"聖火と十円玉" 第4話
へ戻ると、正治の着替えはそのままだった。
普段使っているものも何も持ちされていない。
財布にも、したを入れていなかったはずだった。
をるつもりなら、何か準備をする。
だが正治はその朝、いつもと同じ格好で仕事へ向かった。
「今夜はテレビを見られるかな」
朝には、そんなことまで話していた。
姿を消す理由などい当たらなかった。
翌朝、警察へ正式に相談した。
文子は夫の特徴を説し、のを分かる範囲で話した。
取引先へ部品を届けたこと。
午3までは確実にいたこと。
そのの取りが途切れていること。
自転も見つかっていなかった。
警察からの能性について尋ねられると、文子はく首を振った。
「そんなじゃありません」
夫婦喧嘩をしていたわけでもない。
を持ってたわけでもない。
別のへく話など、度も聞いたことがなかった。
の仲たちも捜し始めた。
休の予定を取りやめ、自転で正治が通りそうなを回った。
駅。
公園。
川沿い。
商。
事故があったという話を聞けば確認した。
それでも、正治の姿はなかった。
京ではオリンピックの話題が続いていた。
聞をけば競技の記事が並び、ラジオをつければ選の話ばかりだった。
その華やかな空気ので、文子だけはから取り残されたようにじていた。
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夫がいない。
ただそれだけで、町の景がまったく違って見えた。
1が過ぎた。
2が過ぎた。
そして3目の夜になっても、正治は戻らなかった。
正治がいなくなって3目。
は仕事を再していた。
オリンピックが始まったからといって、町の注文が止まるわけではない。材料は届き、取引先から話もかかってくる。
けれど、いつもの旋盤だけが止まっていた。
正治が使っていた械だった。
若い職が代わりにかそうとしたが、社が「今は別のを使え」と言った。壊れているわけではなかったが、誰もその所につ気になれなかった。
作業台には、正治が使っていた油差しが置かれていた。
窓際には湯呑みも残っている。
皿の横には、正治が使っていた布切れまで畳んだままになっていた。
「どこったんでしょうね」
若い職が呟いた。
誰も答えなかった。
最初は事故だとっていた。
しかし病院にもいない。
警察からも連絡がない。
自転さえ見つからない。
「ひょっとして、何か嫌になったんじゃないですか」
別の職が声で言った。
社はすぐに顔をげた。
「佐伯に限ってない」
「でも、って分からないじゃないですか」
「おはあいつを何見てる」
その声がったよりくなり、のが静かになった。
社自も、本当は分からなくなり始めていた。
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が自分から消えようとえば、理由を全て周囲へ話すわけではない。
正治にも、誰にも言えない何かがあったのだろうか。
だが、いくら考えても、あの男が聞に6個の部品を包んでいた姿しか浮かばなかった。
「今いるって言ってるんだろ」
そう言いながら仕事を終わらせた。
そんな男が、部品を届けた直に全てを捨てて消えるだろうか。
文子も同じことを考えていた。
警察から事を何度聞かれても、答えは変わらなかった。
「変わったことはありませんでした」
借はない。
きな悩みを話したこともない。
庭内で揉めていたこともない。
朝も普段と同じようにべた。
忘れ物を取りに戻った様子もない。
正治の箪笥をければ、はそのままだった。
着も靴も減っていない。
旅に使う鞄も押し入れに入ったままだった。
夜になると、文子は玄関の音に敏になった。
誰かの音がづくだけでちがった。
所のが戸を閉める音にも反応した。
だが正治ではなかった。
卓には、正治の茶碗をさなくなった。
してしまうと、余計につらかったからだ。
それでも噌汁を作る量は、無識に以と同じになった。
鍋に残った分を見てから、自分が2分作っていたことに気づく。
文子は何度も蓋を閉じ直した。
の若い職の1は、自分が最に正治へ言った言葉をい返していた。
「会式、見ないんですか」
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