"飛騨の農家に消えた嫁" 第9話
蔵は偶然、廊からその会話を聞いた。
ゆき子は母親へが4000万円の借を抱えていることを話していた。
返済が滞り、債権者が何度も訪ねてきていること。
ので子供のことを責められていること。
そして自分が、もう農をたいとっていること。
「帰ってもいい?」
ゆき子が話でそう言ったのを、蔵は聞いていた。
蔵にとって、その言葉は単なる嫁の愚痴ではなかった。
嫁が逃げた。
には4000万円の借がある。
そうにられる。
それまで自分が築いてきた信用も、組でのも、での面目も全て崩れる。
蔵ののを占めたのは、ゆき子の苦しみではなかった。
の評判だった。
話を終えたゆき子は、そのまま牛舎へ向かった。
蔵はを追った。
「お、何を話した」
ゆき子は振り返った。
蔵の声は普段よりかった。
「お母さんと話しただけです」
「借のことを言ったな」
ゆき子は黙った。
「誰から聞いた」
「にいたら分かります。何度もが来てるじゃないですか」
「に漏らすなと言ったはずだ」
「母に話しただけです」
「同じことや!」
蔵の声が牛舎に響いた。
牛が数、驚いて首をかした。
ゆき子はしろへがった。
「私、富へ帰ります」
蔵が黙った。
「もう無理です」
「何が無理だ」
「ここにいることです」
ゆき子の声も震えていた。
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「毎何をしてもられて、子供のことまで私だけ責められて……健さんに言っても何も変わらない」
「嫁がから逃げる気か」
「逃げるんじゃありません」
ゆき子は言った。
「自分のに帰るんです」
その言葉が、蔵には耐えられなかった。
「のにを塗るつもりか」
「私はもう、ののためだけにきられません」
論は続いた。
ゆき子は最に背を向けた。
牛舎をようとした。
そのだった。
蔵のくには、牛の餌を扱う作業で使っていた属製のスコップがてかけてあった。
蔵はそれをに取った。
自では、
「止めようとした。腹がっていた」
と繰り返した。
そして、たった1度振りろした。
鈍い音がした。
ゆき子はそのに倒れた。
蔵はかなかった。
呼びかけたかどうかについて、本ははっきり覚えていないと話した。
ただ、すぐに助けを呼ぼうとはしなかった。
最初に考えたのは、
「どうすれば誰にもられないか」
だった。
しばらくして、蔵はゆき子を牛舎の裏へ運んだ。
そこで堆肥の部を掘った。
く埋めれば見つからないとった。
さらに堆肥をかぶせた。
その、農へ戻ってきた健には、
「ゆき子はどこかへた」
とだけ言った。
蔵の自を聞きながら、渡辺は1つずつ8のとねた。
堆肥をひっくり返していた理由。
庭でを燃やした理由。
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軽トラックの荷台を徹底に洗った理由。
壺周辺へ誰もづけなかった理由。
全てがつながっていた。
蔵は自の途で何度もをんだ。
「8、あの所の横を毎通った」
渡辺は黙って聞いた。
蔵は両を膝へ置いた。
「牛を見にけば、そこにある。朝も夜も」
声がさくなった。
「毎見たんだ。毎」
それが悔をしていたのか。
恐怖をしていたのか。
渡辺には分からなかった。
ただ1つらかなのは、ゆき子が8そこにいることをりながら、蔵がのでは何事もなかったように暮らしていたという事実だった。
「なぜ警察へ言わなかったんですか」
渡辺が尋ねた。
蔵はしばらく考えた。
「が終わるとった」
「ゆき子さんの命より、の評判の方が事だったんですか」
蔵は答えなかった。
200374。
蔵は殺容疑で逮捕された。
錠をかけられるも、抵抗しなかった。
杖をつき、刑事に支えられながら取り調べをた。
廊の突き当たりからの差しがく差し込んでいた。
輩刑事たちは無言で、その背を見送った。
ゆき子がから消えてから、77かくが過ぎていた。
蔵の裁判は、2003から翌2004にかけて続いた。
検察側は、ゆき子がをれるを示したことに激し、属製のスコップで部を殴った、遺体を堆肥のへ隠したと主張した。
さらに、その8くにわたり事実を隠し続けた点をく見た。
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