"母に届かなかった10円" 第3話
女は財布をしまい、そのをれようとした。
森田は先から歩た。
「あなたでしたか」
女の肩がきく揺れた。
ゆっくり振り返った顔には、驚きと困惑が浮かんでいた。
森田は問い詰めるようにならないよう、し笑った。
「すみません。驚かせるつもりじゃなかったんです」
女は答えなかった。
線だけが、公衆話の横に置いた10円玉へ向かった。
「毎でしょう」
森田が言うと、女の表がさらに固くなった。
「25になると、必ず10円玉がある。ずっと誰が置いてるのかとってたんですよ」
女はさく息を吐いた。
見つかってしまったことを恥ずかしがっているようにも見えた。
「別に、悪いことをしているとって声をかけたんじゃありません」
森田は続けた。
「ただ、気になってたんです。どうして毎10円なんです?」
女はすぐには答えなかった。
朝のホームからの音が聞こえ、駅員の声がくに響いた。
通勤客がしずつ増え始めるだった。
女は買い物籠を持つに力を入れたまま、公衆話を見つめていた。
森田は、聞かない方がよかったかもしれないとった。
ただの習慣なら、それでいい。
誰にもられたくない理由があるのなら、無理に聞く必もない。
「いや、言いたくなければいいんです」
森田がそう言って引こうとした、女がさな声でをいた。
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「昔ね」
森田は振り返った。
「たった10円がなくて、話をかけられなかったことがあるんです」
その言葉は、森田が予していたどんな理由とも違っていた。
「10円がなくて?」
「ええ」
女は公衆話の透な扉を眺めながら、静かに頷いた。
「今からもう、ずいぶんのことです」
森田は何も言わなかった。
女の話を急かさない方がいいとった。
やがて女は、自分がまだ20代だった頃のことを語り始めた。
昭30代の終わり頃。
京のさな裁で働いていたという。
今のように話がどこにでもある代ではなかった。
には連絡用の話があったが、個な用件で自由に使えるものではない。実へ急いで連絡しなければならないには、駅の公衆話を使うこともかった。
「その頃は、10円が話そのものだったんです」
女はそう言った。
財布に1000円札が入っていてもがない。
話へ入れられる10円玉がなければ、相の声へつながらない。
森田にも、その覚はよく分かった。
今でも公衆話ので財布をき、10円玉がなくて困っているを々見かける。
しかし女にとっての10円は、単なる便の記憶ではなかった。
何経っても消えないの記憶と結びついていた。
女が20代だった頃、京のさな裁には毎、布を裁つ鋏の音とミシンの音が響いていた。
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朝から夕方まで布に向かい、寸法を測り、型をわせ、縫い目を確認する。仕事を終える頃には目も肩も疲れていたが、若かった女は、それが苦しいとはあまりっていなかった。
故郷をれて働く活にも、ようやく慣れ始めていた。
実には母と姉がいた。
今のように気軽に話をかけることはできなかったため、普段の連絡はがだった。急ぎの用事がなければ、族の声を何週も聞かないことも珍しくなかった。
それでも女は、母が元気でいることを当然のようにっていた。
れて暮らしていても、次に帰省すればいつものように会える。
母はいつもの所にいて、自分の顔を見れば「痩せたんじゃないか」と言い、べきれないほどの料理を用する。
そんなが、これからも続くとっていた。
あるの夕方だった。
の仕事が終わりにづき、女は縫いかけのを片づけていた。
そこへ、実から報が届いた。
女は最初、何のことか分からなかった。
族から報など、ほとんど届いたことがなかったからだ。
をいた。
母が倒れた。
すぐ連絡をくれ。
い文面だった。
たったそれだけだったが、女の胸は急に苦しくなった。
「どうしたの?」
のに聞かれても、すぐには声がなかった。
母が倒れた。
その言葉だけがのを何度も回った。
いのか。
識はあるのか。
病院へ運ばれたのか。
姉はそばにいるのか。
何つ分からない。
「実に話しないと」
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