"消えなかった500円" 第3話
自転のベルがざかる。
は弁当を作ったまな板をしばらく見つめた。
夫婦なのに、らないことがある。
たった500円。
その額が、急にきな壁のようにえた。
それからは、料のたびに正雄へ問い詰めるのをやめた。
聞いても答えない。
夫婦げんかになる。
娘たちにも聞こえる。
それなら、自分が500円ないものとして計を組めばいい。
そう考えたのである。
とはいえ、気にならなくなったわけではなかった。
むしろ、聞かなくなった分だけので考えるが増えた。
正雄は何に使っているのだろう。
ある休。
正雄が珍しく朝からかけると言った。
「どこへ?」
「ちょっとな」
「?」
「違う」
「じゃあどこ?」
「用事」
またそれだ。
は何も言わず、正雄がていくのを見送った。
昼になっても帰らない。
夕方くになって戻った正雄は、に何も持っていなかった。
酒の匂いもない。
も朝のまま。
「どこってたの」
「昔の仲に会ってた」
「の?」
正雄は瞬だけを見た。
「ああ」
それ以は言わなかった。
は、
その昔の仲と500円が関係しているのではないか。
とった。
だが次の瞬、
仲とんでいるだけかもしれない。
という考えも浮かぶ。
分からない。
正雄は昔から、自分のことを話さない男だった。
結婚した頃もそうだった。
が、
「今は仕事どうだった?」
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と聞けば、
「普通だ」
だけ。
「何かあった?」
と聞けば、
「別に」
だけ。
嬉しいことも、嫌なことも、自分ので処理してしまう。
正雄の父親も似たようなだったと、姑から聞いたことがある。
「男がで仕事の愚痴なんか言うもんじゃない」
そういう考えので育ったらしい。
には、それが々理解できなかった。
族だからこそ話してほしい。
困ったは緒に考えたい。
しかし正雄にとっては、族だからこそ余計な配をさせたくない、ということなのかもしれなかった。
その頃。
正雄が以勤めていた属業の話を、所の男から聞いたことがあった。
「正雄さん、あそこにいたんだろ?」
「ええ。のです」
「変だったらしいな。急に潰れて」
昭41。
属業は突然倒産していた。
資繰りが悪化し、ある朝、へくとが閉まっていたという。
従業員のには最の料さえ受け取れなかった者がいた。
正雄も失業しただった。
あの頃をも覚えている。
正雄は数週、毎のように職を探して歩いた。
朝、をる。
の求票を見る。
りいを訪ねる。
夕方、疲れた顔で戻る。
にはまだ幼い娘が2いた。
貯は減っていった。
自も内職を増やした。
「何とかなる」
正雄は毎そう言った。
な顔は、度も娘たちに見せなかった。
やがての紹介で今のへ入り、再び旋盤として働けるようになった。
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それ以来、は属業のことをほとんど忘れていた。
正雄も度として、倒産したの仲について詳しく語らなかった。
が終わり、になった。
500円は変わらず消えた。
正雄の料もしがった。
それでも抜く額は500円のままだった。
ある夜。
女が言った。
「お父ちゃん、今度の曜、物園かない?」
正雄は聞から顔をげた。
「何でだ」
「友達がったんだって。パンダじゃないよ。まだ来てないけど」
「そうか」
「きたい」
正雄はを見た。
は何も言わなかった。
入料。
賃。
弁当。
族4でかければ、それなりにがかかる。
正雄はし考えた。
「来な」
娘は嬉しそうに頷いた。
「絶対?」
「ああ」
は夫の顔を見た。
翌。
正雄は約束通り族を物園へ連れていった。
弁当はから持参した。
娘たちははしゃいでいた。
帰りので2とも眠り、正雄が次女を背負った。
はその隣を歩きながらった。
このは、族を切にしていないわけではない。
だからこそ。
なおさら、あの500円だけが理解できなかった。
正雄には、のらない末の習慣があった。
料。
から茶い封筒を受け取る。
同僚たちがそのでを確認する、正雄は気のない更へ入った。
封筒をく。
札を数える。
そこから500円札を枚だけ抜く。
折り目をつけ、財布の奥へしまう。
へ帰るまで、その500円は使わない。
翌の仕事帰り。
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