"余ったパンの嘘" 第11話
黒板へかれた漢字。
どんなが何曜にていたか。
そうした細かな記憶は、とともにれていった。
けれど議なことに、あのの景だけは忘れなかった。
夕暮れの川敷。
トタン板のさな。
戸にった健。
そのろからパンを見つめていた幼い妹。
そして、自分の昼だったコッペパンを差ししながら、何でもないことのように言った先の声。
「今も余ったから持ってきた」
になってから、そのがもっとよく分かったという者もいた。
誰かを助けることは、何かを渡せば終わるほど簡単ではない。
助ける側が満するための親切なら、には受け取るを傷つける。
善をきな声で語れば、それを必としているがで恥ずかしいいをすることもある。
本当に相のことを考えるなら、何を渡すかだけではなく、どう渡すのかまで考えなければならない。
先は、そのことを言葉では教えなかった。
毎、自分のパンを残した。
誰にもらせず、自転をらせた。
そして健のでは、それが自分の昼だったことさえ隠した。
「余ったから」
たったそれだけの言葉で、健が受け取りやすい所を作った。
あのの子どもたちがになって覚えていたのは、パンそのもののではなかった。
誰かに何かをしてやったと誇ることもなく、謝を求めることもなく、相が傷つかない方法を静かに選び続けた1の教師の姿だった。
昭43。
京郊のさな造舎で、毎1本のコッペパンが革鞄へ消えていった。
その理由をった3の子どもは、秘密を言いふらさなかった。
先が健の誇りを守ったように、自分たちもそのことを守ろうとったからだった。
それは教科には載っていなかった。
黒板にもかれなかった。
けれどになっても忘れないほど、く残った授業だった。
に差しすは、相をから引きげるためのものではない。
同じさにったまま、そっと支えるためにある。
あののコッペパンが教えていたのは、きっとそういうことだった。