スクラッチくじで5000万円を当てた護師姉妹。
その幸運は、姉妹のをるく照らすはずだった。
広告
けれど、そのは欲望と嫉妬を照らしし、やがて1の嫁を病院のへ沈めた。
8、古い名札が再びのにた、止まっていたはきした。
いスニーカー。
コンタクトレンズケース。
2分の器。
ダイヤの指輪。
のネックレス。
そして、胸に残されたネームプレート。
すべてはさな違だった。
だが、そのさな違を忘れなかったたちがいた。
叔母の千鶴。
元刑事の加茂。
病院の倉庫をけた施設管理の。
そして、万のに備えて封筒を残した美緒自。
真実は、すぐには届かなかった。
けれど、消えることもなかった。
いの、名札の裏に残ったさな染みが、ようやくをいた。
美緒はもう戻らない。
それでも、彼女がどこへ消えたのか。
なぜ帰れなかったのか。
誰がその未来を奪ったのか。
その答えだけは、8越しにへ戻ってきた。
葬儀の帰り、千鶴はい菊を1本だけに残していた。
夕方のが吹き、びらがわずかに揺れた。
「美緒、遅くなってごめんね」
千鶴はそう呟いた。
その声は、もう空へ向けたものではなかった。
腕のの骨壺へ、静かに届いていた。
そして、京のの空ので、8閉ざされていた物語は、ようやく終わりを迎えた。
広告
おすすめ作品
-
完結第14話
「死産」と告げた院長と20年目の出生記録
20年前、出産した娘を「死産でした」と告げられた私・佐藤しず子。しかし私は、麻酔の中で確かに聞いた産声を一度も忘れられなかった。 真実を確かめるため、私は清英産婦人科医院の清掃員として20年間働き続け、誰にも気づかれず院内の秘密を探ってきた。そんなある夜、若い看護師から「まだ間に合います。あなたの娘さん生きています」と書かれた紙を渡される。 やがて地下の保管庫へ忍び込んだ私は、自分の出産記録の隣に「佐藤女児――転送」と記された手帳を発見する。 さらにそこには複数の新生児と金銭の記録まで残されていた。娘を奪ったのは誰なのか。そして病院は20年間、何を隠してきたのか。見下され続けた“掃除婦”は、集めた証拠を手に院長・安藤剛と対峙する――。真相|修羅場2.1万字5 407 -
完結第11話
九時三十四分の地下鉄、消えた暴行犯
午前九時三十四分、地下鉄の車内で若い男が突如狂乱し、中年客の顔面を骨が軋むほど殴打した。床一面に飛び散る鮮血。だが、隣に座る同じ社章をつけた上司は、ただ口をあわあわと震わせ「腰を抜かして」座り込むだけだった。乗客たちと男を取り押さえ、駅員にすべてを通報した俺。しかし翌日、警察の発表も新聞の三面記事も、この凄惨な事件を「最初から存在しなかった」かのように完全に黙殺していた。なぜあの凄惨な暴力は一行も報道されず、駅の防犯カメラ映像すら消去されたのか。数年後、俺はある大手企業の役員名簿の中に、あの朝、冷たいホームの柱にすがってガタガタと震えていた「あの上司」の顔写真を見つけ、息を呑んだ――。ミステリー|真実1.6万字5 101 -
完結第15話
全盲の義母が言い当てた味噌汁の色
「お味噌、白味噌に変えたでしょう?」。11年前の事故で全盲になったはずの義母・かず子が、漆塗りの椀を抱えて微笑んだ。亡き実母への後悔から、365日欠かさず介護と手料理を捧げてきた嫁の私。だが翌朝、ゴミ袋の底から現れたのは、手つかずのまま無残に捨てられた私の料理と、1万8千円の銀座高級寿司やフレンチのデリバリーレシート30枚だった。夫は「お前の味付けが悪い」と冷笑し取り合わない。孤立無援の中、弁護士の助言を得た私はある罠を仕掛ける。そして勝手口の前で義母が放った「ある一言」で、11年間の嘘が音を立てて崩れ去る――。嫁姑|真相2.3万字5 3039 -
完結第25話
底辺受付嬢を見下す役員たちの誤算
父の会社は、最も信頼していた人間の裏切りによって無惨に食い物にされた。巨額の負債を背負い、絶望の中で病に倒れた父。私はその冷酷な真相を暴くため、ハーバード大の博士号を隠し、ただの「受付嬢」として敵の中枢である星空グループに潜入した。 誰からも見下され、理不尽な侮辱に耐え忍ぶこと3年。息を潜めて集めた証拠が示したのは、あまりにも残酷な真実だった。父を破産に追い込み、私から全てを奪った黒幕の正体は、父が家族のように慕っていた古参役員だったのだ。 「黒幕は役員会の中にいる」――私を守るため、父が命懸けで残してくれた最期のメッセージを知った時、胸の奥の悲しみは絶対的な冷酷さを持つ復讐の炎へと変わった。私の素性を知る新社長のハルトや、父の旧友たちと共に、私は決して逃れられない完璧な包囲網を密かに築き上げていく。 そして迎えた運命の役員会。全てを掌握したと信じ、私の前で勝ち誇る黒幕。だが彼はまだ知らない。無力な受付嬢だと思っていた私が、彼を社会的死の淵へと突き落とす致命的な罠を仕掛けていたことを。仮面を脱ぎ捨てた時、強欲な悪魔を地獄の底へと引きずり下ろす、容赦なき反撃が幕を開ける――。因果応報|真相|修羅場3.8万字5 1809 -
完結第21話
母がナイフで砕いた自分の名前
母の七十歳の祝いで、私は家族に尽くし続けた母に自分の人生を取り戻してほしい一心から、ケーキのプレートに書かれた夫の姓を削り落とし、母の旧姓を書き直した。これで母は喜んでくれるはずだった。しかし母は青ざめ、「誰が戻りたいなんて言ったの」と私を睨みつけると、ナイフを掴んで自分の名前を何度も突き刺し粉々に叩き割った。家族全員から責め立てられた私は、母の部屋で底面を無残に削り取られた大量の人形を見つける。怒り|兄弟姉妹|真相|親子関係|修羅場3.1万字5 137 -
完結第20話
偽りの仕送りと緑の通帳
専業主婦の佐藤真美は、長年にわたり傲慢な義母・君代から「無収入の居候」と見下され続けてきた。夫の減給により進学を断念し、誇りを持って介護職に就いた二十歳の娘・奈々までも、義母は「高卒の無能な孫」と親戚の前で嘲笑する。さらに君代は「長男の嫁・恭子を見習い、毎月十五万円を仕送りしろ」と理不尽な要求を突きつけてきた。耐えかねた真美が恭子に相談すると、長男一家の仕送りに隠された信じがたい事実が判明する。義母の言う通り「見習う」ことを決意した真美は、夫の浩一を巻き込み、スマートフォンに収めたATMの振込画面の写真と、タンスの上の空の茶封筒を使ったある計画を仕掛ける。だが、疑念を深めた義母が「緑の銀行通帳」を差し出し、記帳を命じたことで事態は急転する――。嫁姑|真相3.0万字5 721 -
完結第30話
一万八千円の伝票
病を克服し、身なりを隠して自らのホテルへ宿泊客として訪れたオーナー・佐藤かず子。亡き夫と四十年にわたり心血を注いできた老舗ホテルは、かつての温もりを失い、強欲な支配人・中村の私欲に侵されていた。 きっかけは、わずか千八百円の粗末な昼定食に突きつけられた「一万八千円」の法外な伝票。中村たちは気の弱そうな高齢客を狙って組織的なぼったくりを繰り返し、さらにはホテルそのものを外資系ファンドへ売り飛ばそうと目論んでいた。 無力な老婆と侮られ、嘲笑と脅迫を受けるかず子。だが彼女の手には、亡き夫の誇りである一本の「蒔絵万年筆」と、深夜に掴んだ決定的な「裏帳簿」の証拠があった。誇りを泥靴で踏みにじられた元女将の、静かなる大反撃が今、幕を開ける――。職場逆転|真相4.6万字5 6317 -
完結第19話
三十二人目の卒業写真
教職を退いた夜、三十年前に送り出した最初の教え子たちが開いてくれた送別会で、私は三十一人分の感謝の手紙を受け取った。だが自宅で数え直すと、名簿にない三十二通目の白い封筒が混ざっていた。便箋には「全員が卒業しました。私一人を残して」とだけ記されていた。翌日、私が困惑して生徒たちに当時の記憶を尋ねると、誰もが存在を否定し、深夜の受話器の向こうから「あの子のこと、墓場まで隠し通すつもりですか」昭和|ミステリー|因果応報|真相2.8万字5 176 -
完結第25話
一度も抱かれなかった娘
出産翌日に姿を消した妻の代わりに、私は男手一つで娘を育ててきた。「母親は抱っこも拒んで逃げた」と言い聞かせ続けて五年。カルテの保管期限が切れ、産院に呼び出された私の前に置かれたのは、妻が失踪直前に提出した母子同室申請書と一枚のガーゼだった。申請書の最下段には私の拒否印が押されており、持ち帰った鞄からこぼれ落ちた布を拾い上げた五歳の娘は、ピンクの刺繍を指でなぞりながら私を見上げた。夫婦|真相|行方不明|親子関係3.8万字5 142