"藤蔵は二度生きた" 第4話
祖母が孫の肩にを置くと、勝郎はさく息を吸った。
そして、かつて藤蔵として暮らしたというの戸を、ゆっくりと叩いた。
戸を叩く音に気づき、のから女性が姿を現した。つやは孫を連れて突然訪ねてきたことを詫び、ここが久兵とおしづのだったかと尋ねた。
女性の表が変わった。
「私は、おしづですが」
その名を聞いた瞬、勝郎は祖母のろから顔をした。女性の顔をじっと見つめると、懐かしさを抑えられなくなったように、数歩へんだ。
「母ちゃん」
勝郎のからこぼれた言葉に、おしづは体を固くした。目のにいるのは見らぬのであり、自分を母と呼ぶ理由など分からなかった。
つやは事を説した。野にむ8歳の孫が、自分は以このの藤蔵だったと語っていること、久兵や半郎の名、6歳で疱瘡にかかったことまでっていたことを、順を追って話した。
話を聞くうちに、おしづの顔から血の気が引いていった。にいた藤蔵の妹もくへ寄り、勝郎の顔を確かめるように見つめた。
「藤蔵に似ている……」
誰かがさく呟いた。
おしづは震えるを伸ばし、勝郎の頬へ触れた。目元や元だけでなく、相を見げるの表まで、幼くしてくなった藤蔵をわせた。
勝郎も、おしづの顔を見ながら泣き始めた。
広告
自分の声が届かなかった葬儀のとは違い、今度は母親が目のにいて、自分のを握ってくれていた。
「母ちゃん、あのずっと泣いていたね」
おしづは返事をすることができず、勝郎を抱き寄せた。藤蔵がくなってから胸の奥に閉じ込めてきたしみが、度にあふれしたように涙を流した。
の者たちは、勝郎にいくつかのことを尋ねた。のに何があったか、藤蔵がどこで遊んでいたか、の周囲が以どのような様子だったかを確かめたのである。
勝郎は部を見回しながら、かつて置かれていた物や、族しからない来事を語った。初めて訪れたとはえないほど自然に、の奥や裏の様子を言い当てていった。
の向かいには煙があり、そのにはがっていた。勝郎は窓のを見た、議そうに首を傾げた。
「あそこに、はなんかなかったよ」
おしづたちは驚いた。勝郎が藤蔵として暮らしていた頃、確かに煙のにそのはなく、藤蔵がくなったに植えられたものだったからである。
勝郎はさらに、藤蔵が遊びに使っていた刀の話を始めた。叱られないように桑畑のへ隠し、そのまま取りにけなくなったという。
半信半疑のまま、の者たちは勝郎が示した桑畑へ向かった。
広告
勝郎は畑の端から何歩かみ、の角を指さした。
「この辺りに隠した」
がを掘り返すと、しばらくしてさな属の先が現れた。に汚れた刀を拾いげた者は、声もせず勝郎を見つめた。
その刀は、藤蔵がに使っていたものと考えられた。勝郎が誰かから所を聞いていたとは考えにくく、偶然にしてはあまりにも来すぎていた。
そののうちに、見らぬが藤蔵のへ戻ってきたという話は程久保に広まった。たちはの周りに集まり、勝郎の顔を見ようとした。
勝郎はたちの線に戸惑い、祖母のそばをれようとしなかった。それでも質問されると、藤蔵として暮らしていた頃のことをしずつ答えた。
野へ帰るになると、おしづは勝郎のをなかなか放せなかった。勝郎も何度も振り返り、からが見えなくなるまで、かつての母親の姿を見つめ続けた。
そのも勝郎は程久保を訪れ、藤蔵の族と交流した。たちは、程久保の記憶を語る議なを、いつしか「ほどくぼ僧」と呼ぶようになった。
勝郎の話は、もはや族だけの秘密ではなかった。を越え、を越え、々のからへ伝わり、やがて戸にむ分のい者たちのにも届くことになる。
勝郎の噂をにした者のに、因幡国若桜藩の藩主を務めた池田冠がいた。文としてもられていた冠は、学問や議な来事にい関を持っていた。
広告
おすすめ作品
-
完結第11話
九時三十四分の地下鉄、消えた暴行犯
午前九時三十四分、地下鉄の車内で若い男が突如狂乱し、中年客の顔面を骨が軋むほど殴打した。床一面に飛び散る鮮血。だが、隣に座る同じ社章をつけた上司は、ただ口をあわあわと震わせ「腰を抜かして」座り込むだけだった。乗客たちと男を取り押さえ、駅員にすべてを通報した俺。しかし翌日、警察の発表も新聞の三面記事も、この凄惨な事件を「最初から存在しなかった」かのように完全に黙殺していた。なぜあの凄惨な暴力は一行も報道されず、駅の防犯カメラ映像すら消去されたのか。数年後、俺はある大手企業の役員名簿の中に、あの朝、冷たいホームの柱にすがってガタガタと震えていた「あの上司」の顔写真を見つけ、息を呑んだ――。ミステリー|真実1.6万字5 101 -
完結第15話
不当解雇された高卒技術者の特許逆転劇
精密機械メーカーの技術者・中村誠は、高卒叩き上げであることを理由に、名門大卒のエリート上司・北川部長から「掃除とオイル交換しかできない無能な雑用係」と見下されていた。ある日、大口顧客向けの製品に二百個超の大量不良が発生。北川は自らの設定ミスを隠蔽し、誠を犯人に仕立て上げて責任を押し付ける。深夜に真相を暴くアクセスログのUSBメモリーを確保した誠だったが、直後に車に撥ねられ全治三ヶ月の重傷を負ってしまう。病室から連絡を入れると、北川は「好都合だ、クビにしておく」と嘲笑し電話を切った。だが誠が病室のベッドから特許庁へ出願した一枚の技術書類と、彼が去って完全沈黙した工場の製造ラインが、欺瞞に満ちた組織に前代未聞の崩壊をもたらす――。職場逆転|人生逆転2.5万字5 430 -
完結第14話
高卒エースを掃除係に落とした無能社長
大手玩具メーカーの営業エース・篠田零司は、高卒叩き上げながら十二年間にわたりトップの成績を維持してきた。だが、恩師である先代の矢吹会長が病で倒れ、新社長に就任した倉島哲也から全社報告会で突如「先月の達成率は三十パーセント、部内最下位のお荷物だ」と虚偽の数字で公開処刑される。強烈な学歴コンプレックスと嫉妬を燃やす倉島は、篠田を社長室の雑用係へと追いやったばかりか、彼が一年かけて心血を注いだ総額百億円の大型独占契約を故意に破談へ追い込む暴挙に出る。しかし、篠田の手元には「確定売上高一億四千二百万円」を証明する売上管理ファイルの原本が存在していた。理不尽の極みの中で静かに退職届を差し出した篠田。だが、現場の異変を察知した車椅子の矢吹会長が立ち上がり、握りつぶされた証拠が暴かれたとき、欺瞞に満ちた社長室に前代未聞の鉄槌が下される――。職場逆転|人生逆転2.9万字5 208 -
完結第24話
目覚めた部下にクビを問われた
地方旅館の火災で客を救い出し重傷を負った部下が目を覚ました。だが彼女の記憶は直近の二年分が抜け落ち、着任初日の私が冷酷に解雇を迫った日のまま止まっていた。会社は避難扉が開かなかった責任を彼女の記憶喪失に乗じて背負わせようと、退職金の支払いを口実に過失を認める書類への署名を病室で迫る。何も思い出せない部下は震える手でペンを握り、かつて自分を追い詰めたはずの私を怯えた目で見つめた。職場逆転|真実|裡の顔|修羅場3.7万字5 691 -
完結第20話
教室の最後列に座る元教員
定年退職した元教員の私は、一度も教えたことのない男子生徒の保護者会に、身元を偽って六年間通い続けていた。教室の最後列から見つめる先には、油まみれの作業着を着た父親が座っている。受付簿の不審な記録に気づいた校長から昇降口で問い詰められた帰り道、桜が散る坂道でその父親が私の前に立ちふさがった。二十四年前の元教え子だったその男は、振り返りもせず、私の背中に向けて「あの席、あと何年座るつもりですか」と低く告げ怒り|真実|親子関係|修羅場3.1万字5 122 -
完結第23話
締め出された新社長
父から印刷会社を継ぎ、代表取締役として誰よりも早く出社した初日の朝、私のカードキーだけが赤く点滅して通用口が開かなかった。清掃員や入社三カ月の新人、配送トラックが次々と通過していく中、古参の会計は「先代の指示で権限を削除した」と告げる。社内では判断を下せる者がおらず、営業と現場の怒号が響き合い、輪転機が完全に停止した。私は閉ざされたガラス扉の脇にパイプ椅子を置き、冷たい缶コーヒーを握りしめた。職場逆転|人生逆転|怒り|親子関係|修羅場3.5万字5 216 -
完結第23話
十八年ぶりの切符「次は三人で来い」
「二度と敷居を跨ぐな」――十八年前、父・源蔵の激しい怒声を背に村を飛び出した美雪。母の葬儀すら拒絶し、東京で夫の高一、息子の蒼太と平穏な家庭を築きながらも、心の奥に深い罪悪感を抱え続けていた。 ある秋の日、頑固一徹だった父が倒れたとの報せが届く。恐る恐る帰郷した美雪を迎えたのは、小さく老いさらばえた父の姿だった。互いに素直になれぬまま病室で交わしたわずかな言葉。だが、生家から持ち帰らされた重い桐箱と古いボストンバッグを開けた瞬間、美雪の息は止まる。 そこには、出金記録ゼロのまま膨れ上がった美雪名義の通帳と、十三年前の日付が記された「高一君へ」という父の手紙が眠っていた。父が十八年間隠し通してきた、想像を絶する真実とは――。真実|修羅場3.5万字5 1026 -
完結第18話
ゴミ箱の隣に座る学年一位
学年1位を守り続けてきた娘が、二学期に入ると突然一番後ろの席に移動させられ、学級委員長も外された。何か処分を受けたのかと学校へ詰め寄る私に、娘は「この席でいいの」とだけ言い、何も説明しようとしない。納得できないまま迎えた参観日、教室の後ろに立つ私は、娘の隣にぽつんと置かれた空っぽの机に気づいた。誰の席なのかと問い詰める私に、担任は教室の隅を見つめ、「娘さんが残してくれと頼んできたんです」と静かに告げた。怒り|真実|孤獨|親子関係|修羅場2.8万字5 161 -
完結第17話
何番まで落ちたら離婚するの
三年連続で学年一位を取り続ける十二歳の息子。深夜まで勉強に付き添う私と、追い詰めるなと制する夫は、外食先でも教育方針を巡って激しく口論していた。沈黙していた息子は突然、「僕が何番まで落ちたら二人は離婚するの」と冷たく言い放ち、鞄から直近三回分のテスト用紙を取り出した。そこに並んでいたのは、最難関の応用問題だけが解かれ、一番簡単な基礎計算だけを全て意図的に間違えた、信じがたい異様な答案だった。夫婦|真実|親子関係|修羅場2.6万字5 621 -
完結第23話
父の逝った夜の車
父が亡くなって十八年、独身の伯父は私達三兄妹を支え続け、兄の就職も姉の結婚資金も工面してくれた。家族全員が恩人と慕う中、末っ子の私だけが幼い頃から伯父と二人きりを拒み、性格のせいだと呆れられていた。二十八歳のある日、会食の席で伯父が私の椅子を引いてくれた瞬間、鍵のかかっていた記憶が甦る。十八年前の嵐の深夜、泥まみれの母が一度だけ家に戻った時、街灯もない門前の暗闇で消灯したまま待っていたのは、伯父の車だった。兄弟姉妹|真実|親子関係|修羅場3.4万字5 991