"白タク墓参り" 第1話
「お客さん、気づいてないの?」
夫の墓参りを終えたばかりの墓ので、いタクシーの運転がルームミラー越しにい声を落とした。嫁の美と5歳の孫・柚を段のへ残したまま、私だけを部座席へ押し込むように乗せたは、砂利を激しく蹴ってりしていた。
「ちょっと、あなた。止めてちょうだい」
私は慌てて振り返った。の方では、美がこちらへ伸ばしかけたを宙に止め、赤い着を着た柚がさくなっていく。
「お2はの便でお迎えにがりますよ」
運転はそう言ったが、美の呼び止める声はすぐにざかった。墓のを抜けると、はまるで誰かから逃げるように速度をげた。
「奥様、本当に分かってないんですか」
ルームミラーので、男の目だけが私を見ていた。
「あの嫁、あなたを殺そうとしてたんですよ」
その言葉を聞いた瞬、胸の奥がひやりとえた。
けれど、議と私はすぐに美を疑う気にはなれなかった。驚きより先に、この男に対するさな違が胸の底へ沈んだからだった。
その朝のことをい返せば、すべてはいつもと変わらない始まりだった。
そのは、くなった夫・隆志の命だった。
朝の台所には、ほうじ茶のばしい匂いが漂っていた。私は湯のみへ茶を注ぎ、仏壇に飾られた隆志の写真のへそっと供えた。
広告
隆志を見送って3。そして1息子の誠まで、同じ病でくしてから2が経っていた。
68歳になった私は、今ではこのに1で暮らしている。けれど命にわせ、方にむ嫁の美と5歳の孫・柚が数から泊まりに来ていた。
柚がこのに泊まるのは、今回が初めてだった。
「お母さん、お、玄関にしておきましたからね。当になって、あれがない、これがないは聞きませんよ」
台所へ入ってきた美は、にしていた布巾を畳みながらそう言った。
「あら、気が利くこと。数珠はちゃんとしまってあるかしら」
「りませんよ。ご自分のものでしょう」
では互いに憎まれを叩きながらも、は止まらない。美が泊まりに来てからというもの、がの朝はずっとこんな調子だった。
らないが聞けば、仲の悪い嫁姑にしか見えないだろう。
けれど、美が誠と結婚してからのをえば、私たちはもう慮ばかりする関係ではなかった。誠を失った、別々の所で泣きながらも、同じを失った痛みを抱えてきた族だった。
支度をしている途、美がスマートフォンを見ながら眉を寄せた。
「変ですね」
「何が?」
「帰りにお願いしていた個タクシーさん、予約がキャンセルされているそうです」
墓は坂のにあり、私たちはいつも馴染みの個タクシーを利用していた。
広告
きのは予定通り来るのに、帰りの迎えだけが、なぜか取り消されていたという。
美が話をかけ直したものの、そのはもうのが空いていなかった。
「違いかしらね」
「まあ、帰りは帰りで何とかしましょう」
私はそう答えながら、以、所の寄りいで聞いた話をいした。
「そういえば、この頃、この辺りをく回っている運転がいるって聞いたわ。会社に属していないタクだとか」
美は呆れたように私を見る。
「お母さん、馴染みの運転さんじゃないと乗りたがらないくせに」
「背に腹は代えられないでしょう」
かける、私は帯のへ隆志の形見であるの懐計を忍ばせた。
命には必ず持っていく。蓋をくたびに聞こえるさなを刻む音の向こうから、今でも隆志の声が聞こえてくるような気がするのだ。
困ったほど慌てるな。
ゆっくり茶でも1杯入れてから考えろ。
それが隆志の癖だった。
若い頃、何かにつけて急いで返事をし、になって悔する私を何度も止めてくれた言葉でもある。
もう1つ、鞄の底には携帯話を入れた。
械が苦だった私に、誠が持たせてくれたものだった。GPSという仕組みで居所が族へ伝わるようにしてあると言い、いざというには録音を残すよう、何度も使い方を教えてくれた。
「母さんはすぐ忘れるから、指で覚えろ」
笑いながら同じ順を何度も繰り返してくれた誠の姿をいし、私は携帯話の充だけは切らさないようがけていた。
広告
おすすめ作品
-
完結第26話
特上寿司と、消えた妻の半年
3月31日22時、激務を終えて帰宅した私の席にあったのは、冷え切った白米一杯だけだった。目の前で1万8900円の特上寿司を頬張る夫と義母は、「反省したらおかずをあげる」と大笑いする。家計の大半を私が支えているにもかかわらず、9ヶ月間も「罰」として食事を奪われ、夫は横で嘲笑っていた。だが二人は知らない。私が半年かけて集めた出前明細の履歴と、義母が隠し持っていた一枚の申告書の存在を。「じゃあ、外で食べてきます」――二度と振り返らずにドアを閉めた夜、経理の私が仕掛けた冷徹な清算が幕を開ける。嫁姑|夫婦4.0万字5 474 -
完結第34話
妻の葬儀の夜、義母が外した指輪と娘の写真
妻・美保の葬儀が終わった夜、修二の結婚指輪を外したのは、亡き妻の母・麗子だった。「もう美保に隠す必要はないでしょう」と唇を寄せたその瞬間、娘・咲から1枚の写真が届く。そこには半年前の病院で抱き合う修二と麗子、そしてガラス越しに2人を見つめる病衣姿の美保が写っていた。 闘病中の妻を支える献身的な夫を演じながら、修二はいつしか自分の弱さを理解してくれる義母へ逃げ込み、越えてはならない境界を越えていた。しかも麗子は「美保も知っていた」「私がいなくなったら修二さんを1人にしないでと頼まれた」と主張し、その証拠となる録音まであるという。 だが翌朝、咲が告げたのは「お母さんの声を最後まで聞いて」という一言。 亡き妻が本当に残した言葉を前に、2人が都合よく信じてきた“許し”が崩れ始める――。夫婦|修羅場5.1万字5 614 -
完結第16話
四十九日の追放、母の隠し遺言
「十年世話しただけの妹に、実家の取り分はないわ」 母の四十九日、喪服の兄夫婦は親族の前で澄子を指差し、台所の冷えた板の間へ追いやった。信金を辞め10年間、720万円の私財を投じて母を看取った澄子に、兄は「今週中に出て行け」と冷酷に通告する。 母のキャッシュカードは7年前から兄が独占し、消えた年金は1240万円。 家財すべてが二束三文で業者に売り払われようとする中、母が50年愛用した古い足踏みミシンの奥底から、厳重に隠された「ある物」が滑り落ちた。 「その言葉、そっくりそのままお返しします」 あの日からちょうど49日後、審判の幕が上がる――。兄弟姉妹|修羅場2.3万字5 440 -
完結第27話
妻を追い出した翌朝、7枚のブラックカードが止まった
結婚3年目の夜、美桜が帰宅すると、夫・達也は若い愛人と義両親を囲み、離婚届を突きつけてきた。「無能で地味な女」「1円も稼げない寄生虫」と嘲られ、慰謝料もなく豪邸から追い出される。 だが4人は知らなかった。美桜の正体は、世界経済を動かす巨大グループの総帥。倒産寸前だった達也の会社を救い、資金も仕事も与え、彼を“天才社長”に見せていたのは全て美桜だった。 さらに豪邸も別荘も、7枚のブラックカードも、達也自身の資産ではなく美桜の法人名義。 離婚届が受理された瞬間、美桜は静かに全カードを停止し、豪邸の退去手続きと会社への特別監査を開始する。 勝ち誇っていた一家がまだ知らない、本当の“無一文”への転落が始まろうとしていた――。修羅場|熟年離婚4.0万字5 291 -
完結第22話
夜勤の救急外来に運ばれた夫と義姉
深夜2時、救急外来で夜勤中の看護師・佐藤み咲のもとへ、交通事故で重傷を負った男女2人が搬送されてきた。シーツの下にいたのは、夫・拓也と義姉・麗子。しかも2人は、決して「姉弟愛」では説明できない姿で倒れていた。 み咲は5年間、看護師という仕事を見下す夫と、「子供も産めない」と侮辱する麗子、その2人を庇い続ける義母・里子に耐えてきた。 それでも彼女は感情を捨て、看護師として2人の命を救うことを選ぶ。 だが、惨状を目にした義母まで「全部あなたのせい」とみ咲を罵倒した瞬間、最後の迷いは消えた。 何年も残してきた暴言の記録と証拠を武器に、奪われ続けた人生を取り戻す反撃が静かに始まる――。夫婦|修羅場|不倫3.3万字5 3025 -
完結第11話
貧乏老人を嘲笑った行員の末路
「あんな貧乏臭い爺い、適当にあしらっとけばいいのに」ボストンバッグを抱えた老人に、新入行員は嘲笑の声を浴びせ、エリート課長代理は別の窓口へ強制的に追い返した。母親の入院費のため百万を引き出しに来ただけの、よれよれのジャケットを着た年寄り――。だが、彼こそが全日本経済の裏を牛耳るクオンホールディングスの会長・久音次郎その人だった。侮辱に耐えかねた新人の篠崎水希が一人で抗議する中、老人が静かに古びたバッグの金具を閉じた瞬間、端末の画面で一千万円、一億円と出金通知の数字が狂ったように跳ね上がり始めた。絶望の淵に立たされた傲慢な行員たちの運命を決定づける、驚愕の審判の行方は――。職場逆転|修羅場1.6万字5 1861 -
完結第19話
深夜2時、隣家の物置で赤ん坊を抱く4歳児
心臓の不整脈で消防士を辞め、故郷の民宿「緑海荘」へ戻った27歳の相馬蒼太。 ある深夜2時、隣家から突然途切れた赤ん坊の泣き声に異変を感じて駆けつけると、物置のような暗い部屋で、全身に青あざを負った4歳のひなが、痩せた妹メイを必死に抱いていた。 「泣いたらまた叩かれるんですか?」――その一言に、蒼太は2人を必ず守ると決意する。民宿へ連れ帰り、常連客の旅行ライター・りんや両親と共に食事と温かな寝床を与え、児童相談所へ連絡。 しかし保護の朝、ひなは「お兄ちゃんと離れたくない」と蒼太の服を握りしめる。初めて見る海の前で、ようやく声を上げて泣いた少女を前に、蒼太とりんは“助ける”だけでは終われない未来を選び始める――。親子関係|修羅場2.8万字5 251 -
完結第10話
洋食屋の絆と、高級寿司屋の逆転
岡田悠斗は、高校生の時に両親を交通事故で亡くし、高卒の自動車整備士として働きながら、三歳下の妹・真央をたった一人で大学の法学部まで育て上げた。真央は猛勉強の末に難関の司法試験を突破し、弁護士として初任給をもらう。悠斗への感謝を込めて予約した高級寿司屋の席で、悠斗の職場の傲慢な上司・西村が偶然居合わせ、「工場で油まみれになって働く底辺の作業員」と悠斗と真央を激しく侮辱する。絶望と怒りが交錯する中、隣の席に座っていた一人の客が立ち上がり、西村を冷徹に一喝する。その男の正体は、かつて両親の営む洋食屋「ひまわり」で無銭の少年時代に助けられた大手IT企業の社長・藤井宗介だった。過去の恩返しと、血を分けた兄妹の絆が奇跡を引き起こす感動のヒューマンドラマ。兄弟姉妹|修羅場1.5万字5 641