"消えた御曹司と500万の罠" 第5話
患者の全に関する注きや、精神科療養病棟の案内が目に入る。
3階。
301号。
プレートには「田静子」とかれていた。
護師が健造を見ると、すぐにをげた。
「会、いらっしゃいましたか。今は奥様、し気分が良いようです」
「今、会えるかね」
「散歩のですので、1階のロビーにいらっしゃるといます」
健造は頷き、再びエレベーターへ向かった。
悠は無言のままを追った。
ロビーの窓際。
患者を着た女性が子に座り、庭を眺めていた。
60代半ほど。
髪にはいものが目ち、痩せた肩に患者が余っている。
かつて美しかったことが分かる顔には、いの疲労がく刻まれていた。
だが悠が最も気になったのは、その目だった。
何も見ていないようで、ずっと何かを探している。
そんな差しだった。
「静子」
健造が静かに呼びかけた。
女性がゆっくり顔を向けた。
夫を見つけ、わずかに微笑む。
ところが次の瞬、静子の線が健造のろへ向いた。
悠と目がった。
静子の顔から表が消えた。
目がきく見かれる。
唇が震えた。
「……悠?」
悠はけなかった。
静子は子からちがろうとし、両を伸ばした。
「悠……本当にあなたなの?」
「奥様!」
護師が慌てて駆け寄る。
しかし静子は必にを振り払った。
「悠! お母さんよ!」
ロビーの空気が変した。
広告
「悠、こっちへ来て。お母さんよ。ずっと待っていたのよ!」
静子の頬を涙が流れ落ちた。
20ため込んでいたものが、気に溢れしたようだった。
悠はそのにち尽くした。
会ったことのない女性。
らないはずの声。
それなのに胸の奥がく揺さぶられた。
息が苦しい。
なぜか目までくなる。
医師も駆けつけた。
「奥様、落ち着いてください」
「先、あの子です!」
静子は悠を指差した。
「私の息子なんです!」
医師は困った顔で悠と健造を見た。
「奥様。あの方は会の運転さんですよ」
「違います!」
静子は激しく首を振った。
「私は正気です。あの子が悠なんです!」
その必さとは対照に、周囲の護師たちには困惑のが浮かんでいた。
1が医師へ声で告げる。
「先、今だけでも4回目です」
悠にも聞こえた。
「先週は宅配便の方を見て、同じことを……」
静子はい、若い男性を見るたび息子だとい込んでいたらしい。
医師は護師へ目配せした。
「奥様。病へ戻りましょう」
「嫌です!」
静子は泣き叫んだ。
「息子が帰ってきたのに、どうして置いていかなきゃいけないの!」
護師が両腕を支える。
静子はそれでも悠へを伸ばした。
「悠! お母さんはここにいるわ!」
その声を聞いた瞬、悠の胸の部が崩れたような覚がした。
なぜ。
この女性に会った記憶などない。
広告
それなのに、どうしてこんなにも苦しいのか。
健造もまた複雑な顔をしていた。
妻を落ち着かせたい。
しかし同に、今回は違うのではないかという希望を捨てられない。
「静子。今は度、部へ戻ろう」
「あなたには分からないの!」
静子は涙で濡れた顔を夫へ向けた。
「でも母親の私には分かるのよ。あの子が悠だって!」
やがて鎮静剤が使われ、静子の体からしずつ力が抜けていった。
それでも最まで悠から目をさなかった。
「悠……」
声がさくなる。
「お母さんは……ずっと待っていたのよ……」
子で連れていかれるも、静子は力なくを伸ばしていた。
その姿が廊の向こうへ消えるまで、悠はけなかった。
医師が健造へをげた。
「申し訳ありません。奥様の症状は最、さらにくなっています」
「今だけで4回目だそうだな」
「はい。若い男性を見ると、息子さんだとい込んでしまうことが増えています」
医師は静かにため息をついた。
「息子さんを失った経験があまりにもきなトラウマになっています。現実と願望の境界が曖昧になってしまうことがあるのです」
悠は胸がくなった。
20。
息子を忘れられず。
会うすべてのに息子を探し続け、が壊れるほど待った母親。
自分には像もできないだった。
「本君」
健造が振り返った。
「すまなかった。驚いただろう」
「いえ……」
悠はそう答えたが、平気ではなかった。
静子の声がかられなかった。
病院をてへ戻る。
広告
おすすめ作品
-
完結第15話
不当解雇された高卒技術者の特許逆転劇
精密機械メーカーの技術者・中村誠は、高卒叩き上げであることを理由に、名門大卒のエリート上司・北川部長から「掃除とオイル交換しかできない無能な雑用係」と見下されていた。ある日、大口顧客向けの製品に二百個超の大量不良が発生。北川は自らの設定ミスを隠蔽し、誠を犯人に仕立て上げて責任を押し付ける。深夜に真相を暴くアクセスログのUSBメモリーを確保した誠だったが、直後に車に撥ねられ全治三ヶ月の重傷を負ってしまう。病室から連絡を入れると、北川は「好都合だ、クビにしておく」と嘲笑し電話を切った。だが誠が病室のベッドから特許庁へ出願した一枚の技術書類と、彼が去って完全沈黙した工場の製造ラインが、欺瞞に満ちた組織に前代未聞の崩壊をもたらす――。職場逆転|人生逆転2.5万字5 430 -
完結第14話
高卒エースを掃除係に落とした無能社長
大手玩具メーカーの営業エース・篠田零司は、高卒叩き上げながら十二年間にわたりトップの成績を維持してきた。だが、恩師である先代の矢吹会長が病で倒れ、新社長に就任した倉島哲也から全社報告会で突如「先月の達成率は三十パーセント、部内最下位のお荷物だ」と虚偽の数字で公開処刑される。強烈な学歴コンプレックスと嫉妬を燃やす倉島は、篠田を社長室の雑用係へと追いやったばかりか、彼が一年かけて心血を注いだ総額百億円の大型独占契約を故意に破談へ追い込む暴挙に出る。しかし、篠田の手元には「確定売上高一億四千二百万円」を証明する売上管理ファイルの原本が存在していた。理不尽の極みの中で静かに退職届を差し出した篠田。だが、現場の異変を察知した車椅子の矢吹会長が立ち上がり、握りつぶされた証拠が暴かれたとき、欺瞞に満ちた社長室に前代未聞の鉄槌が下される――。職場逆転|人生逆転2.9万字5 208 -
完結第11話
「子どもを産めない」と捨てられた妻の逆転
結婚前は優しく誠実だった夫・誠。 しかし結婚後、彼の本性は少しずつ姿を現していった。 子どもを望めない妻を「役立たず」と罵り、家では暴言を浴びせながら、自分は若い女性との時間を楽しむ。 かな子は「自分が悪いのだ」と耐え続け、愛した人との生活を守ろうとしていた。 だが、ある夜、夫の裏切りを示す決定的な証拠を見つける。 そして離婚を決意したかな子のもとに、長年知らされていなかった父からの連絡が届く。 そこで明かされたのは、彼女自身も知らなかった巨大な財産と、人生をやり直すための力だった。 すべてを失ったと思っていた妻が、実は何も持たない弱者ではなかったと知った時――。 誠の傲慢な要求と、隠されていた真実が次々と崩れ始める。 愛だと信じた結婚の終わりから、かな子の本当の人生が始まる。夫婦|第二の人生|不倫1.6万字5 397 -
完結第23話
締め出された新社長
父から印刷会社を継ぎ、代表取締役として誰よりも早く出社した初日の朝、私のカードキーだけが赤く点滅して通用口が開かなかった。清掃員や入社三カ月の新人、配送トラックが次々と通過していく中、古参の会計は「先代の指示で権限を削除した」と告げる。社内では判断を下せる者がおらず、営業と現場の怒号が響き合い、輪転機が完全に停止した。私は閉ざされたガラス扉の脇にパイプ椅子を置き、冷たい缶コーヒーを握りしめた。職場逆転|人生逆転|怒り|親子関係|修羅場3.5万字5 216 -
完結第14話
年商一兆円の父にワインをかけた婚約者
創業家の御曹司との顔合わせ当日。ボロ車で駆けつけた私の父を見た義母は、「貧乏人の娘が」と父の頭から赤ワインを浴びせかけた。婚約者も冷笑し、父を詐欺師呼ばわりしてロビーで土下座を迫る始末。 だが、父は一言も取り乱さず、静かにワインを拭った。 「この縁談はなかったことに」 指輪を投げ返し、父の向かった先は日本中が恐れる巨大財閥の最上階。傲慢な親子が信じていた“金と権力のルール”で、静かな断罪劇が幕を開ける。因果応報|人生逆転|金銭問題|修羅場2.1万字5 129 -
完結第13話
二十七年目の嘘
58歳で急死した夫の遺品を整理していた美智子は、引き出しの奥から27年前の「採用内定通知書」を見つける。当時不合格だと思い込んでいた東京の出版社からのものだった。封筒の裏には夫の筆跡で「辞退連絡済」。夫はなぜ私の人生を勝手に奪ったのか。さらに、夫の出世作となった伝説の住宅企画が、かつて自分が書いた企画ノートそのものだったことを知る。奪われた名前と人生を取り戻すため、妻が下した決断とは。人生逆転|夫婦|真実|第二の人生|親子関係2.0万字5 57