"片胸の息継ぎ" 第10話
「まさか」
須賀はすぐに答えた。
「次50」
律子は呆れた。
「ぬに25じゃなかったんですか」
「あれは25泳げないの話」
「都がいいですね」
「できると欲がる」
その言葉を聞いて、律子は黙った。
欲がる。
きるというのは、そういうことなのかもしれない。
できないには、つできればいいとう。
できると、次が欲しくなる。
もうしべたい。
もうし見たい。
もう度きたい。
次は10メートル。
次は25。
それは派なやきがいではない。
ただ体やが、次を求する。
律子にも、そのさな欲が戻り始めている。
曜。
律子は10メートルを泳いだあと、をつかなかった。
もう度腕を伸ばした。
顔を横へ向けた。
うまく息が吸えず、をしんだ。
慌ててった。
咳き込んだ。
以ならそこで終わった。
そのはし休んで、また壁へ戻った。
もう回。
それだけった。
翌の3、律子は57回目の定期検査を受けた。数字にすればい気がするが、実際には採血や画像検査を含めて数えた回数で、癌の術からはもう4く経っていた。診察で医師は画面を確認し、「今回も特に問題ありません」と言った。
以なら、その言葉を聞いた瞬から次の検査までを数えた。半。約180。そのは丈夫だと考えることでしようとした。
そのは違った。
「運してます?」
医師が聞いた。
広告
「し泳いでます」
律子が答えると、医師が顔をげた。
「いいですね。肩もくでしょう」
「より」
「無理しない程度に続けてください」
「はい」
診察はそれで終わった。
病院をた。
はしかかった。
桜にはまだい。
律子は駅まで歩きながら、半という数字を度も考えなかった。
そのの夕方、麻から写真が届いた。
箱根で撮ったの写真だった。
半以のものなのに、なぜ今送ってきたのか分からない。
《写真理してたらてきた》
律子は拡した。
自分が写っている。
温泉に入った翌朝。
普通の。
普通の顔。
以なら胸元へ目がったかもしれない。
がどう見えるか。
姿勢は自然ではないか。
そのは、自分の顔を見た。
し笑っている。
《またこう》
麻から続けて届いた。
律子は、
《今度はが見えるところ》
と返した。
送ってからし驚いた。
自分からき先をしたのは初めてだった。
夜のプールでは、須賀が50メートルを目指していた。
25メートルを泳げるようになっても、途でつことはある。
調子の悪いは15メートルで止まる。
それでも本は気にしなくなっていた。
「今は駄目だ」
と言いながら、分にはまた泳ぐ。
森本も以ほど細かく注しない。
「須賀さん、自分で分かるでしょう」
「分かるけど、できない」
「それでいいです」
「先、最たいな」
広告
「成したんです」
律子はその会話を聞きながら笑った。
仕事が休みの、律子は同じプールへ客として来る。
最はスタッフにもられている。
「今泳ぐですか」
美咲に言われる。
「そう」
「何メートルいけるようになりました?」
「15くらい」
「すごい」
「すごくない」
「最初ゼロでしょう」
確かにそうだった。
その、律子は初者レーンへ入った。
はなかった。
壁を背にする。
向こう側を見る。
25メートル先の壁。
須賀が初めて泳いだほどくはじない。
だからといって、届くともわなかった。
律子はまだ15メートル程度しか続かない。
今は20までければいい。
そう考えた瞬、のに数字が並び始めた。
5。
10。
15。
20。
律子は度からがった。
し待った。
数字を忘れる。
もう度入る。
壁を掴む。
息を吸う。
顔をへつける。
壁を蹴る。
体がむ。
腕。
腕。
脚。
吐く。
泡の音。
腕。
腕。
苦しくなる。
顔を横へ向ける。
空気が入る。
またへ戻る。
最初の頃、息継ぎをすると体が止まった。
今もではない。
へが入ることもある。
それでも、体は次のきをり始めている。
腕を伸ばす。
吐く。
横。
吸う。
のでは、自分の胸がどう見えているのか分からない。
傷も見えない。
しかし、見えないから自由なのではない。
傷があっても体は腕をかし、脚を蹴り、酸素がりなくなれば息を欲しがる。
律子はそのことが、今はし嬉しかった。
苦しくなった。
とうとった。
をろしかける。
まだ底には届く。
いつでも止まれる。
広告
おすすめ作品
-
完結第11話
「子どもを産めない」と捨てられた妻の逆転
結婚前は優しく誠実だった夫・誠。 しかし結婚後、彼の本性は少しずつ姿を現していった。 子どもを望めない妻を「役立たず」と罵り、家では暴言を浴びせながら、自分は若い女性との時間を楽しむ。 かな子は「自分が悪いのだ」と耐え続け、愛した人との生活を守ろうとしていた。 だが、ある夜、夫の裏切りを示す決定的な証拠を見つける。 そして離婚を決意したかな子のもとに、長年知らされていなかった父からの連絡が届く。 そこで明かされたのは、彼女自身も知らなかった巨大な財産と、人生をやり直すための力だった。 すべてを失ったと思っていた妻が、実は何も持たない弱者ではなかったと知った時――。 誠の傲慢な要求と、隠されていた真実が次々と崩れ始める。 愛だと信じた結婚の終わりから、かな子の本当の人生が始まる。夫婦|第二の人生|不倫1.6万字5 397 -
完結第20話
祖母は十二年年賀状を書いてない
八十歳を迎えた祖母のため、私はいとこたちと過去十二年分の年賀状を集めて記念のアルバムを作った。毎年元旦に届く「元気に暮らしています、トマトがたくさん実りました」という三行は、遠方で暮らす私たちが実家の無事を疑わずに済む確かな証拠だった。だが親戚一同が集まる祝宴の席でアルバムを開いた瞬間、祖母は整った文字を見つめ、十二年間一度も年賀状など書いていないと言い放った。親族の視線が一斉に、実家の近くで暮らす叔母へと向かう。孤獨|親子関係|介護|認知症3.0万字5 98 -
完結第18話
ゴミ箱の隣に座る学年一位
学年1位を守り続けてきた娘が、二学期に入ると突然一番後ろの席に移動させられ、学級委員長も外された。何か処分を受けたのかと学校へ詰め寄る私に、娘は「この席でいいの」とだけ言い、何も説明しようとしない。納得できないまま迎えた参観日、教室の後ろに立つ私は、娘の隣にぽつんと置かれた空っぽの机に気づいた。誰の席なのかと問い詰める私に、担任は教室の隅を見つめ、「娘さんが残してくれと頼んできたんです」と静かに告げた。怒り|真実|孤獨|親子関係|修羅場2.8万字5 161 -
完結第22話
母は死んだと書いた娘
夫の連れ子だった八歳の娘を引き取り、七年間毎朝弁当を作り、熱を出せば夜通し看病を続けてきた。ぎこちなくとも穏やかに暮らしてきたはずの中学三年の秋、担任に呼び出された私は、娘が提出した調査票を見て言葉を失った。家族欄には「実母は七年前に他界、父と二人のみで生活」と書かれ、私の名前は存在すら消されていた。裡切られた|夫婦|孤獨|修羅場3.3万字5 7389 -
完結第13話
二十七年目の嘘
58歳で急死した夫の遺品を整理していた美智子は、引き出しの奥から27年前の「採用内定通知書」を見つける。当時不合格だと思い込んでいた東京の出版社からのものだった。封筒の裏には夫の筆跡で「辞退連絡済」。夫はなぜ私の人生を勝手に奪ったのか。さらに、夫の出世作となった伝説の住宅企画が、かつて自分が書いた企画ノートそのものだったことを知る。奪われた名前と人生を取り戻すため、妻が下した決断とは。人生逆転|夫婦|真実|第二の人生|親子関係2.0万字5 57