"形見を捨てた嫁の代償" 第3話
布に触れるだけで、妻が台所へっていた姿が浮かんでくる。
には額の汗を拭きながら料理し、にはエプロンのからのカーディガンを羽織っていた。
拓哉が結婚したも、向がまれたも、このエプロンを使っていた。
私はそれを両で持ち、居へ戻った。
「向」
孫が振り返った。
「これはな、おばあちゃんの切な形見なんだ」
「形見?」
「くなったが切にしていた物を、残された族が事に持っておくことだよ」
向は分かったような分からないような顔で頷いた。
私はエプロンを広げて見せた。
「おばあちゃんは、これをずっと使って料理してたんだ。さっきの向がべた卵焼きも、煮物も、このエプロンを着て何度も作ったんだよ」
向は興そうに布へを伸ばした。
「触っていい?」
「もちろん」
さな指が、褪せた柄をなぞった。
その姿を見て、私は胸がいっぱいになった。
妻がいなくなっても、妻がきた証を孫へ渡すことはできる。
「向。きくなったら、これを使ってくれるか?」
料理をするかどうかなど分からない。
男の子だから使わない、などという考えも私にはなかった。
ただ向がになった、祖母というがいたことをいすきっかけになれば、それでよかった。
向が答えようとしただった。
横からが伸びてきた。
広告
彩だった。
「ちょっと貸してください」
そう言うなり、私のからエプロンを取りげた。
「あや――」
私が名を呼び終えるに、彩はちがった。
部の隅に置いてあったゴミ袋をにすると、柄のエプロンをそのへ放り込んだ。
あまりにも突然のことで、私は何が起きたのか理解できなかった。
何も妻が使っていた布が、空のペットボトルやティッシュと同じ袋のへ落ちていった。
「何をするんだ」
やっと声がた。
彩は振り返った。
っている様子はなかった。
むしろ笑っていた。
「だって、くなったの古いものって、見てるだけで気が滅入るじゃないですか」
私はちがった。
「これは妻の形見だ」
「だからですよ」
彩は当然のことを説するような調だった。
「お義父さん、ずっと昔のものばかり残してるからにめないんじゃないですか。古いものは理した方がいいですよ」
「勝に捨てることはないだろう」
声を荒らげるつもりはなかった。
しかし自分でも分かるほど、い声になった。
その、彩はさらに信じられないことを言った。
「それと向。らないから物をもらっちゃ駄目って言ったよね」
瞬、が分からなかった。
向も黙った。
拓哉が顔をげた。
それでも彩は何もおかしいことを言ったつもりがないようだった。
広告
「お義父さんとはほとんど会ってないんだから。向からしたら、そんなにってるじゃないでしょ」
胸の奥がたくなった。
私は向の祖父だ。
血のつながった孫へ、き妻の形見を渡そうとした。
それを彩は「らないから物をもらうな」と言った。
りより先に、しさが来た。
自分が族ので、そこまでいになっていたのかとったからだ。
私は何も言えなくなった。
卓から、音が消えた。
さっきまで向が笑い、拓哉が昔話にしだけ相槌を打っていた部が、急に別の所になったようだった。
私はゴミ袋のに落ちた柄のエプロンを見ていた。
自分で取りせばいい。
それだけのことだった。
汚れているわけでもない。
洗えば済む。
では分かっていた。
それでも体がかなかった。
妻そのものを捨てられたような気がしたからだ。
40、妻の暮らしを番くで見てきた物だった。
拓哉がをした夜には、そのエプロン姿でお粥を作った。
誕にはケーキを焼いた。
向がまれて初めてへ来たも、妻は同じエプロンをつけて料理をしていた。
私にとっては、布切れではなかった。
「彩」
ようやく拓哉が妻の名を呼んだ。
「何?」
「それはちょっと……」
私は息子の言葉を待った。
「ちょっと、何?」
彩が聞き返す。
拓哉は私と彩を交互に見た。
「父さんが事にしてるものなんだから、勝に捨てるのはよくないだろ」
さな声だった。
っているわけでもない。
広告
おすすめ作品
-
完結第15話
二十人分の祝い膳を押しつけられたので、家を出ました
義母から「家族のお祝いだから」と押し付けられたのは、二十人分の料理作りと高額な費用負担。 夫も義妹も、私を一人の家族ではなく、都合よく使える存在として扱っていた。 五年間、我慢し続けた嫁・美咲は、ある決断をする。 それは、義妹の息子の一歳祝いの前日に、すべてを捨てて家を出ることだった。 しかし、静かに準備を進める中で、美咲は夫と義母が隠していた驚くべき事実を知る。 そこには、単なる身勝手な家族関係では終わらない、彼女を縛り続けるための計画が隠されていた。 そして迎えた祝いの日。 親戚二十人が待つ食卓に残されたのは、豪華な料理ではなく、誰も予想しなかった「空っぽの祝い膳」だった。 奪われ続けた人生を取り戻すため、美咲が選んだ静かな反撃とは――。嫁姑|親子関係|修羅場2.2万字5 284 -
完結第16話
血染めの写真と三文字のSOS
夕方のコンビニの床に落ちていた一枚の写真。微笑む少女の横には、まだ乾ききっていない赤黒い生血がべっとりと付着していた。 裏返した瞬間、息が止まる。震える筆跡の住所と、指先の血で擦り付けられた『SOS』の三文字。 妻に捨てられ、八歳の息子と写真館を営む私には分かった。この血は付着して数分も経っていない――今すぐ行かなければ手遅れになる。 警察に通報し駆けつけた古い民家の階段下には、右足を骨折し倒れ伏す母親と、自らの手のひらを切り裂いた六歳の少女がいた。 「……だれ?」 母を庇い、血まみれの手で私を睨み据える少女の瞳が訴えていた、あまりに残酷な真相とは。親子関係|金銭問題2.4万字5 201 -
完結第19話
深夜2時、隣家の物置で赤ん坊を抱く4歳児
心臓の不整脈で消防士を辞め、故郷の民宿「緑海荘」へ戻った27歳の相馬蒼太。 ある深夜2時、隣家から突然途切れた赤ん坊の泣き声に異変を感じて駆けつけると、物置のような暗い部屋で、全身に青あざを負った4歳のひなが、痩せた妹メイを必死に抱いていた。 「泣いたらまた叩かれるんですか?」――その一言に、蒼太は2人を必ず守ると決意する。民宿へ連れ帰り、常連客の旅行ライター・りんや両親と共に食事と温かな寝床を与え、児童相談所へ連絡。 しかし保護の朝、ひなは「お兄ちゃんと離れたくない」と蒼太の服を握りしめる。初めて見る海の前で、ようやく声を上げて泣いた少女を前に、蒼太とりんは“助ける”だけでは終われない未来を選び始める――。親子関係|修羅場2.8万字5 251 -
完結第23話
義母が突然、結婚指輪をくれた
夫が亡くなった日、義母は「もう家族じゃない」と私と娘を雨の中に追い出した。それから二年、一度の連絡もなかった義母が娘の小学校入学を控えた夕暮れ、四十年間外さなかった結婚指輪を私の指に無理やり嵌めて頭を下げた。翌日、親族が集まる祝いの席で和解を受け入れようとした私の前で、義母は冷たい笑みを浮かべ、夫が生前に娘の氏の変更書類を用意していたのではないかと問い詰めてきた。私の手の中で箸が止まった。裡切られた|祖父母と孫|嫁姑|親子関係|修羅場3.5万字5 127 -
完結第21話
母がナイフで砕いた自分の名前
母の七十歳の祝いで、私は家族に尽くし続けた母に自分の人生を取り戻してほしい一心から、ケーキのプレートに書かれた夫の姓を削り落とし、母の旧姓を書き直した。これで母は喜んでくれるはずだった。しかし母は青ざめ、「誰が戻りたいなんて言ったの」と私を睨みつけると、ナイフを掴んで自分の名前を何度も突き刺し粉々に叩き割った。家族全員から責め立てられた私は、母の部屋で底面を無残に削り取られた大量の人形を見つける。怒り|兄弟姉妹|真相|親子関係|修羅場3.1万字5 137 -
完結第19話
棺の中の男を、夫は知らない
親を捨てて逃げた冷酷な男だと親族中から罵倒される義兄の葬儀で、義母は涙を流し、夫を支えの孝行息子だと称えていた。だが焼香台へ進む夫の前に立ちはだかった私は、「あなた、本当に棺の中にいるその人を知っているの」と告げた。夫が隠していたのは、過去五年間、毎月義兄へ送り続け、そのたびに全額突き返されていた六十回分の送金記録だった。血の気を引かせる夫と親戚の前で、私はその明細を祭壇の上に広げた。兄弟姉妹|親不孝|絶縁|親子関係|修羅場2.8万字5 88 -
完結第21話
妹のドレスを二十センチ切った
妹の結婚式を数時間後に控えた深夜二時、私はリビングで特注のウェディングドレスに裁ち鋏を入れた。事故で右足に傷が残る妹に対し、相手の家族は配慮という名目で足を隠す重いドレスを強要し、当日は動かず座り続けるよう言い含めていた。母の怒声が響き、私の頬に平手打ちが飛ぶ。泣き崩れる妹の足元には、前裾だけが二十センチ切り落とされた純白の布が散らばっていた。私は鋏を置き、「今日これを着て出なさい」とだけ告げた。裡切られた|兄弟姉妹|裡の顔|親子関係|修羅場3.1万字5 94 -
完結第25話
祖父が私に遺した最後の拒否権
亡くなった祖父の果園を三千二百万円で売却するため、東京で働く私は十年ぶりに実家へ呼び戻された。生活苦に喘ぐ父と妹の結婚資金のため、名義を持つ父は契約を急いでいたが、司法書士が出したのは「長孫である私の書面同意がなければ売却は無効」という祖父の遺言だった。早く終わらせようとペンを握った私は、ふと買い手企業がここを何にするつもりなのか尋ねた。山を削り大型トラックの夜間中継所にすると聞かされた瞬間、私は手元のペンを静かに机へと置いた。祖父母と孫|相続|親子関係|金銭問題3.7万字5 111 -
完結第21話
母を遠ざける姉の嘘
長野で一人暮らす母の介護を一手に担う姉から「母の体調が悪化するから来るな」と言われ、私は五年間帰省を控え、毎月五万円の仕送りを続けていた。だがある夜、母から五年ぶりに直接電話が入る。「まだ怒ってるの。あんたが私の顔も見たくないと言っていたと姉から聞いた」と母は怯えていた。直後に受話器を奪った姉は「母の被害妄想だ」と言い放つ。不審に思った私は姉に告げず始発の新幹線に乗り、五年ぶりに実家の引き戸を開けた。兄弟姉妹|裡の顔|親子関係|介護3.2万字5 166