"夫の顔と20年目の罪" 第6話
ゆっくりけてください」
恐る恐る、私は瞼をけた。
最初はいだけだった。
次第に輪郭が浮かびがる。
井。
壁。
カーテン。
窓。
私の目に、世界が戻ってきた。
「……見える」
声が震えた。
私はゆっくり周囲を見回した。
まるでホテルのようにえられた病だった。を基調とした清潔な空。窓から差し込む。サイドテーブルに置かれた。
そして、隣につ女性の顔。
しをねた、けれど優しい目をした。
「幸恵さん……」
私は涙を浮かべた。
「見える。幸恵さん、なんだか雰囲気が変わった」
幸恵さんは目元を押さえながら笑った。
「20も経っているんですよ。当たりじゃないですか」
私たちは泣き笑いしながら見つめった。
その、背から声がした。
「はるか。やっと見えるんだね」
私は胸を鳴らせて振り返った。
そこにいるのは、最の夫。
そのはずだった。
けれど。
私はその男性を見た瞬、全が凍りついた。
見らぬ男が、微笑んでいた。
「……あなたは誰?」
病の空気が止まった。
男はし眉をげた。
「何を言ってるんだよ。夫の真だよ」
私は首を横に振った。
違う。
このじゃない。
顔を初めて見るのに、なぜそこまで分かるのかと聞かれても、私には分かるとしか言えなかった。
声は似ている。
背丈もいのかもしれない。
けれど違う。
体温が違う。
気配が違う。
呼吸の仕方が違う。
広告
私がしたは、このではない。
「うそ。あなたは夫じゃないわね」
私は震える声で言った。
「幸恵さん、真さんはどこ?」
幸恵さんは困惑したように私を見た。
「お嬢様、何をおっしゃっているのですか。この方はあなたの夫の桜田真様ですよ」
「違う」
「ほら、名札をご覧くださいませ」
促されて男の胸元を見ると、そこには確かに「桜田真」とかれた名札があった。
けれど、そんなものは何の証拠にもならない。
「うそ。あなたは夫じゃないわ」
男は苦笑いを浮かべ、私にづいてきた。
「はるか。君は俺の顔を初めて見たんじゃないか? それなのに俺が夫じゃないって、どうしてそこまで言い切るんだよ」
私はずさった。
「信じられないなら、この病院のに聞いたっていいんだよ。俺は違いなく桜田真なんだから」
笑顔で寄ってくる男を見て、恐怖で体が震えた。
その、私はあることをいついた。
「真さん」
私は喉の震えを抑えて尋ねた。
「ガーベラの言葉って、何ですか?」
男は瞬だけ表を止めた。
そして、すぐに肩をすくめた。
「ああ、らないな」
その答えを聞いた瞬、私ので確信が固まった。
「やっぱり、あなたは夫じゃないわ」
私はい調で言った。
「私に寄らないで」
男は面倒くさそうに舌打ちした。
そして何も言わず、病をてった。
私はその、パニック障害だと言われ、入院を延することになった。
広告
みんなひどすぎる。
いくら私が盲目だったからって、馬鹿にしすぎだ。
が相をじる報は、目に見えるものだけではない。
声。
体温。
匂い。
のきさ。
触れ方。
沈黙の。
はくの報を吸収して、相を認識している。
そもそも、夫を名乗る男の声は似ているだけで、やはり違う。
し考えればばれるような嘘を、なぜ全員でつき続けるのだろう。
幸恵さんまで、なぜ彼を夫だと言い張るのだろう。
その夜、私は眠れなかった。
胸のに、疑問と恐怖が渦巻いていた。
そしてある晩、夜に当たりたくて病を抜けした私は、廊の先でかりが漏れている部に気づいた。
づくと、義母と真を名乗る男の話し声が聞こえた。
「あの女、面倒くせえ。目の術なんかやらなきゃよかったのに」
男の声に、私は息を止めた。
義母がい声で答えた。
「それが、あの子と結婚するに、あの子の叔父が条件に入れてきたのよ。くなった父親の遺言だったらしいわ」
「持参なんかに目がくらむから、俺がお荷物を引き受ける羽目になったんだぞ。いっそ術が失敗してくれりゃよかったのに」
私は元を押さえた。
「浩司のやつ、必にやりやがってさ。面倒くさいから、どっか消えてくれないかな」
その会話は、あまりにも残酷だった。
持参。
お荷物。
失敗すればよかった。
言葉がのでぐるぐる回った。
私はふらふらと廊を歩いた。
気づけば、にていた。
広告
おすすめ作品
-
完結第26話
特上寿司と、消えた妻の半年
3月31日22時、激務を終えて帰宅した私の席にあったのは、冷え切った白米一杯だけだった。目の前で1万8900円の特上寿司を頬張る夫と義母は、「反省したらおかずをあげる」と大笑いする。家計の大半を私が支えているにもかかわらず、9ヶ月間も「罰」として食事を奪われ、夫は横で嘲笑っていた。だが二人は知らない。私が半年かけて集めた出前明細の履歴と、義母が隠し持っていた一枚の申告書の存在を。「じゃあ、外で食べてきます」――二度と振り返らずにドアを閉めた夜、経理の私が仕掛けた冷徹な清算が幕を開ける。嫁姑|夫婦4.0万字5 448 -
完結第34話
妻の葬儀の夜、義母が外した指輪と娘の写真
妻・美保の葬儀が終わった夜、修二の結婚指輪を外したのは、亡き妻の母・麗子だった。「もう美保に隠す必要はないでしょう」と唇を寄せたその瞬間、娘・咲から1枚の写真が届く。そこには半年前の病院で抱き合う修二と麗子、そしてガラス越しに2人を見つめる病衣姿の美保が写っていた。 闘病中の妻を支える献身的な夫を演じながら、修二はいつしか自分の弱さを理解してくれる義母へ逃げ込み、越えてはならない境界を越えていた。しかも麗子は「美保も知っていた」「私がいなくなったら修二さんを1人にしないでと頼まれた」と主張し、その証拠となる録音まであるという。 だが翌朝、咲が告げたのは「お母さんの声を最後まで聞いて」という一言。 亡き妻が本当に残した言葉を前に、2人が都合よく信じてきた“許し”が崩れ始める――。夫婦|修羅場5.1万字5 612 -
完結第14話
「死産」と告げた院長と20年目の出生記録
20年前、出産した娘を「死産でした」と告げられた私・佐藤しず子。しかし私は、麻酔の中で確かに聞いた産声を一度も忘れられなかった。 真実を確かめるため、私は清英産婦人科医院の清掃員として20年間働き続け、誰にも気づかれず院内の秘密を探ってきた。そんなある夜、若い看護師から「まだ間に合います。あなたの娘さん生きています」と書かれた紙を渡される。 やがて地下の保管庫へ忍び込んだ私は、自分の出産記録の隣に「佐藤女児――転送」と記された手帳を発見する。 さらにそこには複数の新生児と金銭の記録まで残されていた。娘を奪ったのは誰なのか。そして病院は20年間、何を隠してきたのか。見下され続けた“掃除婦”は、集めた証拠を手に院長・安藤剛と対峙する――。真相|修羅場2.1万字5 407 -
完結第15話
全盲の義母が言い当てた味噌汁の色
「お味噌、白味噌に変えたでしょう?」。11年前の事故で全盲になったはずの義母・かず子が、漆塗りの椀を抱えて微笑んだ。亡き実母への後悔から、365日欠かさず介護と手料理を捧げてきた嫁の私。だが翌朝、ゴミ袋の底から現れたのは、手つかずのまま無残に捨てられた私の料理と、1万8千円の銀座高級寿司やフレンチのデリバリーレシート30枚だった。夫は「お前の味付けが悪い」と冷笑し取り合わない。孤立無援の中、弁護士の助言を得た私はある罠を仕掛ける。そして勝手口の前で義母が放った「ある一言」で、11年間の嘘が音を立てて崩れ去る――。嫁姑|真相2.3万字5 3039 -
完結第22話
夜勤の救急外来に運ばれた夫と義姉
深夜2時、救急外来で夜勤中の看護師・佐藤み咲のもとへ、交通事故で重傷を負った男女2人が搬送されてきた。シーツの下にいたのは、夫・拓也と義姉・麗子。しかも2人は、決して「姉弟愛」では説明できない姿で倒れていた。 み咲は5年間、看護師という仕事を見下す夫と、「子供も産めない」と侮辱する麗子、その2人を庇い続ける義母・里子に耐えてきた。 それでも彼女は感情を捨て、看護師として2人の命を救うことを選ぶ。 だが、惨状を目にした義母まで「全部あなたのせい」とみ咲を罵倒した瞬間、最後の迷いは消えた。 何年も残してきた暴言の記録と証拠を武器に、奪われ続けた人生を取り戻す反撃が静かに始まる――。夫婦|修羅場|不倫3.3万字5 2848 -
完結第25話
底辺受付嬢を見下す役員たちの誤算
父の会社は、最も信頼していた人間の裏切りによって無惨に食い物にされた。巨額の負債を背負い、絶望の中で病に倒れた父。私はその冷酷な真相を暴くため、ハーバード大の博士号を隠し、ただの「受付嬢」として敵の中枢である星空グループに潜入した。 誰からも見下され、理不尽な侮辱に耐え忍ぶこと3年。息を潜めて集めた証拠が示したのは、あまりにも残酷な真実だった。父を破産に追い込み、私から全てを奪った黒幕の正体は、父が家族のように慕っていた古参役員だったのだ。 「黒幕は役員会の中にいる」――私を守るため、父が命懸けで残してくれた最期のメッセージを知った時、胸の奥の悲しみは絶対的な冷酷さを持つ復讐の炎へと変わった。私の素性を知る新社長のハルトや、父の旧友たちと共に、私は決して逃れられない完璧な包囲網を密かに築き上げていく。 そして迎えた運命の役員会。全てを掌握したと信じ、私の前で勝ち誇る黒幕。だが彼はまだ知らない。無力な受付嬢だと思っていた私が、彼を社会的死の淵へと突き落とす致命的な罠を仕掛けていたことを。仮面を脱ぎ捨てた時、強欲な悪魔を地獄の底へと引きずり下ろす、容赦なき反撃が幕を開ける――。因果応報|真相|修羅場3.8万字5 1809 -
完結第15話
不当解雇された高卒技術者の特許逆転劇
精密機械メーカーの技術者・中村誠は、高卒叩き上げであることを理由に、名門大卒のエリート上司・北川部長から「掃除とオイル交換しかできない無能な雑用係」と見下されていた。ある日、大口顧客向けの製品に二百個超の大量不良が発生。北川は自らの設定ミスを隠蔽し、誠を犯人に仕立て上げて責任を押し付ける。深夜に真相を暴くアクセスログのUSBメモリーを確保した誠だったが、直後に車に撥ねられ全治三ヶ月の重傷を負ってしまう。病室から連絡を入れると、北川は「好都合だ、クビにしておく」と嘲笑し電話を切った。だが誠が病室のベッドから特許庁へ出願した一枚の技術書類と、彼が去って完全沈黙した工場の製造ラインが、欺瞞に満ちた組織に前代未聞の崩壊をもたらす――。職場逆転|人生逆転2.5万字5 430 -
完結第14話
高卒エースを掃除係に落とした無能社長
大手玩具メーカーの営業エース・篠田零司は、高卒叩き上げながら十二年間にわたりトップの成績を維持してきた。だが、恩師である先代の矢吹会長が病で倒れ、新社長に就任した倉島哲也から全社報告会で突如「先月の達成率は三十パーセント、部内最下位のお荷物だ」と虚偽の数字で公開処刑される。強烈な学歴コンプレックスと嫉妬を燃やす倉島は、篠田を社長室の雑用係へと追いやったばかりか、彼が一年かけて心血を注いだ総額百億円の大型独占契約を故意に破談へ追い込む暴挙に出る。しかし、篠田の手元には「確定売上高一億四千二百万円」を証明する売上管理ファイルの原本が存在していた。理不尽の極みの中で静かに退職届を差し出した篠田。だが、現場の異変を察知した車椅子の矢吹会長が立ち上がり、握りつぶされた証拠が暴かれたとき、欺瞞に満ちた社長室に前代未聞の鉄槌が下される――。職場逆転|人生逆転2.9万字5 208 -
完結第14話
月二十五万を貪る偽装役員一家の転落
外資系コンサルティングファームで働く小笠原萌子は、お見合いで大手企業勤務のエリート・東野広夢と結婚した。しかし新婚早々、夫の経歴が全て嘘で、定職すら就いていない無職だと発覚する。さらに広夢は「大企業の役員に抜擢された」と両親に大嘘を吹き込み、見栄を張る義父母は都心のタワマン家賃二十五万円や、百万円の旅行代を萌子の給料から平然と搾取し始めた。夫の度重なる深夜帰宅に不審を抱いた萌子が財布を探ると、そこには見知らぬ甘い香りと、黒地に金箔押しされた高級シティホテルの会員カードが。探偵の分厚い報告書によって夫のキャバクラ通いと裏切りが露呈したとき、萌子は離婚を決意する。だが、金の蛇口を止められた元夫と義家族の強欲は暴走し、SNSでの悪質なデマ拡散、そして新居への土足侵入へとエスカレートしていく。すべてを奪おうとする寄生虫たちに、萌子が下す冷徹な鉄槌とは――。嫁姑|夫婦2.4万字5 695 -
完結第11話
「子どもを産めない」と捨てられた妻の逆転
結婚前は優しく誠実だった夫・誠。 しかし結婚後、彼の本性は少しずつ姿を現していった。 子どもを望めない妻を「役立たず」と罵り、家では暴言を浴びせながら、自分は若い女性との時間を楽しむ。 かな子は「自分が悪いのだ」と耐え続け、愛した人との生活を守ろうとしていた。 だが、ある夜、夫の裏切りを示す決定的な証拠を見つける。 そして離婚を決意したかな子のもとに、長年知らされていなかった父からの連絡が届く。 そこで明かされたのは、彼女自身も知らなかった巨大な財産と、人生をやり直すための力だった。 すべてを失ったと思っていた妻が、実は何も持たない弱者ではなかったと知った時――。 誠の傲慢な要求と、隠されていた真実が次々と崩れ始める。 愛だと信じた結婚の終わりから、かな子の本当の人生が始まる。夫婦|第二の人生|不倫1.6万字5 397