"湖底の五本柱" 第16話
30、君たちが私の孫の命と引き換えに置いていった止めのだよ」
藤はその文で、息を止めた。
は続いた。
「私は度たりとも、このにをつけなかった。この汚れた切れが、いつか君たち全員を獄へ送るための切符になると信じていたからだ」
30。
その言葉を見た瞬、藤の記憶の底にあった古い未解決事案が浮かびがった。
鏡ダムの予備調査が始まった頃、で1の男の子が方になった事件があった。
茂蔵の孫、翔太。
当7歳だった。
では「で遊んでいるうちに神隠しに遭った」と噂され、警察も遭難として処理した。規模な捜索がわれたが、遺体は発見されなかった。やがてダム計画のに埋もれ、事件は忘れられていった。
だが、事実は違った。
のは、30の真相を淡々と暴いていった。
あの、翔太は調査両にはねられた。
運転していたのは、当25歳の測量士だった相馬賢。
まだ若く、現の判断を任されるには経験の浅い男だった。
相馬は狭いで調査両をらせていた。がりで面は滑りやすく、界も悪かった。そこへ、遊びにていた翔太がびした。
ブレーキはにわなかった。
はねばされ、をに打ちつけ、そのでかなくなった。
相馬はパニックになった。
広告
警察に通報しようとしたが、その、同していた建設関係者と若きの黒田剛作が現に駆けつけた。
黒田は当、県議になるの若力者だった。ダム建設をがかりに政界へがろうとしていた男である。
彼は相馬に言った。
「ここで事故が公になれば、ダム計画は終わる。君のも終わる」
相馬は何も言えなかった。
そして黒田は、元の荒事に通じていた田と佐藤を呼び寄せた。
2はまだ若く、建設現の請けとして銭を稼いでいた。のためなら危ないことも引き受けるとして、黒田に使われていた。
の遺体は持ちられた。
コンクリートの試験用ブロックのに隠され、に事関連資材として処理された。
茂蔵は、偶然その部始終を見ていた。
物から、声もせずに見ていたのだ。
孫の遺体が運ばれ、隠され、事故が「神隠し」に仕てげられていくのを。
通報しようにも、証拠はなかった。
の力者も、建設会社も、黒田も、すべてがダム計画を守る側にいた。の言葉は老の妄言として扱われ、やがて彼はのでも孤していった。
数、のに封筒が置かれた。
には1500万円が入っていた。
止めのだった。
はそれを受け取った。
だが、使わなかった。
彼は30、を隠し続けた。
そして、孫を奪った者たちがやがて自分から鏡に戻ってくるを待ち続けた。
広告
にはこうかれていた。
「私は30待った。孫が埋められたあのが、ダムの底に沈むそのを。君たちはダムを作るつもりだったろうが、私にとってあれは巨な墓標だ。私はこの計画に協力するふりをして、君たち全員を1か所へ集める会をうかがっていた」
藤は、を持つに汗が滲むのをじた。
の計画は単なる殺ではなかった。
彼は30の「隠す」という為を、逆に取ったのだ。
かつて孫の遺体をコンクリートに混ぜて隠した者たちを、今度は彼ら自が作りげたダムの部として埋め込もうとした。
黒田は、自の展望台のに埋めた。
はのでこういていた。
「黒田は名誉欲の塊だった。1番いところがよかろう」
田と佐藤は、に群がった。
だから「力」と「富」の柱として処理した。
寺は、建設会社から送り込まれた始末係だった。彼は若く、未来があった。だから「若」の柱になった。
そして相馬。
彼だけは殺さない。
の最には、相馬に対する残酷な宣告が記されていた。
「君は最の柱だ。きた柱だ。これから完成するダムの面を見つめながら、、自分が殺した子どものに怯えてきろ。そして世に真実を語り継ぐ語り部となれ。それが君の役割だ」
藤がを読み終えた、祠のは静まり返っていた。
誰もをけなかった。
1500万円は、今もここにあった。
広告
おすすめ作品
-
完結第11話
九時三十四分の地下鉄、消えた暴行犯
午前九時三十四分、地下鉄の車内で若い男が突如狂乱し、中年客の顔面を骨が軋むほど殴打した。床一面に飛び散る鮮血。だが、隣に座る同じ社章をつけた上司は、ただ口をあわあわと震わせ「腰を抜かして」座り込むだけだった。乗客たちと男を取り押さえ、駅員にすべてを通報した俺。しかし翌日、警察の発表も新聞の三面記事も、この凄惨な事件を「最初から存在しなかった」かのように完全に黙殺していた。なぜあの凄惨な暴力は一行も報道されず、駅の防犯カメラ映像すら消去されたのか。数年後、俺はある大手企業の役員名簿の中に、あの朝、冷たいホームの柱にすがってガタガタと震えていた「あの上司」の顔写真を見つけ、息を呑んだ――。ミステリー|真実1.6万字5 101 -
完結第16話
血染めの写真と三文字のSOS
夕方のコンビニの床に落ちていた一枚の写真。微笑む少女の横には、まだ乾ききっていない赤黒い生血がべっとりと付着していた。 裏返した瞬間、息が止まる。震える筆跡の住所と、指先の血で擦り付けられた『SOS』の三文字。 妻に捨てられ、八歳の息子と写真館を営む私には分かった。この血は付着して数分も経っていない――今すぐ行かなければ手遅れになる。 警察に通報し駆けつけた古い民家の階段下には、右足を骨折し倒れ伏す母親と、自らの手のひらを切り裂いた六歳の少女がいた。 「……だれ?」 母を庇い、血まみれの手で私を睨み据える少女の瞳が訴えていた、あまりに残酷な真相とは。親子関係|金銭問題2.4万字5 199 -
完結第20話
長女にだけ渡された鍵
父の四十九日。「お前が一番しっかりしている」と病床の父から金庫の鍵を託された長女の私は、弟と妹の前で鉄の扉を開けた。だが中にあった私の通帳は残高一万円で、二百八十万円あった預金は弟の名義で全額引き出されていた。問い詰める私に弟は「親父に頼まれた」と父の直筆の手紙を突きつけ、妹も父と交わした別の密約を叫び始める。そこへ男が現れ、父が実家を担保に借りた五百万円の借用書を突きつけてきた。裡切られた|兄弟姉妹|相続|金銭問題|修羅場3.0万字5 92 -
完結第25話
祖父が私に遺した最後の拒否権
亡くなった祖父の果園を三千二百万円で売却するため、東京で働く私は十年ぶりに実家へ呼び戻された。生活苦に喘ぐ父と妹の結婚資金のため、名義を持つ父は契約を急いでいたが、司法書士が出したのは「長孫である私の書面同意がなければ売却は無効」という祖父の遺言だった。早く終わらせようとペンを握った私は、ふと買い手企業がここを何にするつもりなのか尋ねた。山を削り大型トラックの夜間中継所にすると聞かされた瞬間、私は手元のペンを静かに机へと置いた。祖父母と孫|相続|親子関係|金銭問題3.7万字5 111 -
完結第19話
完璧な夫に給料を突き返した朝
毎月二十五日、夫は手取り四十五万円の給料を一円も引かずに私の口座へ振り込み、親戚の前で完璧な夫として称賛されている。だがその裏で、私は息子の塾代を払うために結婚五周年の指輪を買取店へ持ち込んでいた。固定費と夫のカード代だけで毎月赤字が続き、私の独身時代の貯金も底をついた。翌朝、いつも通り振り込まれた四十五万円の通知を見つめた私は、その全額をそのまま夫の口座へ送金し、スマートフォンの画面を伏せた。嫁姑|夫婦|金銭問題|修羅場2.9万字5 7822 -
完結第21話
優しい教室で震える息子
息子が突然学校に行けなくなり、担任は「いじめなどなくクラス全員に愛されている」と胸を張った。不審に思った私が息子のランドセルを調べると、底板の裏から三十七枚の給食費受領書が出てくる。我が家は困窮などしていないのに、三ヶ月間、生徒全員が日替わりで息子の昼食代を立て替えていた。私が学校へ確かめに行こうとした瞬間、息子は「言わないで」と叫んで床に泣き崩れ、その紙片を必死に胸へ抱え込んだ。怒り|裡の顔|親子関係|金銭問題3.2万字5 6057 -
完結第15話
五人の元彼と三万一千円
結婚式当日の朝、ホテルのフロントに差出人不明の現金書留が五通届いた。中身はすべて、三万一千四百八十円という奇妙な端数のご祝儀だった。面識のない私の歴代の元彼五人からだと気づき、私は血の気を引かせて金庫への保管を頼み込む。だが、不審に思った夫が私の手提げから抜き取ったのは、三週間前に私がその五人へ同額を送金した明細だった。親族紹介まであと十五分、夫は控え室の鍵を閉め、冷たい目で私を見下ろした。夫婦|裡の顔|金銭問題|修羅場2.2万字5 166 -
完結第19話
三十二人目の卒業写真
教職を退いた夜、三十年前に送り出した最初の教え子たちが開いてくれた送別会で、私は三十一人分の感謝の手紙を受け取った。だが自宅で数え直すと、名簿にない三十二通目の白い封筒が混ざっていた。便箋には「全員が卒業しました。私一人を残して」とだけ記されていた。翌日、私が困惑して生徒たちに当時の記憶を尋ねると、誰もが存在を否定し、深夜の受話器の向こうから「あの子のこと、墓場まで隠し通すつもりですか」昭和|ミステリー|因果応報|真相2.8万字5 176 -
完結第25話
一度も抱かれなかった娘
出産翌日に姿を消した妻の代わりに、私は男手一つで娘を育ててきた。「母親は抱っこも拒んで逃げた」と言い聞かせ続けて五年。カルテの保管期限が切れ、産院に呼び出された私の前に置かれたのは、妻が失踪直前に提出した母子同室申請書と一枚のガーゼだった。申請書の最下段には私の拒否印が押されており、持ち帰った鞄からこぼれ落ちた布を拾い上げた五歳の娘は、ピンクの刺繍を指でなぞりながら私を見上げた。夫婦|真相|行方不明|親子関係3.8万字5 142 -
完結第21話
十年前に死んでいた夫
病に倒れた夫を十三年間看取り、質素な火葬を終えた私は、医療記録の精算のため大久保総合病院の窓口へ向かった。だが職員から告げられたのは、データベースに夫の名はなく、提示した診察券は十年前に死亡した二十代の別人の番号だという宣告だった。半乱心で戻ったアパートを捜索するも、夫名義の保険証も免許証も通帳すら一枚も見当たらない。十三年間私の隣で息をしていた男の痕跡が、この世のどこにも存在しない現実に立ち尽くした。ミステリー|夫婦|介護|修羅場3.1万字5 2982