"8年目の遺失物" 第3話
通話を終えた誠は、受話器を置いたまましばらくかなかった。顔が目に見えて変わり、何かに追い詰められているようだったと鈴は振り返った。
鈴は話料の精算を担当していたため、通話先の番号を控えていた。その番号は誠の携帯話でも、裕子の実でもなかった。
渡辺が照会すると、県内の固定話であることが分かった。契約者の名は本美紀、30歳。誠と同じ故郷ので、代の同級だった。
渡辺が話をかけると、美紀は裕子の失踪について尋ねられても、しばらく何も答えなかった。受話器の向こうに浅い呼吸音だけが続いた、ようやく静かな声が返ってきた。
「っています。裕子さんのニュースは見ました」
美紀は、誠とは卒業も々連絡を取りっていたと説した。お盆休みの直にも誠から話があり、最とてもつらい、どうすればいいか分からないと相談されたという。
「私は話を聞いただけです。それ以のことはありません」
美紀の声は落ち着いていたが、渡辺には引っかかる点があった。彼女は誠の妻を、名字ではなく自然に「裕子さん」と呼んでいた。
渡辺が個な面識を尋ねると、美紀の声がわずかに揺れた。
「結婚式で何度か会いました。それだけです」
渡辺はそのさな変化を聞き逃さなかったが、話だけでそれ以追及することはできなかった。
広告
美紀と誠の関係を調べようとした矢先、裕子の兄である岡田が警察署を訪れた。
は32歳のタクシー運転で、無だがのい物だった。席に着くなり、持参したファイルを机のへ置いた。
にはきのメモと、数枚の写真が収められていた。
「私なりに調べました。誠は何かを隠しています」
が調べたところ、誠が京へ戻ったと話している夜、彼のが県の実くにあるで、2以していたという。
目撃したのは、畑仕事を終えて帰宅する途だった田郎という民だった。誠のは帰省のたびに見ていたため、違えるはずがないと証言した。
のライトは消え、エンジンも止まっていた。内には誰もいなかったという。
富士川サービスエリアから京へ向かうのであれば、そのを通る必はなかった。誠が警察へ説していたとは、らかに致しない経だった。
渡辺は誠を再び呼びした。にを止めた理由を尋ねると、誠は目を閉じ、額へを当てたで答えた。
「しに当たりたかったんです。が痛かったので、を止めました」
「2もですか」
渡辺が問い返すと、誠は線をげなかった。
「正確なは覚えていません。それだけです」
目撃証言だけでは、誠の柄を拘束することはできなかった。
広告
の位置を記録する装置もなく、携帯話の位置報も現ほど正確に追跡できない代だった。
捜査が再び壁にぶつかろうとしていたの夕方、富士川サービスエリアの売で働いていた子から、1本の話が入った。
子は45歳で、連休も休まず勤務していた。ニュースで裕子の写真を見てから、あの夜の景が何度もに浮かび、警察へらせることにしたという。
「あのの午8半頃、トイレの方へ歩いていく若い女性を見ました。写真のによく似ていたといます」
渡辺はすぐにサービスエリアへ向かい、売の奥で子から話を聞いた。
「女性は1でしたか」
子はゆっくりと首を横に振った。
「隣に男のがいました。2で並んで歩いていました」
裕子らしい女性は、ベージュのバッグを持ち、俯きながら歩いていた。隣の男が何か話しかけていたものの、女性はほとんど返事をしていないように見えたという。
子は、夫婦喧嘩をしているのだとい、そのは特に気に留めなかった。連休のサービスエリアでは、険しい顔で歩く夫婦や恋も珍しくなかったからである。
渡辺が男性の特徴を尋ねると、子は記憶をたどるように目を閉じた。
「背はくありませんでした。ジャンパーを着て、子をかぶっていました。
ただ、失踪した女性のご主とは違う気がします」
広告
おすすめ作品
-
完結第21話
日本一情の深い父の裏の顔
妹がサービスエリアで姿を消して5年。全国を巡り「日本一情の深い父親」と称賛される父から、私は古いワゴン車を譲り受けた。だが車内の清掃中、妹の指定席だったシートベルトが事故の衝撃で「4センチ」伸びきっているのを発見する。さらに奥底から見つかったのは、刃物で切断された妹の防犯ブザーだった。父に問いただすと、かつてない冷酷な声で「今すぐ車を処分しろ」と脅され――。私は父の狂気と真実を暴くため、ある決断を下す。ミステリー|裡の顔|真相|行方不明3.1万字5 75 -
完結第11話
九時三十四分の地下鉄、消えた暴行犯
午前九時三十四分、地下鉄の車内で若い男が突如狂乱し、中年客の顔面を骨が軋むほど殴打した。床一面に飛び散る鮮血。だが、隣に座る同じ社章をつけた上司は、ただ口をあわあわと震わせ「腰を抜かして」座り込むだけだった。乗客たちと男を取り押さえ、駅員にすべてを通報した俺。しかし翌日、警察の発表も新聞の三面記事も、この凄惨な事件を「最初から存在しなかった」かのように完全に黙殺していた。なぜあの凄惨な暴力は一行も報道されず、駅の防犯カメラ映像すら消去されたのか。数年後、俺はある大手企業の役員名簿の中に、あの朝、冷たいホームの柱にすがってガタガタと震えていた「あの上司」の顔写真を見つけ、息を呑んだ――。ミステリー|真実1.6万字5 101 -
完結第19話
三十二人目の卒業写真
教職を退いた夜、三十年前に送り出した最初の教え子たちが開いてくれた送別会で、私は三十一人分の感謝の手紙を受け取った。だが自宅で数え直すと、名簿にない三十二通目の白い封筒が混ざっていた。便箋には「全員が卒業しました。私一人を残して」とだけ記されていた。翌日、私が困惑して生徒たちに当時の記憶を尋ねると、誰もが存在を否定し、深夜の受話器の向こうから「あの子のこと、墓場まで隠し通すつもりですか」昭和|ミステリー|因果応報|真相2.8万字5 176 -
完結第25話
一度も抱かれなかった娘
出産翌日に姿を消した妻の代わりに、私は男手一つで娘を育ててきた。「母親は抱っこも拒んで逃げた」と言い聞かせ続けて五年。カルテの保管期限が切れ、産院に呼び出された私の前に置かれたのは、妻が失踪直前に提出した母子同室申請書と一枚のガーゼだった。申請書の最下段には私の拒否印が押されており、持ち帰った鞄からこぼれ落ちた布を拾い上げた五歳の娘は、ピンクの刺繍を指でなぞりながら私を見上げた。夫婦|真相|行方不明|親子関係3.8万字5 142 -
完結第21話
十年前に死んでいた夫
病に倒れた夫を十三年間看取り、質素な火葬を終えた私は、医療記録の精算のため大久保総合病院の窓口へ向かった。だが職員から告げられたのは、データベースに夫の名はなく、提示した診察券は十年前に死亡した二十代の別人の番号だという宣告だった。半乱心で戻ったアパートを捜索するも、夫名義の保険証も免許証も通帳すら一枚も見当たらない。十三年間私の隣で息をしていた男の痕跡が、この世のどこにも存在しない現実に立ち尽くした。ミステリー|夫婦|介護|修羅場3.1万字5 2982 -
完結第12話
左足だけの靴箱
隣室の吉岡さんが部屋で亡くなった。付き合いのなかった老人の遺品整理に立ち会った彩香は、業者から「故人の遺言」として段ボール箱を手渡される。中に入っていたのは、彩香が過去5年間に自宅の玄関から消えたはずの「左足の靴」12足。そして、それと対になる新品の右足の靴。靴底をめくると、そこには夫が「深夜残業」と偽っていた日付のタクシー領収書が隠されていた。妻が知ることになる、5年前の事故と夫の病的な贖罪の真相とは。ミステリー|夫婦1.8万字5 47 -
完結第19話
全員が揃えた同じ嘘
小学五年の秋、担任の女性教諭が突然退職し、学校は精神の病気だと説明した。だがその日の放課後、私を含めたクラス二十三人の児童は、それぞれの家庭で「先生は午後三時に帰りました」と全く同じ嘘を親に答えた。口裏を合わせた覚えはない。半年後、唯一何も言わずに転校していった無口な少女が、私の机の引き出しに一枚のメモを残した。そこには『先生は三時のとき、まだ地下室にいました』と記されていた。ミステリー|裡の顔|真相|行方不明2.8万字5 95 -
完結第11話
亡き義母の口座を洗う女
3年前に7年間の壮絶な介護の末に他界し、この手で骨壺に納めたはずの義母。だが解約し忘れていた古い通帳を繰り越すと、死後も毎月「生前給与」が振り込まれ、毎週水曜の深夜に即座に引き出されていた。深夜のコンビニで張り込んだ私が見たのは、義母の服を着て義母と全く同じ体の癖を持つ見知らぬ女。死者は生きているのか。真実を追う私は、隣で眠る夫が隠していた、狂気と冷酷に満ちた「生前名義ビジネス」の底なし沼へと引きずり込まれていく。ミステリー|嫁姑|夫婦1.6万字5 51