"10年目のゲームボーイ" 第1話
の午の差しが、埼玉県桜の静かな宅にいを落としていた。9のよくれた曜で、の葉はしずつづき始め、い塀と入れされた庭のを乾いたが抜けていた。
篠原恵美は、リビングのソファに座ったまま壁を見つめていた。以、そこには息子・直の写真が飾られていたが、何かにしてしまっていた。
写真のの直は、歯を見せて笑っていた。
その笑顔を見るたびに、恵美は10のあのへ引き戻された。だから写真をしまったのだが、壁から写真を消したところで、記憶まで消えることはなかった。
玄関のチャイムが鳴った。
「恵美、私よ」
扉の向こうから聞こえた声に、恵美はい腰をげた。ドアをけると、里子が着を羽織り、かける気満々の顔でっていた。
「準備できた?」
「まだくって決めてないわ」
「その言い方をしながら着を持ってるじゃない」
里子は恵美の元を見て笑った。恵美はいつのにか玄関脇に掛けてあったの着をに取っていた。
「本当にくの?」
「くの。欅町の同フリーマーケット。ここからで数分なんだから」
「がいところは、ちょっと……」
恵美が線を逸らすと、里子の表がしだけ真剣になった。
「あなたにはこういうが必なのよ。もう10よ、恵美」
広告
その言葉だけで、玄関の空気がくなった。
10。
当8歳だった直が、誕パーティーの最に姿を消してから、ちょうどそれだけのが流れていた。
19919。
恵美は桜央公園で、直の8歳の誕会をいた。所の親子や学の友達を勢招き、テーブルには作りのサンドイッチやケーキを並べ、子供たちは製の遊具や壇の周りをり回っていた。
ほんのし目をしただけだった。
恵美が別の母親と話し、み物を補充し、それから直の姿を探したには、もうどこにもいなかった。
最初は誰も刻に考えなかった。
「隠れんぼしてるんじゃない?」
「トイレかも」
「誰かのにったのかもしれない」
しかし10分が30分になり、1になった。
公園を探しても見つからない。
警察が来た。
周辺を調べ、聞き込みをし、所のや空きまで捜索した。それでも直がどこへ消えたのかを示す痕跡は、何つてこなかった。
それから10。
警察からの連絡は々減っていった。
「力な報はありません」
その言葉を何度聞いただろう。
事件は正式には終わっていなくても、世のではとうに過の来事になっていた。
ただ、恵美だけはあのからへめずにいた。
「昔、フリーマーケット好きだったでしょう?」
里子が静かに言った。
恵美はし考えてから頷いた。
広告
「古い物を見るのが好きだった。タイムカプセルみたいで」
「だったらきましょう。何も買わなくてもいい。し歩いて、の空気を吸うだけでいいから」
里子は急かさなかった。
恵美は数秒迷い、ようやく着を羽織った。
「分かったわ」
「よし」
里子がぱっと笑った。
にると、所は10とほとんど変わっていなかった。も、角の郵便ポストも、古い瓦根のも同じ所にある。
けれど子供たちはになり、の顔ぶれもしずつ変わっていた。
は確かに流れていたのだ。
恵美だけを置いて。
里子ので欅町へ向かうと、同フリーマーケットはすでに勢ので賑わっていた。町内会がになっていているらしく、駐だけでなく周囲の空きにもいテーブルが並んでいる。
「ってたよりきいわね」
をりた恵美が呟いた。
「今は何町か同みたいよ」
会には、古着、本、器、玩具、古い化製品まであった。段ボール箱には昔の漫画が積まれ、作りのハンガーラックには子供が何着も吊るされている。
恵美は最初こそ落ち着かなかったが、いくつかのを回るうちにしずつ肩の力が抜けた。
古いコーヒーカップをに取った。
昭の料理本をいた。
売りの女性から、
「それ、うちの母が使ってたものなの」
と説され、い世話までした。
「来てよかったでしょう?」
里子が言うと、恵美は素直に頷いた。
「そうね。しだけ」
そのだった。
広告
おすすめ作品
-
完結第11話
九時三十四分の地下鉄、消えた暴行犯
午前九時三十四分、地下鉄の車内で若い男が突如狂乱し、中年客の顔面を骨が軋むほど殴打した。床一面に飛び散る鮮血。だが、隣に座る同じ社章をつけた上司は、ただ口をあわあわと震わせ「腰を抜かして」座り込むだけだった。乗客たちと男を取り押さえ、駅員にすべてを通報した俺。しかし翌日、警察の発表も新聞の三面記事も、この凄惨な事件を「最初から存在しなかった」かのように完全に黙殺していた。なぜあの凄惨な暴力は一行も報道されず、駅の防犯カメラ映像すら消去されたのか。数年後、俺はある大手企業の役員名簿の中に、あの朝、冷たいホームの柱にすがってガタガタと震えていた「あの上司」の顔写真を見つけ、息を呑んだ――。ミステリー|真実1.6万字5 101 -
完結第14話
雑用係の逆襲――百億の商談と偽りの女社長
病気の母の療養のため帰国し、学歴を「中卒」と偽って中小IT企業「藤山システム開発」に入社した森本大河。しかし傲慢な女社長・藤山薫からは「引きこもりの変人オタク」と蔑まれ、社運を賭けた百億円の新システム開発から外され雑用掃除係に追いやられてしまう。 だが大河の真の姿は、ハーバード大学を早期卒業しMIT大学院を修了した、世界が畏怖する伝説のスーパーホワイトハッカー「ミスター・モリティー」だった。迎えた海外メガIT企業首脳陣との商談当日、手配されていた通訳3名が全員ドタキャンし絶体絶命の危機に陥る。 「失敗したらクビ」と責任を押し付ける女社長の前で、大河が手元のコントローラーを操作して口を開いた瞬間、会議室の空気が一変する。そして明かされる社長の巨額不正と、タブレット端末に隠された決定的な証拠の行方は――。職場逆転|裡の顔1.9万字5 237 -
完結第21話
妹のドレスを二十センチ切った
妹の結婚式を数時間後に控えた深夜二時、私はリビングで特注のウェディングドレスに裁ち鋏を入れた。事故で右足に傷が残る妹に対し、相手の家族は配慮という名目で足を隠す重いドレスを強要し、当日は動かず座り続けるよう言い含めていた。母の怒声が響き、私の頬に平手打ちが飛ぶ。泣き崩れる妹の足元には、前裾だけが二十センチ切り落とされた純白の布が散らばっていた。私は鋏を置き、「今日これを着て出なさい」とだけ告げた。裡切られた|兄弟姉妹|裡の顔|親子関係|修羅場3.1万字5 94 -
完結第24話
目覚めた部下にクビを問われた
地方旅館の火災で客を救い出し重傷を負った部下が目を覚ました。だが彼女の記憶は直近の二年分が抜け落ち、着任初日の私が冷酷に解雇を迫った日のまま止まっていた。会社は避難扉が開かなかった責任を彼女の記憶喪失に乗じて背負わせようと、退職金の支払いを口実に過失を認める書類への署名を病室で迫る。何も思い出せない部下は震える手でペンを握り、かつて自分を追い詰めたはずの私を怯えた目で見つめた。職場逆転|真実|裡の顔|修羅場3.7万字5 700 -
完結第21話
母を遠ざける姉の嘘
長野で一人暮らす母の介護を一手に担う姉から「母の体調が悪化するから来るな」と言われ、私は五年間帰省を控え、毎月五万円の仕送りを続けていた。だがある夜、母から五年ぶりに直接電話が入る。「まだ怒ってるの。あんたが私の顔も見たくないと言っていたと姉から聞いた」と母は怯えていた。直後に受話器を奪った姉は「母の被害妄想だ」と言い放つ。不審に思った私は姉に告げず始発の新幹線に乗り、五年ぶりに実家の引き戸を開けた。兄弟姉妹|裡の顔|親子関係|介護3.2万字5 166 -
完結第21話
優しい教室で震える息子
息子が突然学校に行けなくなり、担任は「いじめなどなくクラス全員に愛されている」と胸を張った。不審に思った私が息子のランドセルを調べると、底板の裏から三十七枚の給食費受領書が出てくる。我が家は困窮などしていないのに、三ヶ月間、生徒全員が日替わりで息子の昼食代を立て替えていた。私が学校へ確かめに行こうとした瞬間、息子は「言わないで」と叫んで床に泣き崩れ、その紙片を必死に胸へ抱え込んだ。怒り|裡の顔|親子関係|金銭問題3.2万字5 6057 -
完結第15話
五人の元彼と三万一千円
結婚式当日の朝、ホテルのフロントに差出人不明の現金書留が五通届いた。中身はすべて、三万一千四百八十円という奇妙な端数のご祝儀だった。面識のない私の歴代の元彼五人からだと気づき、私は血の気を引かせて金庫への保管を頼み込む。だが、不審に思った夫が私の手提げから抜き取ったのは、三週間前に私がその五人へ同額を送金した明細だった。親族紹介まであと十五分、夫は控え室の鍵を閉め、冷たい目で私を見下ろした。夫婦|裡の顔|金銭問題|修羅場2.2万字5 166 -
完結第19話
三十二人目の卒業写真
教職を退いた夜、三十年前に送り出した最初の教え子たちが開いてくれた送別会で、私は三十一人分の感謝の手紙を受け取った。だが自宅で数え直すと、名簿にない三十二通目の白い封筒が混ざっていた。便箋には「全員が卒業しました。私一人を残して」とだけ記されていた。翌日、私が困惑して生徒たちに当時の記憶を尋ねると、誰もが存在を否定し、深夜の受話器の向こうから「あの子のこと、墓場まで隠し通すつもりですか」昭和|ミステリー|因果応報|真相2.8万字5 176 -
完結第18話
診察室に入れなかった私
妊娠七ヶ月、甲斐甲斐しく尽くす夫の言葉に従い、私は毎回待合室で温かい茶を飲んで待っていた。「異常なし」と笑う夫を疑ったことはない。だが夫が仕事で不在となり、初めて一人で診察室に入ると、医師は冷徹な面持ちで私を見据えた。向けられたパソコンの画面には、私が頑なに治療を拒み、夫が必死に説得したという記録が三回連続で並んでいた。その三回とも、私は一度も診察室に足を踏み入れていない。裡切られた|夫婦|裡の顔|修羅場2.8万字5 1752 -
完結第18話
顔合わせのすっぽかしと五通の裏切り
精密機械加工会社の令嬢・紗栄は、誠実に見えた恋人・弘樹と婚約を結ぶ。しかし両家顔合わせの直前から弘樹はモラハラを連発し横柄な態度へと急変。迎えた顔合わせの当日、高級料亭へ向かわず自室に留まる紗栄のもとへ、弘樹から「遅刻するな、調子に乗るな!」と激しい怒声が届く。 その瞬間、横にいた紗栄の父が電話を奪い取り一喝。「とぼけても無駄だ。お前の身辺調査は済んでいる」。 机の上に叩きつけられた興信所の分厚い茶封筒と、弘樹が抱える「5人の愛人」の証拠写真。怒り狂った弘樹が両親を連れて実家へ殴り込んできた時、彼らがひた隠しにしてきた信じがたい搾取の手口が暴かれ――。嫁姑|裡の顔2.7万字5 4070