"墓前の偽息子" 第1話
夫の貴志を見送ってから、7が過ぎた。命を迎えたその朝、文子は息子の誠と並んで、郊のさな霊園にある墓のにっていた。4も終わりにく、満だった桜はすでに葉桜へ変わり、青い若葉の向こうにはよくれた空が広がっていた。朝の墓にはの参拝客もほとんどおらず、聞こえてくるのは鳥の声と、折々を揺らすの音くらいだった。
文子が桶のを墓へゆっくり流すと、乾いていたの表面が黒く艶を帯びた。誠は黙って雑巾を受け取り、父親の名が刻まれた部分を丁寧に拭いている。そのきな背を見ながら、文子はこの子ももう40歳を越えたのだとい、いつまでも息子を子供扱いしてしまう自分にさく苦笑した。
菊を供え、線にをつけると、細い煙がのない空へ真っ直ぐ昇っていった。で数珠を持ち、目を閉じると、文子のの奥によくった夫の声が蘇った。貴志は、文子が困った顔をすると必ず同じ言葉をにしていた。
「困ったほど、慌てず、確かめなさい」
商売でものことでも、関係でも、貴志は結論を急がないだった。誰かから悪い話を聞いてもすぐには信じず、逆に触りのいい話を聞いても浮かれず、自分の目で確かめるまでは決めつけなかった。文子はそんな夫を々「慎すぎる」
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と笑ったが、60歳を越えた今になってみれば、その慎さに何度助けられたか分からなかった。
隣を見ると、誠はまだ目を閉じていた。指を組む癖も、祈り終わったにさくをげる仕も、子供の頃から変わっていない。毎こうして父親の命に付き添ってくれることがありがたく、文子は胸の奥がじんわり温かくなるのをじていた。
ただ、このの誠にはしだけ気になるところがあった。墓を磨いている途、何度か何かを言いかけてはやめ、くを見るようにを閉ざしていたからだ。仕事の疲れなのか、庭のことなのかと考えたが、誠自が話そうとしない以、文子は無理に聞きすことをしなかった。
誠の妻・子は、この墓参りにいい顔をしなかった。結婚当初こそ度だけ同したものの、翌からは「せっかくの休にい墓までくのは疲れる」「毎かなくてもいいでしょう」と言うようになり、やがて誠がで来ることまで嫌がるようになった。貴志がきていた頃から、質素な暮らしを好む義父母と、華やかな活に憧れる子とのには、目には見えない距があった。
今、誠は父親の墓参りへ来るため、妻にさな嘘をついていた。
「数、のトンネル事の応援に入る。坑内は波が届かないから、連絡が取れなくても配しないでくれ」
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建設関係の仕事をしている誠なら、自然ではない話だった。を入れて、普段族との連絡に使っている携帯話まで自宅に残し、仕事用の端末だけ会社へ預けたことにしていたという。母親の墓参りに付き添うためだけに、そこまでしなければならない夫婦関係になっていることが、文子にはむしろしかった。
「そこまでしなくてもよかったのに」
にそう言った文子へ、誠は困ったように笑った。
「今だけだよ。親父の命くらい、揉めずに来たかったんだ」
その笑顔には、何かを諦めたような疲れが滲んでいた。最、子の遣いが急に荒くなったことや、らない男と頻繁に連絡を取っているようだという話も、誠は以ぽつりと漏らしていた。ただ「俺が疑いすぎているだけかもしれない」と自分から話を終わらせたため、文子もそれ以踏み込まなかった。
が墓で再びをわせただった。
静まり返った墓に、突然携帯話の着信音が響いた。
文子はさく肩を震わせ、バッグのから自分の携帯を取りした。こんなに誰だろうといながら画面を見ると、そこには見慣れた名が表示されていた。
「誠」
文子は画面を見たまま、ゆっくり顔をげた。
その誠は今、自分のすぐ隣にっていた。
文子は何も言わず、まず隣の息子を見た。
誠も携帯の画面を覗き込み、自分の名が表示されていることに気づくと、眉を寄せて首を傾げた。
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