"捨てられた妻の逆転人生" 第2話
美智子はく息を吸い込んだ。胸の奥底で、かけて積みげられた何かが、音をてずに、しかし完全にえ切っていくのをじた。
「分かりました」
美智子は静かにをげた。
「何を分かりましただ。すんなりサインするんだな?」昭雄が嘲笑を浮かべた。「財産分与はおの元に残る最限の預だけだ。文句があるなら調でも何でも起こせばいい。だが、勝ち目はないぞ」
「いいえ。何も請求いたしません」
美智子はすっと背筋を伸ばした。その凛とした佇まいに、昭雄とは瞬だけ気圧されたように言葉を詰まらせた。
「、このをていきます。、お世話になりました」
美智子はそれだけを告げると、度も振り返ることなく、自分の部へと歩いていった。
翌朝、午。
昭雄が目を覚ましたとき、のは異様なほどの静寂に包まれていた。 毎朝、階から聞こえてくるはずの汁の匂いも、包丁がまな板を叩くリズミカルな音も、炊飯器から漏れる蒸気の気配も切なかった。
「……チッ、本当に飯も作らずにてきおったか」
昭雄はパジャマのまま寝をて、階段をりた。え切った台所。ダイニングテーブルのには、美智子が署名・押印した『婚届』が然と置かれていた。その隣には、美智子が使っていた鍵と、結婚指輪が揃えて置かれている。
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そして、それらのに、冊の古い黒革のバインダーファイルが挟まれていた。
「なんだ、これは。置きのつもりか?」
ちょうど起きてきたが、髪をえながら居に入ってきた。台所の異変と、テーブルのの鍵に気づき、眉を寄せる。
「母さん、本当にてったんですね。……まあいいでしょう。事代は来週から配してあります。それまでは適当にで済ませましょう」
昭雄は婚届を乱暴に引き寄せ、胸ポケットにねじ込んだ。そして、残された黒革のファイルに指をかけた。表面にはの箔押しがされていた形跡があるが、の使用で擦り切れ、黒い革はところどころい艶を帯びていた。
「、美智子のやつ、最に何か置いていきおったぞ。……どうせ『今までどれだけ苦労したか』という愚痴の記か、目のものの請求リストだろう」
昭雄はで笑いながら、ファイルの表をめくった。
しかし、枚目に現れた類の文字を見た瞬、昭雄の指がぴたりと止まった。
そこにあったのは、なでも、計簿でもなかった。
『株式会社タツミ精 創業初期・主取引先拓および特許許諾に関する覚』
表題のには、の付と、精密械業界の巨である『都株式会社』の代表取締役・条鷹彦の直サインと捺印が記されていた。
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「な……んだ、これは?」
昭雄の声が裏返った。が怪訝そうに覗き込む。
「父さん、どうしたんです? 都……? うちの売の割を占めている、あの最の都ですか?」
昭雄のに、の記憶が鮮烈に蘇った。
、昭雄がさな町としてタツミ精をちげたとき、資も実績もなく、倒産寸の危に瀕していた。そんな、なぜか業界最である都から、突如として奇跡のような試作の発注がい込んだのだ。
当、昭雄は「自分のび込み営業のが、条会のをかしたのだ」と信じて疑わなかった。その実績ががかりとなり、の融資を取り付け、会社は軌に乗った。昭雄は周囲にも「俺の営業力と腕本で会社をきくした」と吹聴し続けてきた。
だが、目のの類には、まったく異なる事実が刻まれていた。
『覚: 辰巳昭雄氏が設したタツミ精に対し、試作発注および技術提携をう。 条件:旧姓・神園美智子氏による、条への特許技術無償供与および過の設計提供の対価として、同社の経営基盤が定するまで最優先の発注先として支援を継続すること。 署名:都株式会社 代表取締役 条鷹彦 受諾者:神園美智子』
「神園……美智子……? 美智子の、旧姓だと……?」
昭雄のが、目に見えて震え始めた。
ファイルをめくる。枚目、枚目、枚目――。
そこには、昭雄が「自分の実力で勝ち取った」とい込んでいた過の栄の裏付けが、酷なまでの証拠として綴られていた。
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